第10話 魔族との出会い 2

 私はベッド脇に寄せた椅子に腰を掛けて「はぁ」とひとつ息を吐いた。

 

「変なことになっちゃったなぁ……」


「まったくだね」


 無意識に呟いてしまった言葉に、私の横に座るアイサが反応する。机やクローゼット、本棚の配置など、今や全てが見慣れた光景となっている私の部屋だったが、そんな中に非日常がひとつ。深い寝息の音がして、ベッドへと視線を移す。

  

 ――銀色の髪に雪のように白い肌。


 そこには精巧に作られた西洋人形のように美しい顔の魔族の少女が眠っていた。ゴシック調の服は傷や土汚れなどが目立っていたため、私の寝間着に着替えさせて布団を掛けている。


 ――私がこの幼女を抱えて山を下りてきてから、はや数時間が立とうとしている。


 先に避難していたリオルさんとアイサに山の麓で追いついて、事のあらましを説明するとリオルさんはこの子を家で寝かすことに承諾してくれた。ちなみにアイサは少女の攻撃を受けた後、木に叩きつけられて一時気を失ってしまっていたようだったが、それでも大きな怪我は無かったようで合流した時にはピンピンとしていた。


(それにしても、よっぽど疲れていたんだな……)


 ぐっすりと寝入る少女を見て思った。彼女をここまで運んで、そしてベッドに寝かしてから大分経つが、依然として目覚める様子はない。ただそれから窓からオレンジ色の日差しが差す頃合い。私とアイサもコクリコクリと舟を漕いでいると、寝かせていたその子の手がピクリと動いたのが分かった。私もアイサもそれに反応して、徐々に目を開ける少女を見つめる。


「んぅ……」


「――起きた?」

 

 私の掛けた声にボーっとした様子で耳を傾けたのも一瞬、アクアマリンの大きな瞳をこぼれそうなほどにカッと見開いた少女はネコのように素早く飛び退いて、部屋の壁にぶつかりながらも私たちから距離をとった。


「け、警戒しないで。何もしないから」


「フゥ~~~ッ!!」 


「アイサ、ほらっ……」


 私の隣でいつでも抜剣できるような体勢をとっていたアイサに声を掛ける。先程説明したにも関わらず、身に染みた動きは簡単に変えられないらしい。


「あ、あぁ……そうだった。……これでいい?」

 

 アイサは少し渋さを含んだ表情だったものの、私の言った通り咄嗟に掴んでいた剣を幼女の足元へと投げて寄越した。


「私たちに戦う気はないの。これで分かってくれた……?」


「……ここは?」


「私の部屋だよ。あなたが突然倒れたからここまで運んできたの」


 倒れたという言葉に何かを思い返すように目線を上にすると、多少はその時の記憶が残っていたのか、両手両足を地面に着き背中を丸めてネコのように威嚇をしていた少女はバツの悪そうな顔をした。そして剣と私たちを交互に見比べると、敵意を少しばかり収めた様子で問いかける。


「なんで……私を助けたの?」


「なんでって言われても、急に倒れたから……その、心配になって」


「そういうことじゃない。私はおまえたちを――殺す気だったのに。それなのになんで心配するの……?」


「う~ん……」

 

 なんで、と言われても困ってしまう。目の前で倒れられてしまったから何とかしなきゃいけないと思っただけで、じゃあなんで何とかしなきゃいけないと思ったのか問われるとそこに意味はなかったような気がする。ただ、強いて言うのであれば――


「やっぱり――可愛かったから、かなぁ」

 

 目の前で倒れたのが悪代官のおじさんだったら助けるかどうか微妙だったろうし、本音で考えればやっぱり差がをつけるのであれば見た目と内面かな、と思ってしまう。それに――


「お人形さんみたいに繊細な顔立ちで、お肌もモチモチでスベスベで髪も輝いててサラサラだし……。小っちゃくて可愛いこんな完璧美幼女パーフェクト・キューティー放っておけるはずもな――うん?」


 私の回答に何を思ったのか、幼女と、加えてそれにアイサもポカンとした表情で私を見ていた。


「あれ? 私――どこまで口に出してた……?」

 

 私が口に出してるつもりだったのは「可愛かったから」までなのだが、目の前の2人の反応を見ると、やってしまった感が身体から血の気を引かせる。


「――あ、あんた……が趣味だったの……!?」


「へ――?」


「この子を介抱してる時、やたら身体に触るなぁと思ってたけど、まさかそういうことだったなんて……!」


「ひぅっ――!」


 顔を青くして私から距離をとるアイサと、首を絞められたような声を出して壁際へと避難する少女に私は慌てて発言を繕う。


「あの、えっと! 違くて!! それは勘違いなんだよっ!?」


「今さらそんなこと言っても……。腕から足から全部揉んでたの見てるし……」


「わ、私、そういうのよくわからな――」


「だから違うってば! 身体を揉んでたのはただの触診だよ! ――大体っ! アイサには全部説明してるでしょーがっ!!」


「え? あぁ――確かに、そうだけど……」


 未だよからぬ疑いの目を向けるアイサと自分の失言に深いため息を吐きつつ、触診? と首を傾げる少女に答える。


「だってあなた、全身に酷い怪我をしてるみたいだったから」


 視線の先の少女は動揺したような様子を見せると、両腕で身体を抱くようにして俯いた。その銀色の髪に隠された表情を読み取ることはできない。


「――につけられたもの、なんだよね?」と、隣に立つアイサが顔色を真剣なものへと切り替えて、そう口にした。


 元々、怪我の原因について思い至ったのは私が最初だった。戦っている間に少女がすでに手負いだということは分かっていたし、少女が剣を構えたアイサに対して敵意をあらわにしたこと、度々口にしていた冒険者という単語などから、少女が何らかの理由で冒険者と戦って怪我を負わされたために剣を持っていたアイサを始めとする私たちを冒険者と勘違いしたのではないかと考えたのだ。


『多分、ソフィアの考えは合ってるよ』


 気を失った少女を部屋まで運び、寝間着へと着替えさせた時にその身体についた傷を見たアイサも私の考えに賛成した。アイサが言うに、少女の身体に残った刃物ややじりで傷つけられた痕や殴打痕、火傷の痕跡は軍の兵士やまして一般人などにやられたものではない。


『傷跡に統一感がまるでない。多分、剣・弓・打撃・魔法、それぞれの特殊技能保持者エキスパートによってつけられたものだよ、これ。そんな人たちが寄り集まっているなんて、悔しいけど、冒険者チーム以外には考えられないかな……』とアイサはそう言って、拳を握り締めていた。


「剣を持っているアイサを見て、私たちのことも自分を傷つけに来た冒険者だと勘違いしちゃったんだよね?」


 私の問いに、少女は長い銀の髪に表情を隠したままコクリと頭を縦にする。


「でも分からないのが、いったいなんで冒険者がそんなことを……?」


「それなんだけど……多分魔族だから、だと思う」


 私の言葉に言いにくそうに反応したのはアイサだ。その顔は苦虫を嚙み潰したようなものへ変わっていて、険の入ったものだった。


「ソフィアは転生者だから、まだあんまり知らないんだっけ? 過去の大戦のこと」


「う、うん……」


 アイサはポツリポツリと、かいつまんで大戦のことを説明してくれた。


 ――100年以上前に突如としてこの世界に現れた魔王は強大な力を持っており、ほとんど全ての国家の人間が立ち向かうことで始まった戦争のことを大戦と呼んでいるらしい。


 その大戦が終息したのはたったの10年前で、90年間続いた戦いは十数年前に誕生した人類の切り札・勇者が魔王を倒したことによって幕を閉じたのだそう。魔族という人と悪魔の融合種は魔王軍の幹部として仕える一族で、その強大な力と悪辣を極めた所業の数々から多くの人々に憎み恐れられており、それは大戦が終わった今でも変わらないという。


「――だからこそ、今でも魔族を倒したっていうのは戦士として名を上げる材料になるんだ。それは冒険者でも同じで、魔族についての情報を高値でやり取りしてるって聞いたことがあるよ。例は少ないみたいだけど、組合に倒したと証明できれば大きな功績として扱われるんだってさ」


「それって、つまりこの子は功績目当ての人たちに狙われたってこと……? そんなの、酷すぎるよ……!」


「全ての冒険者が純粋な志を持っているわけじゃないんだよ、残念なことにね……」と、アイサはギリッと音を立てて悔し気に歯を食いしばった。


 少女も、幼い外見をしているから大戦に直接関わってはいないだろうけど、それでも自分たちの一族が何をしたのかを知っているからかとても気まずげな様子をしていた。


 ――部屋の空気が悪くなりかけたその時、部屋のドアをノックする音が聞こえる。


 この雰囲気を変えることができるならと思って、私は努めて明るく「どうぞ」とドアの方へ声を掛けた。ドアを引いて姿を見せたのはスープとお水をお盆に載せたリオルさんだ。


「下まで声が聞こえてきてのぅ。起きたのかと思って持ってきたわい」


「ありがとう!」


 リオルさんは机にお盆を置いて、少女の目線へと身を屈める。


「やぁ。ワシはリオル。リオル・ゴートンというんじゃ」


 少女が目をパチクリとさせてこちらを向いた。その視線に、「そういえば」と思い至って隣のアイサと目を合わせる。


「――私たちも自己紹介がまだだったね……。私の名前はソフィア・エトワイレ。リオルさんが経営する食堂で働いてるの。こっちがアイサ・ゼーベルグ。一応冒険者見習いではあるけど、名声欲しさに女の子に切りかかるような人じゃないから安心してね!」


「わ、私はルーリ。ルーリ・ファートラネッタ……」


「――ルーリ、ステキな名前だね! よろしくね、ルーリ!」


 ルーリ。とても綺麗で、目の前のこの子に似合う名前だなと思った。両手で手を握ってブンブンと縦に振る。


「う、うん……」


 まだ及び腰で戸惑った様子でもあったが、逃れたがる素振りもないので特に嫌ではないんだろう。起き抜けにあった警戒心も今はほとんどなくなっているようだった。

 

「これこれ、ソフィアちゃん。そんなに動いとったらお盆が置けないわい」


「うっ、ごめんなさーい」


 私が手を離すと、布団の掛かったルーリの膝へとお盆が置かれる。その上にはまだ温かな湯気の立つ、野菜がトロトロに煮込まれたスープが載っていた。


「さて、お腹は空いてないかい? 食べれるだけ、たんとお食べなさい」


「えっ――」


 柔らかな口調でそのように話しかけたリオルさんへとルーリは驚きの眼差しを向ける。


「でも、私……あなたを――」


 それに続く言葉はみんな分かっていたけど、しかしリオルさんは首を横に振ってルーリを制した。


「ソフィアちゃんから詳しい話は聞けていないが、何か事情があったんじゃろ?」


「そうそう。ルーリも余裕がなくて、自分の身を守ろうと必死だったんだから仕方がないって! それにソフィアのおかげでみんな無事だったから、結果オーライってやつよ!」


 極限状態で仕方のない思い違いだったとはいえ一歩間違っていればリオルさんの命を危ぶめたという事実は、ルーリの心の中では簡単には抜けない棘となっているようだった。しかし柔らかな笑顔で返したリオルさんに快活なアイサの言葉も続いて、ルーリは少しホッとしたような表情になる。


「スープ、温かいうちに食べた方が美味しいよ?」


 私の言葉にルーリは表情を少し緩めてコクリと頷くと、まだ湯気の立つスープをハフハフと食べ始めた。

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