第12話 2人目の看板娘

 ランチタイムで盛況なゴートン食堂に、ドアベルがまたもやチリンチリンと鳴ってお客さんの来店を報せた。テーブルを拭いていた少女は入り口を確認すると、トテトテと早足で綺麗な銀の髪を揺らしながらお客さんの前へ向かう。


「い、いらっしゃいませ。ゴートン食堂へようこそ」


「――わぁっ! この子が噂の……!」

 

 あどけなさを残す口調でお客さんを出迎えたのは、アクアマリンの瞳が人目を惹きつけて離さない美少女のルーリだ。


「2名様ですね、席にご案内します」


 ルーリは感嘆に身を反らす2人組の女性客の様子に気付いているのかいないのか、何ら変わりなく席への誘導を始める。そのホールでの仕事姿は様になっていて、とてもあの山での出来事から3日しか経っていないとは思えないほどだ。


 ――そう、3日。たったの3日だったが小さい町とは恐ろしいもので、すでに人々の間ではゴートン食堂に新しく現れた銀髪碧眼の美幼女スタッフの噂で持ちきりだった。

 

 ランチタイムになるとその姿を一目見ようと男女問わず、この食堂へと町中から人々が集まってくる様だ。今しがたのお客さんもそれがお目当てだったようで、席に着くなり「可愛いねぇ」とルーリについての会話に花を咲かせる。


「ルーリちゃんも接客が板についてきたのぅ」


 私と一緒に厨房からホールの様子を覗いていたリオルさんが嬉しそうにそうこぼした。私もウンウンと頷いて同意を示す。


「最近は大分忙しくなってきてホールと厨房の行ったり来たりが大変だったけど、これならもう私が接客に出る必要もないかもね」


 ただルーリの方が私の時よりもよっぽどお客さん達にチヤホヤされている感じがするのは少し複雑な気分だ。忙しい中、ちょこちょこと話しかけられているルーリを見てそう思う。私がそんな風にお客さんに話しかけられるくらい食堂に馴染むのには1週間以上かかった気がする。


(これが美少女との差か……)


 まぁ同性の私でも最初は見惚れたほどだし、仕方がないかと息をひとつ吐く。


「私は厨房に骨を埋める気概でがんばることにしよう……」


 そんな私の情けない独り言が聞こえたのか、リオルさんが快活に笑う。


「ほっほっほ! 確かにワシは楽になって嬉しいがのぅ。たまにはソフィアちゃんもホールに顔を出して上げないとみんな寂しがるだろうなぁ」


「そ、そうかなぁ……」

 

 思わぬ返事を受けて、気恥ずかしさに顔が熱くなる。そう言ってもらえてうれしい気持ちはもちろんあったが、自分のちょっとした嫉妬の感情が筒抜けであるというのはすごくきまりが悪い。


(私って独り言の才能ないかも……)


 今までも要らないことまで口に出して自分を追い詰めることがそこそこにあった気がする。今後は自重しようと心に硬く誓っていると、厨房横のカウンターに寄ってくる小さな影が見える。


「ソフィア―」


 あまり覇気の感じられない、子供っぽさが前面に出されたルーリの可愛い声が聞こえた。


「注文ー?」


「うん。キーマ2、大」


「はいよー」


 カウンターに出て直接ルーリから切り取った注文票を受け取る。その時にチラリと、まくられた袖口から覗いた青い痣が私の目に入り、つい目線が向いてしまった。その視線の意味に気づいたルーリはフルフルと頭を横に動かす。


「大丈夫。激しい運動じゃなければ痛みもないし、他の傷も開かない」


「……うん。そうだったね。でも少しでも違和感があったらすぐに言うんだよ?」


 ルーリは私の言葉に素直に頷くと再びホール作業へと戻っていく。トテトテと足音が聞こえそうなほど軽やかに動くその身体からは想像できないが、しかし冒険者によってつけられた傷は未だ完治していない。とは言っても、3日前ルーリを家に運んできた時はすでに表面の傷口はほとんど塞がっていた。


『ん……魔力で止血を先にしたから……』と大したことも無さげにそう言ったのはルーリだった。


 魔族は魔力それ自体を回復力に転換することができるらしい。それを聞いた時はなんて万能なんだろうと驚いたものだった。ただその回復も完璧ではなく、派手な外傷は塞がったが内部の修復がまだらしい。激しい動きができるまでの状態にはまだ至っていないとのことだった。


(すごいなぁ……全然、魔族って感じに見えないのに……)


 ルーリの元気に働く後ろ姿を見ながら改めてそう思う。道中でお客さん達に声を掛けられて会話をしている姿を見ると、よく働く普通の女の子にしか見えない。実際に他のお客さんもルーリのことは『稀にも見ないほどの可愛い女の子』と、そのくらいにしか見えていないだろう。


 ――まさか頭の中程から後ろまでをすっぽりと覆っている青い頭巾の下に、山羊のような角が生えているとは思いもよらないはずだ。




 ルーリを連れ帰った日、リオルさんの奥さんであるロウネさんは2つ返事でルーリが食堂に身を寄せることに賛成してくれた。そして身を寄せさせてもらうならば自分も食堂のお手伝いをしたいと強く申し出たルーリのために、その日の夜にはルーリの角を隠すための頭巾を縫ってくれのだ。


『どうかしらぁ……? 似合うと思うのだけれど……』


 そう言ってルーリに手渡した綺麗な青色の生地でできた頭巾はその銀色の髪に良く馴染むもので、あとは無毛の白い尻尾をスカートの下に隠してしまえば魔族という特徴は完全に消えてしまった。そのようにしてルーリは翌日からすぐに食堂に出て働いてくれることになったのだ。




(ありのままの自分で過ごせるのが、本人にとって一番だと思うけど……)


 青い頭巾は良く似合っている。だけど角を隠すルーリを見てそう思ってしまう自分がいた。もちろん一番に気にすべきなのはルーリの安全であり、そのためには仕方がないということはよく分かっている。何かいいアイディアが浮かぶまでのしばらくの間は我慢してもらうしかないと私も納得したのだ。ただ、こうも思う。もしかすれば、転生者の私を快く受け入れてくれたこの町の人々なら――


「――なにかキッカケさえあれば、と思うんだけどなぁ……」


「ソフィアちゃん? 1人で唸ってどうしたの? どこか調子が良くないの?」


 カウンターで注文票を受け取ったままボーっと考え事をしていたところに、今度はロウネさんが注文票を置きに来ていた。


「う、ううん! 大丈夫!」


「そう? 体調が優れなかったら無理しちゃだめだからね?」


「うん、分かってる。えっと、海鮮ピラフにビーフシチューね。了解!」


 今はランチタイムであり、感傷に浸ってボーっとしている場合ではないのだ。私は急いで厨房に戻り、調理を再開したのだった。

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