第21話 意地
「ま、魔族のガキに、見習いのクソガキだとォッ……!」
目を擦ってから見直しても、目の前の光景に変わりはない。そこにいるのは確かに、俺たちのチームが仕留めそこなった魔族のガキと市場で俺のことをぶん殴った冒険者見習いのクソガキだった。
「はいはい。どうせ見習いのクソガキですよーだ!」
「アイサ、気にしない。アイサは充分に強い」
(どうなってる……? 何故この2人がここに……!?)
いくらでも問いたいことはあった。しかし――
「ブォォォォォォォオオオオオオオッ――――!!!!」
「――ゥッ!!」
口を開く前に、またしてもマラバリの長の低い声が響き渡り、俺や仲間たちはそれだけで圧倒され身を縮めてしまう。しかし、そんな中で、目の端に有り得ない光景を見る。自身よりも圧倒的に強い存在のその咆哮を、正面から受けてなお動じることのない2人の姿がそこにはあった。
(コイツ……なんで……!!)
魔族の方はまだ分かる。子供とはいえ基礎能力が人間よりも遥かに高いハズだから、それが<
「ルーリ、まだ身体は動かせそう?」
「へーき。でも万全じゃない」
むくりと左右に転がっていたマラバリが起き上がり出す。どうやら1撃で仕留めたわけではなかったらしい。それもそうだ、魔族はともかく見習いにマラバリを瞬殺できるほどの力があるとも思えない。
(……そりゃそうだ。少なくとも、見習いは俺以上ではねェ……)
これで分かったのは、自分たちを取り巻く状況が何1つとして好転していないということだ。心のどこかで、期待していた。もしかしたら、この状況を打破する何かがコイツらにあるんじゃないかと。絶望を振り払うだけの力を持っているのではないか、と。
――だが結局、そんな夢物語はなかったんだ!
「ハッ! どうするつもりだよッ! このままじゃ結局、お前らもろとも全員殺されちまうだけだぞッ!?」
皮肉った、余裕のない嫌な声だ。自分でだって分かってる。しかし、見習いは動じなかった。
「分かってるなら、まず立ち上がりなよ冒険者」
それは、感情のない冷たい声に聞こえた。だが上から見下すように投げられた視線に込められるのは、怒り。俺は、ただその一言に圧されていた。
その時、ダッと土を蹴る音がする。見習いの不意を打つように、先ほど倒れていた内の1体のマラバリが再び突進してきていた。
「危な――」
「――<
俺の言葉を遮り、見習いが
「バッ、バカヤロウッ! 逃げやがれッ!」
居合切りの姿勢。しかし、それは完全に悪手だった。
(質量も速さも段違いな相手に、攻撃範囲の拡大をしてなんになるッ!!)
マラバリの突進への対応の
(そんなこと、不可能だ。今度こそ終わった……)
訪れるだろう凄惨な末路から目を背けようと横を向こうとして、しかし。
「――コスい手を使って名声を得るだけかよ?」
見習いの言葉が、耳を打つ。
「圧倒的な力を前には腰を抜かしちまうのがお前の言う冒険者かよ……?」
その声は迫りくる地響きの中で、不思議なほどはっきりと耳に届く。見習いは、黒の巨体を背に、しかしその目は俺を射抜いたまま。
「冒険者なら――ッ!!」
そこで言葉を区切って、見習いの剣が
――覆しようない質量の塊が、横に逸れて転がった。
その光景に、開いた口が塞がらない。口だけのクソガキだと思っていた、その見習いがこちらを向いて、そして続きを言葉にした。
「――未知を既知に、不可能を可能に変えてみせろッ!!」
「――ッ!!」
返す言葉も無く、俯くしかない。自分よりも弱いはずの見習いが、自分よりも遥かに強大な魔獣に立ち向かい、圧倒的なその暴力を跳ね退ける姿を見て。
――口だけの威勢なのは、俺の方だったと思い知る。
実力だけ見れば俺に劣るだろうこの見習いに、マラバリ・ロードの<
(未知を既知に……冒険者の心構え、か)
強い信念。不可能さえも可能にしてやるというその信念ゆえに、絶望的な状況にも屈することがなかったのだと悟る。それを、俺といえばどうだ。巨大な魔獣の長、それに統率のとれたマラバリたちを目にして挑む前に諦めてしまった。何1つ、まともに動けなかった。
ゴッ! と低い音が後ろで響いた。振り返ると1体のマラバリが地面に沈んでいる。どうやら魔族のガキが仕留めたらしい。
「ルーリ! ごめん、こっちは仕留めるまでいかないや! 凌ぐのが精いっぱい」
「大丈夫、私に任せて」
見習いが転がしたマラバリがダメージに震えながらも起き上がろうとしていた。そこへ魔族のガキが駆け寄ってトドメの一撃を入れに行く。見習いは、周囲の突進に備えて再び剣を構えた。そして目線は前方に固定したまま、言葉だけをこちらに向ける。
「――アンタはまだそこで座ってるつもりなわけ?」
「……ッ!!」
胸に
(オイ……。言われっぱなしで終わってる場合か……?)
もちろん、あの超巨大なマラバリの長は恐い。しかし見習いにあんな風に言われて座ったままでいられるほど俺のプライドは低くなかった。落としてしまっていた剣を拾って足に力を込めて立ち上がり、そして未だへたり込んだままの仲間へと叱咤を送る。
「テメェーらッ!! いつまで腰抜かしてやがるッ!! ガキどもに舐められたままで死んでくつもりかァッ!?」
仲間の目がこちらを向く。戸惑い、怯えを帯びた目。心を折られ、生きることを諦めてしまったその姿。確かに状況は依然として絶望的だ。これで諦めなきゃいつ諦めるのか、こんなシチュエーション人生にいくらもない。
(わかるぜ……だが)
それでも、立ってもらわなくちゃあ困ンだよッ!!
「――なァ、オイッ!! 死にかけたことなんざ、今までいくらでもあったろうがッ!! 初めてマラバリに挑んだあの時だってよォッ!! 俺たちはそんな時どうやって切り抜けてきた!?」
死を覚悟した。見通しの甘さを後悔した。怖くて、涙に鼻水を垂らしながら歯をガタガタさせて――それでも!!
「今みたいに腰を抜かしたままだったかよッ!? 違ェだろッ!? 」
腰砕けに座り込む仲間たちに向かって、俺は叫ぶ。
「エンケルッ!! お前は矢を射って牽制してッ!! ゴールッ!! その間にお前がオースディを後ろに引っ張っていって治療したッ!! 囮になって魔法を撃ちまくるカサンドラを俺が守ってよォ……ッ!! 演習もしてない、計画にも無いぐちゃぐちゃな陣形で、それでも必死になって戦ったんだろーがッ!! 高位の冒険者が見たら鼻で笑いそうなみっともない戦い方をして、それでも足掻き続けたからこそ今の俺たちがいるんだろーがッ!! 」
溢れ出す感情をただ、叩きつけた。その言葉に。
「――……そう、だな」
足を震わしながらも、オースディが立ち上がった。
「あの時は必死だった。なんとか戦線に復帰してからも、何度も吹き飛ばされながら後退を繰り返したっけ……ははっ」
過去のその戦いが思い出されたのか、他の仲間たちの間にも笑いが伝染していく。その瞳には生気が戻っていた。
「……そうですね。こんなところで座り込んだままだなんて、私たちらしくありませんね……!!」
「おうよ……! ガキんちょにこれ以上カッコ悪いところ見せられねー……!!」
「確かに、無抵抗のまま殺されるのはゴメンだわ……どうせなら1匹でも多く道連れにしてやるってのが私たち……ッ!!」
全員が立ち上がったのを目にして、胸の内に新たな炎が灯るのが分かる。
(そうだ――チームの力に限界はねェ……!!)
生まれたその勢いを消さないように、俺は剣を高く空へと掲げる。
「テメェらッ!! この場から生きて帰れりゃそれだけで名が売れるぜ!! このまま高等冒険者への道へ最速前進だァッ!!」
「「「「オオオォォォォォッ!!!!」」」」
各々の武器を突き上げて吠えた仲間たちを見て安堵する。これならさっきの一戦以上のモチベーションで戦えそうだ。見習いは、そんな俺たちを見てため息を吐く。
(ハッ。どうせ「また名声か」なんて呆れてるんだろうよ。だが――)
人には人の、チームにはチームの『らしさ』がある。俺たちは俺たちらしく、気勢を上げさせてもらうぜ!
「おいッ、見習い! 撤退戦ってことでいいんだよなぁッ!?」
1体ですら手こずる魔獣の大群にその長がいる状況では、それはもちろん答えの分かり切った質問ではある。だが、全員の認識を統一は大事な事だ。しかし、見習いの返事は想定外のものだった。
「――撤退はしない」
「…………ハァッ!?」
「だから撤退するつもりはないって言ってんの!」
「オイ、正気かよ! この戦力差で勝てるとでも思ってんのかァッ!?」
「町までこの大群を引き連れていくわけにはいかないでしょっ!?」
グッと息を飲む。確かに見習いの言う通りではある。元々マラバリは1体でも小さな町くらいだったら平気で攻め落とす力と気性の荒さを持っていて、そのために速やかな討伐が必要だということで俺たちが雇われたのだから。それがさらに数を増やしている状況で俺たちが町に逃げ込んでしまうとその後の惨状は想像に難くない。しかし。
「だとしてもよォ……このままじゃジリ貧は目に見えてるぜッ!?」
体力もそうだが、魔法や
「大丈夫、勝算はあるから!」
「勝算――?」
「私たちはもう少しだけここで耐える。そうすれば活路が開くから」
「活路ってのはいったい――チッ!!」
詳しく聞き出そうとしたところに、マラバリの軍勢による突進が再び始まってしまう。
「いいから、今は私たちを信じてッ!!」
「仕方ねェッ! 方円を作るぞ!! 魔族と見習い、お前らには後ろを任せる!」
「ほ、方円って何よ!?」
「――そのままそこに立って、マラバリに抜かれなきゃそれでいい!!」
俺・オースディ・魔族・見習いで後方組のエンケル・ゴール・カサンドラの3人を四方から囲うような形の陣形を作る。
「――<
「――<
「――<
「――<
マラバリの激突に備え、前衛はそれぞれ突進を防ぐための特殊技能を発動し、後衛のゴールは俺たち全員の物理攻撃と物理防御を強化する魔法を詠唱する。
「第1波が来るぞォォォオオオッ!!」
猪突猛進、その言葉通りに俺へと真っ直ぐ突進してくる巨体を迎え撃つべく、剣を持つ手に特殊技能で強化された筋肉に力を込める。距離があと10メートルというところで後ろから<
「うォらァァァァァアアアアアッ!!」
そのまま接近してきたその魔獣の頭蓋を砕く勢いで、全体重・全筋力を乗せて剣を振り下ろす。ガキィンッと硬質な毛皮にぶつかる派手な音が立つ。マラバリの突進と俺の振るった剣、その力は
「喰らえやァッ!! ――<連続ぶった切り>!!」
今俺の持てる最強の技、力任せに振り続ける剣技が昇華したその特殊技能で、動きの止まったマラバリへと攻勢に出る。その剣の刃が皮膚を通ることはない。しかし、魔獣は嫌がる素振りで後退の姿勢を見せ始める。
(痛ェだろ!? いくら切れなくたってコイツは純鉄製だぜッ!!)
<筋力増強>によって得た力に加え、<連続ぶった切り>を使って放たれる一閃は通常の攻撃よりも重い。さすがのマラバリもこの連続攻撃に耐えかねて後ろを向いて逃げ出した。すかさずその後ろをエンケルの放った矢が追いかける。
(とりあえず俺の方は何とかなった――)
周りを見るにオースディも盾の
「よォしッ!! この調子だッ!!」
その後も第2波、第3波とマラバリの突進が続いてやってきた。特殊技能を使い、時にはあえてそれを温存するためにダメージをもらうような受け方をしつつも、方円を崩さないように凌ぎ切る。そして後ろからの強化・回復魔法、攻撃魔法、矢の追撃の援護を受けながら、俺たちは1人じゃ確実に死んでいるはずのマラバリの怒涛の波を1つ、また1つと乗り超えていく。
――しかし、そんな会心の戦いにもとうとう限界がやってくる。
「リーダー!! こっちはもう魔力切れです!」
「俺も矢が尽きる!!」
「ハァハァ……ッ!! 私も、もう撃てないわっ! 」
まず息が上がったのは四方の前衛へと絶えず支援を行っていた後衛組の3人。援護魔法の切れた俺たち前衛は持ち得る全ての特殊技能を使って場を繋ぐ必要が出てくるが、しかし。
「マズい……俺の盾の特殊技能もそろそろ上限だっ!!」
「こっちもだ……オイッ、見習い! こっちはもう無理だぞッ!!」
「そっちも!? くぅッ~! 思った以上にきついね、これ……」
どうやら見習いの方も限界が見えているらしい。一方で相手の大群の損害は……ゼロ。魔族のガキが最初のうちにトドメを刺したマラバリ以外、動けない個体はまるでいない。
(まァ、仕方ねェッちゃ仕方ねェが……)
こちらはかわるがわる突進してくるマラバリたちから致命的な一撃を受けないことを念頭に置いて弾き返すに留めてきたのだ。大きく追撃に出る選択を捨てていた以上は、基礎能力で大きく俺たちを上回るマラバリに損害を出そうというのは無理な話。
(本当に、もうこれまでかもしれねェな……)
そう頭をよぎる思考に、しかし口元から笑みは消えなかった。見渡せば仲間たちも同じ。疲労を濃く浮かべながらも、その表情にはどこか清々しさが見えている。
(だが、こういう終わり方ってのも、悪くねェッ……!!)
もはや何の特殊技能も残っていない身体に鞭を打ち、最期の最期まで力いっぱい剣を振るってやろうと大きく構えたその時。俺の耳を打ったのは、魔族のガキが嬉しそうに呟く声だった。
「大丈夫……! ちゃんと間に合った……!!」
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