第18話 弱者の歯嚙み
「マラバリですって……!?」と報告に目を見張った町長に、ダレスさんは深く頷いて答える。
「間違いありません、1頭のマラバリが街道の近くまで出てきています!」
「被害はありますかっ!?」
「いえ、確認できた範囲では0です。この時間帯はまだ街道を行き来している人も少なかったことが幸いしています」
「そうですか……。しかし、早急に屋内への避難勧告と隣町への道の封鎖を行わなくてはいけませんね‥‥‥」
そうして、まずは住民の安全確保が第一だと、町長とダレスさんはその場で今後の対応を話し込み始めた。アイサも驚きを露わにしており、どうやら状況を正しく理解できていないのは私だけのようだった。
「ねえ、アイサ。マラバリって……?」
「中型から大型の猪の魔獣で、かなりヤバい奴だよ。1匹で村なんかは壊滅しちゃうほどにね。普通は人里に降りてくるなんてことはなくて、山奥にしか出現しない魔獣のはずなんだけど……」
「――ははッ!!」
そんな緊張感の漂う空気に、短く嘲ったような声が響く。声の方を向くとスキンヘッドの剣士が、何かを企んでいるのか、意地悪そうな笑みを浮かべて腕組みをしていた。剣士は視線が自分に集まったことを悟ると、それを待っていたように皮肉った口調で口を開く。
「そろそろ対応は決まりましたかね、町長さん? マラバリは好戦的な魔獣だ。早いとこ手立てを考えないとあちこちに被害が出ますぜ?」
「ええ、あなたの言う通りでしょうね。マラバリが討伐されるまでの間、町の住民へは自宅の外へ出ることを禁止します」
「討伐?」
剣士の眉がワザとらしく上がった。口元には嫌なニヤつきがへばりついている。
「マラバリは言うまでもなく一般人や一兵卒の戦士に任せられる相手じゃないですが……もしかしてそこの見習いにでもやらせるんですか? それとも手負いの魔族のガキかな?」
「……いや、現状どちらにも任せられませんね」
「それなら、放っておくと?」
「マラバリによる家屋への襲撃例もあります、そんな後手に回る愚策も取れないでしょう」と町長はそこでいったん言葉を切る。
「……偶然居合わせたあなたたちに、組合を通さずに頼むのは悪いのですが――」
「――おっと、先ほどまでのこと俺たちは忘れちゃいないですよ? そう簡単に首を縦にはできませんねェ」
そう言って町長の言葉を遮った剣士とその後ろに立つ冒険者たちは、他人の不幸の味は蜜の味とでも言わんばかりに、もはやその顔の笑みを隠そうともしない。実際、先ほどのルーリをめぐる一軒で煮え湯を飲まされた仕返しの面もあるのだろう、隣でその態度を腹に据えかねるアイサが歯ぎしりするのが分かる。
「ふむ……何が望みか聞きましょうか」
「あの魔族のガキはどうあっても渡す気はないんでしょう? こちらとしても国に属する町を敵に回すのは組合での立身の妨げになるんで避けたいところですし……この1件に対しての感謝状と、報酬金にちょいと色を付けてもらえれば良しとしましょう」
「感謝状は分かりました。それで報酬金は具体的にいくらでしょうか?」
「300万メギルで受けましょう」
その言葉を聞いて、ダレスさんやアイサは驚愕の表情をあらわにする。
「なっ――相場の10倍以上だぞ!? 足元を見るにも程がある!!」
「アテが他にはないんでしょう? 断られてもいいと言うのであれば仕方がありませんがねェ……」
剣士のその言葉は自分たちの提示した報酬が明らかに度が過ぎたものだと開き直るものだったが、同時にこちらの図星を突くものでもあり、悔し気に表情を歪めながらもダレスさんには返す言葉がないようだ。アイサは怒りに顔を赤く染めて町長へと距離を詰める。
「町長っ!! こんなやつらに任せるくらいなら、私が――」
「――黙っていなさい、アイサ」
しかしそんなアイサの口から出かかった言葉は、町長の有無を問わない硬い声でピシャリと封じられた。
「今のあなたではむざむざ死にに行くようなものです」
「で、でも……!!」
「自分の力不足を原因に町の人々を危険に
「……っ!!」
アイサはそれ以上何も言えず、悔しそうに歯を食いしばる。 それを見た剣士は溜飲が下がったかのように満足げに鼻を膨らました。
「それで……? 我々に依頼するということでいいんですね? 町長?」
「はい、よろしくお願いいたします」
「――ふははぁっ!!」
頭を下げる町長を見て剣士は勝ち誇ったように笑うと、おもむろに剣を抜いて高く掲げる。
「野郎どもッ!! とっとと片付けちまおうぜッ!!」
後ろの4人から返ってくる威勢のいい声を聞くと、最後に剣士はルーリへと視線を向ける。
「まったく、ツいてないにもほどがあるぜ。こんな田舎町まで追ってきた獲物を横取りされた挙句に、やっつけ仕事まで任されちまうとはな!!」
そう言い残すと、未だ苦虫を嚙み潰したような様子のダレスさんの案内の元、冒険者たちはマラバリがいる場所へと案内されていく。
「――ちっくしょぉぉぉぉぉおおおおおっ!!」
その姿が完全に見えなくなったところで、アイサは地面を割らんばかりの力を入れて踏みつけて叫んだ。
「落ち着きなさい、アイサ」
「私はっ! あんなやつらを冒険者だなんて認めない……!」
怒りを口から吐き出すようなアイサを横目に、町長は1つ息を吐いた。屈辱的な言葉を受けてなお、自身の感情を全部心の中に飲み込んで、町のために決断した町長のその姿は私の目にはすごく大人に映った。そうあるべきだと頭で理解できても、私もアイサと同じで、ルーリを傷つけたあの冒険者たちに頼らざるを得ないということが悔しくて堪らない。
「――ソフィアさん」
そうやって下を向いているとふいに声が掛かった。
「はっ、はい!」
「大丈夫でしたか? 怪我などはありませんか?」
「い、いえ……町長が来てくれたので、大丈夫でした。ありがとうございます」
町長は私の答えを聞くと安心したように表情を緩ませる。
「あっ、そうだ……! 町長、ルーリの事も本当にありがとうございましたっ!」
急にマラバリの話が出てきてしまい、そちらに気を取られてしまっていたが、ルーリの件で町長が機転を利かせて私たちを守ってくれたことを忘れるわけにはいかない。私は頭を深く下げて言葉を続ける。
「私たちだけだったらきっと今頃、大変なことになってたと思います……。ルーリを庇ってくれて、本当にありがとうございました!! ほらっ、ルーリも!」
「う、うん……。ありがとうございました……」
「いいんですよ、2人とも顔を上げてください」
町長は優し気な口調で私たちの肩に手を置いた。隠していたことを怒られるのではないかとも考えていたが、しかし町長は先ほどまで冒険者たちに向けていた怜たい視線が嘘のような朗らかな笑顔だった。
「本当にいいんですよ。私からも、いつかちゃんとソフィアさんにはお礼をしなくてはと思っていたところですから、この場で少しそれが果たせたような気がしているんです」
「お、お礼……? 私、何か町長さんにそんなお礼をしていただけるようなことをしましたっけ……?」
「ふふっ……。2つもありますよ。まぁ1つは私が勝手に思っているだけではありますが……」
町長は思わせぶりにそう言って笑うが、私たちにはさっぱり何のことか分からない。ルーリと顔を見合わせて首を傾げてしまう。
「さて、そんなことより避難指示を進めなければね。あなたたちも今日はもうお帰りなさい。アイサ、あなたは私と来なさい」
アイサを手招いて詳細な指示をする中、マラバリを相手にすることができる冒険者たちが(不本意ではあるものの)いるのであれば私たちにできることなどない。
「それじゃあルーリ、私たちは――」
帰ろうとそう言いかけて、ルーリが冒険者たちの去った方角――マラバリが出現しているという町の外側、山の裾野を向いて立ち止まっていることに気が付く。
「ルーリ……?」
「ソフィア……これはちょっと……。マズいかもしれない……」
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