第17話 冒険者たち 2

 剣士の言葉を遮り放たれたアイサの言葉は、魔獣たちとの実戦経験も豊富であろう冒険者たちをも威圧するほどの怒気を含んで叩きつけられる。


「何の罪も無い女の子をよってたかって騙して、殴って斬りつけて……! それが全部自分のためだと……!? ふざけんな!! そんなの未知を求める冒険者の姿じゃ決してない――お前らみたいに自分の欲望のために騙して殺すなんてのは、ただの賊がすることだッ!!」


「テ、テメェ……言わせておけば……!」


 賊とまで言われ、アイサの激しい感情が生み出す雰囲気に呑まれていた剣士もさすがに我に返る。そしてこめかみに青筋を立てて起き上がるとアイサに向けて剣を構えた。


「テメーら!! まとめてやっちまうぞ! 魔族のガキはまだ手負いのはずだ、逃がさないように確実に弱らせてけ! 俺はこの見習いのクソガキに世の厳しさを教え込んでやる……!!」


 アイサが激昂する理由は分かる。友達であるルーリが寄ってたかって傷つけられ、憧れの冒険者という職に対しても泥を塗られたような気分にさせられているのだろうから。しかし、強い感情だけでは状況はドンドンと悪い方向に転がって行く。


「ア、アイサっ……!!」


「ルーリを連れて逃げろソフィア!! ここは私が抑え込んでみせる……!! こんな奴らに、私が負けるもんか……!!」


「む、無茶だよっ……! 殺されちゃうよっ!!」


 腕を引っ張って一緒に逃げようとするもアイサは頑としてそこから動かない。そんなことをしている間にも冒険者たちはズンズンと歩いて間合いを詰めてくる。


(ダメだ……! このままじゃ――)


 ついに剣士がアイサへ向かって踏み込み、後ろの冒険者たちがそれぞれの武器を構え動き出そうとしたまさにその時。


「――やめなさいッ!!」


 凛とした声が私たちの間に響き渡る。氷のように冷ややかで鋭いその声音は、熱くなるばかりだった私たちの空気を切り裂いた。


「な――なんだ、テメェは……?」


 市場の入り口側――冒険者たちが振り返ったその先から、フォーマルな白のジャケットを風にはためかせ、栗色のショートボブを揺らして歩いてくる人物がいた。その20代後半ほどの外見に知的さを感じさせる美形の持ち主の、その目は睨みつけるように冷たく鋭い。アイサへの怒りに心を染め上げていたであろう剣士でさえもその凍てつくような視線に圧倒されている。


「――リッツィ町長っ……!!」と私はたまらずその名前を呼んだ。込み上げた安心感に、その場に腰を抜かして座り込みそうになってしまう。


 リッツィ・アルベルン。彼女はこの町――セテニールの町長を務める女性だ。声を大きく張っているわけでもないが、町長の言葉はスッと場に通るようにして耳を打つ。


「アイサ、これはいったい何の騒ぎですか?」


「こ、これは、その……」


 声を掛けられたアイサは一瞬、こちらを見て迷った表情になる。ルーリの件に関してはゴートン食堂の人間とアイサだけの秘密であったために、このことを知らない町長に対してどう説明をするかで逡巡したのだろう。しかし――


「何って魔族だよ! アンタのとこの冒険者見習いが魔族を匿ってやがったのさ!」


「魔族……?」

 

 町長の視線が最初はアイサに、続けてこちらに向けられて、私は思わず身を固くして背中のルーリを庇うように後ずさった。しかし町長はゴートン食堂の常連であるし、そのことからルーリともすでに面識を持っているのでこの行動は無駄だ。問題の先送りにすらならない。


「おまけに殴りかかって討伐の邪魔をしやがってよォ……! お宅のお抱えの見習いでしょう? どう落とし前つけてくれるつもりですかねェ……?」


「くっ……!!」


 アイサは悔し気に歯を食いしばっている。アイサは時々町長に与えられる仕事に対して文句は言うものの、自分の夢の後押しをしてくれる町長のことを本当に信頼し尊敬している。だからこそ自分が招いた穏やかでない事態に巻き込んでしまうのが不本意なのがありありと見えた。冒険者たちに反論しようと前へ出ようとするが――しかし、町長はそれを片手を出して制した。


「落とし前……? 必要はありませんね」


 町長は詰め寄った剣士の視線に一歩も退くことなく、そう切り返した。町のトップであるという役職にいては、部下が魔族を匿っていたなどということはただならぬスキャンダルであるはず。それにも関わらず身じろぎひとつしない。そんな予想外の反応に冒険者たちはどよめく。


「オイッ! 町長さんよォ、そりゃいったいどういう――」


「――人還奉仕リヒューマズム・サーヴです」


 剣士の言葉を遮って放たれたその単語に、冒険者もアイサを含める私たちも、呆然として町長を見る。意味が伝わっていないと感じたのか、町長は1つ息を吐くと再度口を開く。


「ですから、その魔族の少女はこの町で正式に人還奉仕を行っている個体ですから、何も問題はありませんと言っているのです」


「人還奉仕、だとォ……!?」


 今度こそ正しく言葉を理解した冒険者たちの間に驚愕の声が広がる。アイサも恐らく同じように驚いたのだろうが、表情を必死で押し殺しているように見える。


「ア、アイサっ……! りひゅー……なんとかっていったい……?」


「あ、あぁ……。人還奉仕リヒューマズム・サーヴ、ね。簡単に言えばこれは魔族を人間の町で生活させるための制度だよ」


 何でもないように口にされたその言葉に、ポカンと口を開けてしまう。


「そんな制度があったの!? でも、なんでそんなことを? 確か今でも魔族は人間に恐れられているって話じゃ……?」


「そうだね。それでも魔族の力や知恵っていうのは、人々の生活レベルの向上にすごく役立つんだって。だから殲滅ではなく、大戦後に人類に敵対しないと誓い降伏した魔族たちには多少の制約付きで人間の町で暮らさせて、その町の発展に寄与してもらおうってことらしいよ」


「えっと、じゃあ町長が言ってることは本当に……?」


「――いや、これは完全にブラフだと思う」


 町長に明かしてないのだから当然と言えば当然であったが、しかし私はそこに光明を見た気がして重ねてアイサに問いかける。


「でもそんな制度があるなら、ルーリも……!」


「これは大戦直後の特例措置だから、この時に降伏しなかった魔族に対しては原則適用されないんだ。魔族は人間に比べたら基礎能力が何倍も高いし寿命も長いから町の発展にすごく貢献はするんだけど、それでもあまり多くの魔族に人間社会に入って来られるとパワーバランスが崩れてしまうって警戒されたんだってさ」


「そうなんだ……」


 この世界では一般的な知識であるらしいその制度の説明を受けている間も、町長と剣士を筆頭にした冒険者たちの舌戦は繰り広げられていたが、町長の隙の無い発言は軍配をこちらに傾けつつあった。


「――私は認知していますし、書類もありますと言っています。これ以上に何を証明とすればいいのですか?」


「な、ならその書類を見せてみやがれ! この魔族のガキはこの町から大分離れた山道で見つけたんだぞ! 本当に存在するわけがあるか!!」


「それはできませんね。個人情報ですから、何の権限も持たないあなたたちに開示することはできません」


「ひ、卑怯なッ!」


 大勢を決しつつあるそのやり取りで、しかし私の中から町長への疑問は消えないままだ。


「いったいなんで町長は咄嗟に味方についてくれたんだろう……? 世界の常識的に、急に魔族が現れたら普通はみんな怖がるものなんだよね……?」


「うーん、それが私にもいまいち分からないとこなんだよね……。そうだと思ったからこそ、私も町長には内緒にしていたわけだし……」


 私とアイサが2人で首をひねっていると、もう大丈夫だと悟ったのかルーリがヒョッコリと背中の陰から出て、5人組に一歩も退かないどころか、むしろ堂々とした佇まいで多人数の相手を押し込んでいるような町長の姿を見て口を開く。


「あの人……多分、食堂に来て初めて私を見た時から気付いてたと思う……」


「えっ? それって、ルーリが魔族だってことに……?」


「うん。一瞬だけど、すごく警戒して見られていた気がする。それからは特に何もなかったけど……」


「そ、そうなんだ……」


 先程姿を見せた時の眼光と言い、町長はいったい何者なんだろうか。横目で見たアイサも首を横に振っている。


「――もうよろしいですね? 書類の確認をしたければ冒険者組合を通していただくということで」


「ちょっ! ちょっと待――」


 町長の優勢で話が切り上げられそうになったところで、誰かがこちらに向かって息を切らして走ってくる姿が見えた。


「ち――町長ッ!!」


 それは町役場に勤める、ゴートン食堂の常連のお客のダレスさんだった。穏やかな人で滅多なことで朗らかな表情を崩さない彼が、青ざめた顔をして町長の横までやって来る。


「た、大変です。山の麓に……!」


「どうしました? またラッピーの群れですか?」


「違います! 『マラバリ』が降りてきているんです!!」


 その言葉に、場へ居合わせた全ての人々――私を除く――が一斉に息を呑む気配を感じた。

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