第8話 冒険者
厨房で簡単に洗い物を済ませた後、私は紅茶を淹れてアイサの席へと持って行く。熱々の紅茶が冷めるのを待つ間、少し気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば、今日のお仕事はなんだったの? お昼ご飯食べ逃がしちゃうほど忙しかったんでしょ?」
「ラッピーが山を下ってきたのか麓に大量発生しててね、町長にそれの退治を頼まれたんだよ。ここ数日、似たような魔獣の討伐依頼が多くてさぁ……」
「へー、それは大変だった――って、え!?」
ラッピーという単語を聞いて紐づいたイメージに、思わず驚きの声を上げてしまう。
「ラッピーって、確かあのネズミの魔獣の? 確か結構な大きさで獰猛だって聞いたけど大丈夫だったの!?」
「まあ初めてじゃなかったし、大体ラッピーごとき倒せないようじゃ見習いといえども冒険者は名乗れないでしょ」
「え……?」
「なに? どうしたの?」
「――冒険者って魔獣を倒す職業なの……?」
今まで冒険者とは物語に出てくるような職業だなぁと思ってはいたし、アイサが冒険者見習いだということも聞いてはいたものの、正直何をする職業なのかはハッキリと分かっていなかった。
ただ、この世界には未だ人の足が踏み入れた事の無い大地があるということはリオルさん達から聞いて知っていたから、てっきりそういった未到達の土地を冒険しに行く人たちなのかとばかり思い込んでいたのだ。
思ってもみなかったという反応を示した私に対して、アイサは苦笑交じりに答える。
「そりゃあ頼まれればね。というかあんた、いったい今まで冒険者にどういうイメージ持ってたわけ?」
そう問われて、短い期間ではあるけど、町中でチラッと見かけたアイサの仕事風景を思い出してみる。
「――町長の……雑用係?」
「そんなわけあるか!」
「だ、だって今まで町長の荷物運びをしたり、町役場を掃除してるところしか見たことなかったんだもん……」
「うっ……まぁ、そういうことが多いのは認めるけどさ……」
アイサは1つ咳払いをすると、「そもそもね」と仕切り直す。
「冒険者っていうのは、今まで誰1人超えたことのない北の果ての大山脈を踏破することを目標にして、未知の世界を開拓してやろうっていう人間たちよ。便利屋なんかと違ってもっと夢があって誇り高いものなの!」
「そうなんだ……。でも、それじゃあ何でアイサは町長の荷運びなんてしてるの?」
「……それはこの町に冒険者組合がないからよ」
そう答えると、先程の熱弁を振るった姿はどこへやら、アイサは途端にシュンとしてしまう。
「冒険者になるためには、冒険者組合で一定期間の講習と訓練を受けるか養成所に通うかをして、その後の認定試験に合格しなくちゃいけないの」
「認定試験なんてあるんだ?」
「ある程度実力がないと仕事もオチオチ任せられないってことなんでしょーね、多分」
それから「はぁ……」というため息を吐いていったん言葉を区切ると、アイサは声の調子を少し落として続ける。
「でね、基本的に組合が置かれているのはそれなりに大きな都市くらいだから冒険者組合自体が無い所は珍しくないんだけどさ、組合が無くてももう少し人口が多ければ養成所くらいはあるものなのよ。でもここにはそれもないからさ……」
「じゃあアイサはどうするつもりなの? 組合のある都市に出て、どれくらいかそこで訓練を受けるとか?」
そうなると、せっかく友達になることができたのにアイサと離れ離れになってしまう。それを考えると寂しい気持ちにもなったが、しかしアイサはそんな私の不安を一蹴するかのように手をパタパタと横に振って答える。
「残念だけど、そんな金は私にも家にもないね。だけど、1つだけ講習やら訓練やらを受けずに認定試験まで行けるルートがあるのよ」
「あっ、それがもしかして、町長の仕事のお手伝いと関係があるっていうこと?」
「そゆこと。町長からの推薦状とこの町での冒険者見習いとしての実績を組合に提出すれば、その場で試験が受けられるってわけ」
「なるほど……。よく考えてるねぇ……」
「そりゃね、夢だから! 16までこの町で見習いとして働いてお金を貯めて、私は都市に出て冒険を始めるんだよっ!」
立ち上がり、両手を広げてそう言い放ったアイサは、何だか少し大きく見えた。
(私と同い歳でもう夢があって、それを叶えるために今頑張ってる……。すごいなぁ……)
「私、応援するね!」
「へへっ! サンキュ!」
照れたようにアイサははにかむと、「さてと、今日はもうお
「それにしても今日はリオルさんとロウネさんはいないの? ずいぶんと静かだけど……」
「今は2人とも出かけてるよ。ロウネさんはちょうど町長さんのところに。ほら、あの2人ってすごく仲がいいでしょ?」
「そういえばそうだな……。町長はロウネさんのことを『姉さん』って呼ぶもんな。姉妹ってわけでもないのに。それで、リオルさんは?」
「山菜を採りに行ってるよ。明日使う分の食材が無くなっちゃってたらしくて」
そう答えると、何故かアイサの表情が少し締まったものへと変わる。
「……そっか。ちなみに山って隣町方面? それとも町の裏山?」
「え、えっと……いつも隣町方面の山に採りに行っているけど……。それがどうかしたの?」
「……う~ん、ここ数日連続して魔獣がそっちの方面の山から下りて来てるんだよね。普段そんなことはないから、山の中で何かあったんじゃないかと思ってさ」
「そ、それってもしかしてリオルさんが危険なんじゃ……!」
「私が倒してるラッピーぐらい、1匹2匹であれば大人の男の人なら勝てると思うし、逃げることもできるよ。万が一はないと思うんだけどね」
「そうなんだ……それならよかったけど……」
言葉とは裏腹に、しかし私の胸の中はモヤモヤとした不安で包まれていた。普段この付近に魔獣が現れることは滅多にないと聞いていたにも関わらず、アイサによればこの数日は頻出しているという。そんな稀なことが置き始めている状況で、もしかしたら万が一もあり得るのではないかという考えが頭をよぎった。
「ねぇ、アイサ。この後って時間空いてる……?」
私と同じく心配そうな顔をしていたアイサはこちらを向くと、コクンと頷いてくれた。
※△▼△▼△※
山の中は鳥が賑わい、普段リオルさんの山菜採りに付き合う時となんら変わりない様子に思えた。私とアイサは隣町へと続く山道からは少し外れた、リオルさんや町の人たちがよく使う道を辿って並び歩く。
「ごめんね、付き合ってもらっちゃって」
「いいよいいよ。美味しいご飯を作ってもらったし、それに心配になる気持ちも分かるしね」
グッと親指を立てる姿に、普通『それに』の前後の言葉は逆じゃないかと思ったものの、こうして付き添ってもらっている身としては感謝しかなかったので突っ込まないでおく。そして山道を20分は歩いただろうか、細く枝の突き出した道が急に開け、木の生えていない一帯――山菜の群生地に到着する。
そこでは腰かごに何種類かの山菜を入れているリオルさんが、身を屈めて他の山菜を摘んでいる最中だった。
「リオルさん……!」
私の掛けた声に、「うむっ?」と声を発したリオルさんこちらを向く。
「おや、ソフィアちゃんにアイサちゃんじゃないか。どうしたんだい、こんなところまで。何かあったのかい?」
「……無事みたいだね」
「よかったぁ……」
その何事もなさそうな姿を見せて、私とアイサは2人で顔を見合わせてホッと安堵の息を吐いた。
「う、うむ……?」
「あのね、アイサから聞いたんだけど、最近こっちの方面の山からよく魔獣が――」
当然だが、状況がよく分からない様子のリオルさんに事態を説明しようとしていた時。突如、隣で抜剣する音が聞こえる。
「2人とも、下がって」
アイサが面持を真剣なものへと変えて、私とリオルさんを後ろに下がらせる。
「な、なに!? どうしたの……?」
「何か、こっちに近づいてくる……」
耳を澄ましてみるが、しかし私には聞こえない。
「えっと、町の他の人とかじゃ……?」
「違うね。肌が少しピリピリする感じ――これは多分、魔力の反応だよ」
「それって、アイサ……! 逃げよう!? もし魔獣だったら……」
「いや、違う……。これは魔獣じゃないよ。規則的な足音が2つしか無い……これは、人……?」
進むことも逃げることもせず、私たちはその何者かが近づいてくるのを待つ。次第に私でもその足音は聞こえるようになってきた。森の葉や枝を鳴らす音が段々と大きくなっていくのが分かる。そして目を向ける先の大樹と茂みの陰から出てきた存在に、私たち3人は身構えたが――全員、その姿に目を奪われる。
――それは、美少女だった。
おとぎの本からそのままの姿で飛び出してきたような、顔も身体も身に纏う着物も、全てが創造者の意思によって完璧に作り込まれたような美少女が、大樹に寄り掛かるようにして立っている。幼さを残す顔と小さな体がこちらを向く。その大きな目は憂いを帯びたように細められて、覗けるアクアマリンの瞳は潤むように光っていた。
(――涙……?)
もしかして泣いているのだろうか、だとしたら何と言えば慰められるだろうか。目の前の女の子のあまりの可愛さにそんなことを考えてしまっていた横で、剣を構え直す音がする。
「――ま、魔族……!?」
呆然としていた私たちの中から最も早く我を取り戻したのはアイサで、その口から耳慣れない言葉が飛び出した。確かに、よく観察すると目の前の美少女には人間には存在しないであろうモノがいくつか備わっていた。
(あれは……角?)
その頭には二本の黒い巻き角のようなものがあった。それは肩に少しかかるくらいで切り揃えられたフワフワの銀の髪の間から突き出しており、またお尻からは白く細い無毛のシッポを覗かせている。美少女は声のした方――アイサへと顔を向けて、その手に持つ剣を見つけると目を鋭くして低い声を出した。
「――おまえも、冒険者か……!!」
――瞬間、空間が曲がるような力が少女から放射される。
しかし何かされたわけでもない。それはただの視線。だがそれは圧倒的強者による殺気の込められたものだった。
「邪魔するなら――コロス……!!」
額の上や脇の下を冷たい汗が流れるのを感じる。その宣言が決して嘘ではないのだと、荒事に無縁な十数年の人生経験しかなくとも分かってしまったから――
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