第4話 拙い計画

「ねぇ、その葉っぱ……いらないなら頂戴?」

「ん?」


声がした方を見ると、ボロい服の割に妙に小綺麗に洗濯された子供が立っていた。



「えーっと……これのことかな?」

「うん」


どうやらパンと肉を包んでいたハースの葉が欲しいらしい。


「いいけど……どうするんだ、こんなもの?」

「きれいに洗って干して、屋台のおっちゃんに売るんだ」

「へぇ?」


聞くところによると、この子は孤児でこの葉っぱを 回収して洗ってリユースして屋台の店主に売っているらしい。

ボロい服の割に妙に小綺麗なのも、店主から小汚い奴とは取引できないと言われてまめに洗うようになったかららしい。


「他の子もやってるのか?」

「ううん、俺以外のやつらはみんな屋台のゴミ漁りとかしてるよ。屋台の数が多いから食っていくだけなら出来るんだ」

「へー、食っていけるのになんで君はこんなことを?」


少し興味が出てきて、もう少し聞いてみる。


「食っていくだけならゴミ漁りでなんとかなるけど、それじゃだめなんだ。前に病気になって動けなくなって、ごみ漁りできずに死んじゃった大人を見たんだ。

飯も食えずにガリガリに痩せてさ、最期は自分がゴミみたいになって道端で冷たくなってて……こんな死に方は絶対嫌だと思ったんだ」


アルフは驚いた。

この子供は想像以上にしっかりと考えていた。


「それでなんとかしたいと思って……時々余り物をくれる屋台のおっちゃんにいろいろ聞いて、考えたりしてさ。ここを抜け出すには、なんとか金を貯めて、俺も何か商売を始めるしかないと思ったんだよ」

「……本気かい?」


孤児らしからぬ人生設計に、驚きながら聞き返す。

頼れる大人も居ない生活の中で、そこまで一人で考えて結論を出せたとしたら、この子は想像以上に聡い子だということになる。


「んだよ、あんたも孤児には無理だって言うのか?俺だって無茶だってのは分かってるよ。でも、ただ誰かの食べ残しを漁って生きて行くだけなのは嫌なんだよ」


どうやら聞き方が不味かったらしい。

慌てて弁解する。


「いや、そういうつもりじゃないよ。君がとても先のことまで考えていてびっくりしたんだ。……そもそも僕も孤児だったんだよ」

「マジ!?どうやってあんたも!?」

「僕の場合は幸運にも少しだけ魔法の才能があってね、師匠に拾われて魔導士になれたから抜け出せた」

「魔法!?おっさん魔導士なのか!?」

「“お兄さん” ね。――うん、こう見えても魔導士なんだ」

「すげー!俺、魔導士なんて初めて見た!!孤児でも魔導士になれるんだな!!」


大興奮である。


「なれるよ、――ちょっとでも才能さえあれば……ね」

「さいのうってなに?」

「あー、えーっと……いまは使えてないけど、本当はその人が持っている隠れた力のことだよ」

「へー、俺にも魔法のあるかな?」

「魔導士になりたいの?」

「わかんないけど、魔法が使えたらきっと商売でも使えそうな気がするじゃん?魔法ってどんなことができるの?」


目の前の少年と会話をしながらアルフは内心とても驚いていた。


(この子は面白い発想をするな。好奇心も旺盛で1を知ると10を想像しようとする。賢い子だ)


「そうだね、僕は魔導士としては一番下の『限定魔導士』だけど、それでもいろんなことができるよ。たとえば…<水球>」


実演したほうが早そうだと思って<水球>の魔法を発動させる。


「おお、水が出た!?」


<水球>をゆっくりと彼の目の前まで動かす。

魔力の制御がしっかりとできればこういうことも可能だ。


「これが<水球>という初歩的な魔法だよ。見ての通り水の球を作り出す魔法だね」

「へー……これ、大きさとか変えられたりするの?」

「慣れればある程度自由に大きさや形も変えられるよ。たとえば……」


魔力を操作して<水球>の水を少しずつ、彼の目の前に垂らしていく。


「おお!?水が流れ出した!」

「たとえば君が葉っぱを洗おうと思ったときに、こういう風に魔法を使えたら……」

「……水場まで持って行かなくても洗える?」

「そうだね。まぁ、街中だとあんまり便利とはいえないかもだけど」

「そんなことないぜ?俺みたいな孤児が街の中で水が使える場所がないんだ。だから、いつもは街の外の川に行って洗ってるんだ」

「街の外?!それは……」


いくら街の周辺とはいえ、街の外というのは完全に安全とはいえない。

基本的に壁の外は人の法の及ばない世界だ。

人攫い、盗賊、魔物、野生生物……危険だらけである。


「街の外っていっても、街道沿いにある川だし安全だよ」


そうだったのだろう。

だがそれはただ幸運だっただけで、次も無事であるとは限らない。


しかし。


いくら危険だとしても、この子が今の環境を抜け出すにはそのリスクを冒してでも街の外に出るしかないのだ。


この世界は身寄りのない孤児を善意で掬いあげられるほど余裕がない。

もっと大きな都市なら地母神の神殿が孤児院を運営していたりもするが、当然保護されるのは両親が信徒だった子供からだ。

ましてや、こんな地方都市では神殿もそこまで手が回らない。

となれば親を失くした子供は路頭に迷い、孤児になるしかない。

そしてほとんどの孤児の行く末など決まっている。


人攫いに捕まってどこかに捨て値で売られたり

どこかの犯罪組織に拾われ鉄砲玉に使われたり

盗みを働いて捕まって奴隷になったり

そのまま袋叩きにあって死んだり


稀に大人まで生き延びれたとしても、結局この子の見たように病気や飢えで野垂れ死にするしかない。

つまり、孤児になった時点でほぼ「詰み」なのだ。

だが、この子はその結末を否定しようと自分なりに考えてできることを実践しようとしていた。


(素晴らしい行動力だ……だが、今のままでは確実に失敗する)


アルフは内心、元孤児としてその行動力に感動すらしていた。

そして同時に、きっとその夢は叶わないだろうとも冷静な部分で気づいていた。


(どうする、?)


この子が気づいていない、その計画の致命的な欠点を教えるべきか。


(しかし、教えてどうする?)


教えたところでどうにもならない部類の話だ。

仮に知って備えたところでこの狭い街の中では防ぎきれないだろう。


(――いや、それでも決めるのは僕じゃない)


ならば、元孤児の先達として教えることにした。


「……厳しいことを言うけど、きっと君の夢は叶わない」


「――は?」


目の前の子供の目をまっすぐに見ながら厳しい事実を伝えた。


「……いきなり、なんだよ」

「君の計画には、大きな欠点……いや、盲点がある」

「盲点?なんだよそれ」

「見落としてるところだよ。そして、それはわかったところでどうしようもない」

「だから、それはなんだよ!?」


「――商売を始められるほどのお金を、なんの力もない子供がどうやって守り抜くのさ」

「…ッ!」


なんの力もないみすぼらしい孤児がそんな大金を持っていると知られたら?

悪意ある人間なら取り上げに来るだろう。

むしろ、いままでよく無事だった。本当に幸運だったとしか言いようが無い。


「見ず知らずの僕に簡単に教えるくらいだ、周りの人間にも言ってしまってるんだろう?君がお金を溜め込んでいることをみんな知っていると思うよ?そのうち……それこそ、もしかしたら今日にでも襲ってくるかもしれない」

「そんな……」

「……力の無い孤児一人でなんでもしようとするべきではなかった。せめて仲間を見つけて、守れるだけの力をつけなきゃいけなかった」

「……」


辛い現実を突きつけられ、俯いて動かなくなってしまった子供を見て、胸がチクリと痛んだ。


(――やはり教えるべきではなかったか?)


「……ったよ」

「ん?」

「……言ったんだよ、俺と一緒に抜け出そう、商売をやろうって、何人にも声をかけたんだ。でもみんな食えてるんだからいいだろうって、商売なんて俺たちには、俺にはお前には無理だって断られた、馬鹿にされたんだ!」

「ッ!?」


唸るように叫んで、顔を上げた子供の目には大粒の涙が浮かんでいた。


「どうしたらよかったって言うんだよ!誘ってもみんな今のままでいいって言うやつばっかりで!!俺しか抜け出したいって思ってるやつはいなくて!!それでも俺一人で始めたのが悪かったっていうのかよ!!」


堰を切ったように、子供は訴える。


(――なんて……僕は何を思い上がっていたんだ!!)


アルフは自分の浅はかさに歯噛みした。

これほど聡く考えられる子が仲間を募ることを考えていないわけが無かった。

それでも誰も仲間にならず、孤軍奮闘していたのだ。


「分かってたさ!大金を貯めることが危ないことくらい!それでも、やるしかないんだよ!!」


怒りのあまり周囲の目も気にならないのか、大声でわめき散らす孤児。

――目抜き通りに近い場所で、孤児がちゃんとした身なりの大人にわめき散らせばどうなるか?


「おい!!そこで何をしている!!?」

「ッ!」


当然、誰かが通報をして衛兵が駆けつける。

遠くから揃いの鎧と槍を装備した兵士が2人駆け寄ってくるのが見えた。


「まずっ…!」

「ここは僕に任せて、君は逃げるんだ!」

「えっ…?」

「ごめん、僕の勝手な思い込みで君を侮辱てしまった……せめて、ここは任せて。ほら、早く行って!」

「……礼は言わないぜ」


子供は建物の間の路地へと飛び込むと、あっという間に遠ざかっていった。

あの様子ならきっと大丈夫だろうと思いつつ、向かってくる衛兵にどう説明しようかと頭を回転させるのだった。

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