第3話 孤児


「旅の無事に乾杯!」

「乾杯!」


大陸中央東部の地方都市フォラスの酒場。


草原狼の襲撃を撃退後、積み荷と馬車の無事を確認したアルフ達は、その後無事にフォラスに到着した。

宿も問題なく取れたので、そのまま宿の食堂兼酒場で打ち上げをすることになった。


「しかし、今回はさすがにひやりとしたぜ」


エールを一気に半分飲み干してから、キースは口を開いた。


「まさか狼があんな待ち伏せをしてくるとは思わなかったんだ。本来であればそこまで予測して警戒しておくべきだった。危険な目に合わせてしまって本当に申し訳ない」


アルフは律儀にテーブルに手を付いて頭を下げた。


「よせよせ、積荷も俺たちも無事だったんだから気にするな。それに結果的に臨時収入も入ったわけだしな」


キースはそう笑いながら言うとエールを流し込む。


――襲撃後、キースはアルフとモーグが倒した狼の中で状態が良いものを目ざとく積み込んだのだ。


『狼の皮も売れるからな、襲われた分の迷惑料代わりにしよう』


と襲われた直後に言ってのけたキースを見て、アルフは転んでもタダでは起きない行商人としての図太さを見た気がした。


「僕はまだまだ護衛として未熟だな。モーグの耳と鼻を頼り過ぎてしまって、前方の警戒が疎かになってしまった」

「アルフ、お前のその真面目なところは美徳だがな、反省してるんだろ?ならそれを次に活かすだけさ」


そう笑い飛ばすキースの明るさと慰めがありがたかった。

たしかに気にし過ぎても仕方がない。アルフは頷いて話を変える。


「ところで、この街はどのくらい滞在する予定なんだい?」

「んー、この周辺の情報収集もしたいし、2~3日ってところかな」

「そうか、もし何か商談になりそうな話があったら付いていってもいいかい?」


アルフはつまみの腸詰を齧りつつ訊ねた。


「一応護衛って名目だから問題ないが、いいのか? 聞いてるだけじゃ暇だろ?」

「そんな事ないさ、最近少しだけキースの商談のや 意味がわかってきてね。勉強になるし、とても面白いんだ」

「ほう、まさか限定魔導士様が商人に転職でもお考えなんですかい?」


キースがエールのお代わりを頼みつつ茶化す。


「そうだね、魔導士は当然続けるけど、行商人としてもある程度知識を付けたいと思ってる」

「……本気かよ、魔導士なら護衛としてでも引く手数多だろ」


それまで楽しげだったキースは、急に真剣な顔になってアルフを見る。


「いつかキースも自分の店を持つだろ?僕は旅を続ける理由があるからね。そうなったら、そこでお別れになってしまう。

 君と別れたあと、君のように信頼できる仲間が見つかるとは限らないし、旅の魔導士よりも行商人と言ったほうが色々と情報収集も捗ると思ってるんだ。

……商人という仕事に誇りを持ってる君には不誠実に聞こえるかもしれないけど」


と、アルフは手の中でジョッキを弄びながら答えた。


「……いや、お前さんの事情も知ってるからな。たしかに流れの魔導士よりは行商人として動ける方が目立たないだろう。

水も護衛も要らんとなれば経費も抑えられるしな」

「ありがとう、そう言ってくれると助かる」

「いいさ、お前さんには護衛と“アレ”を教えて貰ってる恩がある。

協力できることならなんでもさせてくれよ」


そう言ってお互いに笑い合ったところに、お代わりのエールが届き二人は2度目の乾杯をした。




◇◇◇



翌日は、ひとまずこの先のルートの情報収集をするだけという事で、キースとアルフは別行動をすることになった。


「さて、朝飯でも食べに出ようか」

「ワフッ!」


アルフは宿の食事を断り、せっかくだからとモーグを連れて朝から街に出かけた。

目抜き通りには朝から多くの屋台が並び、客引きの声がひっきりなしに聞こえてくる。


「さぁさぁ、フォラス名物焼きたてフカフカの黒パンだよー!香ばしく焼いた鶏肉も挟めるよー!!」

「今朝ルーフィージで獲ってきたばかりの新鮮な鱒の塩焼きだ!!脂が乗って最高だから匂いだけでも嗅いでいっておくれ~!!」


この時間はどうやら肉体労働者向けに、すぐに食べられるような屋台が多いようだ。


「うーん、香ばしいいい匂いだな……どうしてこう、肉や魚を焼いてるだけなのにこんなに食欲をそそるんだろう?

モーグ、朝ごはんはここで食べるってことでいいかな?」

「ワフッ!」


尻尾をブンブン振り回し、元気に返事をするモーグ。


「ふふ、お前ももう待ちきれないって感じだな。僕もだよ」


一度、ざっと歩いて通り沿いの屋台を見た後、最終的に焼きたての黒パンと、こんがりと焼かれた鱒の塩焼きを買って挟んでもらい、モーグ用には塩抜きの鳥肉を焼いたものを買った。

色々悩んだが一番最初に目に入ったものの印象が強く残ったのだ。

他に気になったのも明日にでもまた食べにくればいい。



アルフは良く洗って乾かした、大きなハースの葉に包まれたパンと鶏肉を抱えながら、街の中心にある広場に行くと、良さげな高さの手すりの縁に腰をかけて買ったばかりのパンに齧りついた。


「んっ!思った通り、この黒パンと鱒の塩焼きの組み合わせは正解だな!」


口内に広がる焼きたての黒パンの風味と、こんがり焼けた鱒の香ばしさと塩気が広がり、とてもいい塩梅になっている。

普通、黒パンと言えば日持ちさせるために水分少なめで焼き固めることが多いので、ボソボソとした食感でふやかすスープでもないと食えたものではない。

ところがこの黒パンは、焼きたてだということを差っ引いても通常の黒パンに比べてとてもやわらかく食べやすい。

店主いわく、パンはその日のうちに売り切れるので日持ちを考えずに水分を多目にして、さらに膨らし粉を少々加えてふんわりと仕上がるように焼いて食べやすさを重視しているのだそうだ。

おかげで黒パンの割に旨いと評判が良くなり、毎日買ってくれる固定客がたくさん付いて、今ではあの一等地で売れるほどになったのだとか。


「日持ちさせない代わりに味を良くしてたくさん売れるようにするってのは、面白い発想の転換だな……商売ってのは奥が深い」

「ワンワン!」

「おっとすまん、モーグの分もあるぞ」


アルフはモーグの分の鳥肉を包みから出してモーグの前に置いてやると、勢いよく食べ始めた。


「そっちも旨いか?モーグ」

「ガフッガフッ!」

「……夢中だな」


どうやら主人アルフの声も聞こえないくらいには旨いらしい。

その様子から邪魔をしては悪いと思い、アルフも残ったパンを平らげることにした。



◇◇◇



「っふー、食った食った」


綺麗に食べ終わったアルフとモーグは、思いのほか旨かった屋台飯の余韻を楽しみつつ、この後どうしようかと考えていると……


「ねぇ、その葉っぱ……もういらないなら頂戴?」

「ん?」


と、不意に横から声を掛けられた。

そちらを見るとボロい服の割に妙に小綺麗に洗濯された子供が立っていた。

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