第2話 草原の狼
馬車が急発進し全力で道を走る。
だが商品を積んでいるため、狼の群れのほうがはるかに速く、追い付かれるのは時間の問題である。
もし、なんの備えもなければそのまま狼の餌食だ。
だが、この馬車には護衛として限定魔導士のアルフが乗っていた。
「さて、と。モーグ、ちょっとかく乱してきてくれ」
「ワンッ!」
『<開放>』
馬車には乗らず、並走していた犬のモーグにアルフは一つの魔法をかけ――否、開放した。
その瞬間、モーグの体は一気に数倍の大きさに膨れ上がった。
<開放> ― 使い魔契約している動物に、日頃から分け与え蓄えている魔力を消費させることで、身体機能などを一時的に強化・増幅する魔法である。
「グォォォォォ!!!」
モーグは魔力を含んだ雄たけびを上げながら踵を返すと、後ろから迫ってくる先頭の狼に全力で突っ込んだ。
「ギャインッ」
魔法で強化され巨大化した体のぶちかましをくらい、相対速度と相まって肉が潰れる音と共に断末魔の悲鳴を上げて先頭の狼が吹き飛んだ。
そして突然目の前に出現した巨大な魔犬に動揺して、草原狼の群れの足並みが大きく乱れた。
「よし、いいぞ。そのままひっかきまわせ!」
先頭の狼を皮切りに、近くの狼を文字通り蹴散らしていくモーグ。
目にも留まらぬ速度で飛び掛り、噛み付いてそのまま乱暴に振り回し天高く放り投げる。
錐揉みしながらそのまま頭からぐしゃりと落ちる狼を横目に、近くの狼に突進してさらに吹き飛ばす。
馬並みにまで巨大化して強化されたモーグの暴れっぷりに、すでにほとんどの狼は逃げ腰になっている。
(群れのリーダーはどこだ?これだけ怯えさせられてるなら、あとはリーダーを撃退すればみんな引くはずだが……)
アルフは揺れる荷台の中から、モーグの獅子奮迅ぶりを確認すると冷静に状況を俯瞰しながら敵のリーダーを探す。
しかし、群れの中にそれらしい個体が見つからず不思議に思っていると、前からキースの悲鳴が聞こえた。
「アルフ!前だ!前からも来やがった!」
「なんだと!?」
なんと、進行方向右手の小高い丘から数匹の狼が飛び出してきた。
後ろの大きな群れを追い込みに使った完璧な奇襲である。
(馬鹿な、あれだけの数を陽動に使うだと!?)
悲鳴を聞きつけ即座に御者台に戻るが、アルフが顔を出した時には、すでに2匹の狼が馬に飛び掛かる寸前だった。
(やばい!)
『<突風>!』
咄嗟に突風を生む魔法を放ち、狼を吹き飛ばそうとする。
だが、咄嗟のことであまり魔力が練られていなかったため十分な風を生めず、狼を吹き飛ばすまでには至らなかった。
それでも馬に跳びかからんとした狼の体勢を空中で崩すことには成功した。
馬の首元に喰らい付こうと跳び掛かった瞬間に風に煽られた狼は、馬体に爪を立てつつもバランスを崩して地面へと転げ落ち、そのまま馬車の車輪に巻き込まれて鈍い音を立てて潰れた。
「ヒヒヒヒィィィィィン!!!!」
だが、目の前から迫った狼と爪の傷により恐慌状態に陥った馬は暴れ出して道から外れてしまう。
道から外れた衝撃でアルフとキースは一瞬体が浮いて振り落とされそうになる。
そこでアルフは咄嗟に<強化>を発動し、強化された片手で荷台を掴み、もう片方の手でキースの首根っこをガッチリ抑え、なんとか振り落とされるのを防いだ。
「うわあああああああ!!」
「落ち着いて!僕が囮になるから、馬車の方はなんとか持ち直してくれ!!」
そう叫び、転げおちかけたキースを御者台に引き戻すとアルフは<強化>を発動させたまま、馬車から飛び降りた。
二転三転しながらも<強化>による耐久力任せに無理やり勢いを殺して体を起こし、奇襲を仕掛けてきた狼を探す。
自分を無視して馬車を追う3匹と、自分のほうへ向かってくる3匹が見えた。
(させない!)
『<火矢>!!』
自分に向かってくる3匹は一旦無視し、とにかく足止めのために馬車を追う3匹に炎の矢を3本ずつ放つ。
高速で飛ぶ炎の矢だが、無理な体制で咄嗟に放ったため、狙いが少し逸れた。
3匹中2匹には1本ずつ命中し、残り1匹には至近に着弾して爆風で吹き飛ばした。
直撃しなかったことに歯噛みしつつも、吹き飛ばしたことで時間は稼げたと判断、アルフへと向かってくる3匹へと意識を戻す。
もう目の前5歩の距離まで迫ってきていたが、慌てずに魔力を練る。
10年以上毎日欠かさず練り続けた魔力は、もはや意識するだけで臨む通りに形を変える。
(吹き飛べ!)
『<突風>!』
さっきは練る間もなく咄嗟に放った<突風>を、今度は一呼吸練ってから放った。
突如現れた風の壁が3匹に直撃し、衝撃によって大きく吹き飛ばされる。
続けて維持していた<強化>に、さらに魔力をくべると一気に飛び出した。
地面に叩きつけられ、衝撃でほとんど動けずにもがく1番手近だった狼の首に全力で蹴りを放つ。
ごきん、と鈍い音がして吹き飛ぶのを横目に方向転換。
同じようにもがいている別の狼に駆け寄り、後ろ脚を掴む。
そのまま狼を棍棒のように振りかぶって跳びあがると、残った狼へそのまま全力で叩きつけた。
ドチャンッ
<強化>された全力の膂力で叩きつけられた狼は、どちらも大量の血を噴出し、痙攣したのち動かなくなった。
アルフはそのまま<強化>された視力で、ぐるっと周囲を見回す。
―― <火矢>が直撃した二匹……はほとんど爆散、焦げたひき肉と化している。
―― 至近弾を喰らい吹き飛んだ一匹……も撒き散った<火矢>の炎が毛皮に引火したようで、悲鳴を上げながら転げまわっている。ひとまずあちらも無力化完了。
―― 馬車……かなり遠くのほうまで行ってしまったが、遠目で見るとなんとか落ち着いたようだ。ざっと見た感じ他の狼の待ち伏せも無い。
―― モーグ……無双状態で30匹以上はいたはずの狼の群れを半数ほど駆逐し、残りも一匹で追い散らしている。
――どうやら脅威は排除できたかと思い止めていた息を吐こうとした瞬間、さきほど奇襲を仕掛けられた丘から一匹の狼が現れた。
他の狼より遠目に見ても二回りは大きく見えることから、その個体がおそらくリーダーなのだろう。
馬車との間に自分が立っているため、追えなかったのか?
「くるか……?
その気なら、こっちもとことんやるぞ……?」
アルフは体内の魔力を練りつつ、いつでも魔法を放てるように身構える。
リーダーと思しき狼はそんな臨戦態勢のアルフを暫くじっと見た後、諦めたように長い遠吠えを上げた。
するとモーグが追い散らした狼の群れが、一斉に近くの森へ向かって逃げ出し始め、リーダーと思しき狼も踵を返して丘から姿を消した。
モーグは特に追うこともなく、同じように遠吠えを上げてから、ゆっくりと尻尾を振りつつアルフの元へと駆け寄ってくる。
「……なんとかしのげたか」
「ワウッ」
大きくなったモーグの首元をワシャワシャと撫で回してから<強化>と<開放>を解除した。
魔法が解けたモーグはするすると元の大きさへと戻る。
「モーグ、よくやってくれた。ケガはないか?」
「ワフッ!」
アルフはモーグの頭をわしゃわしゃと撫でまわしながら、念のためモーグの体を目視で確認する。
「まぁどちらかというと、こっちのほうが奇襲されてヒヤリとしたんだけどな……」
まさか陽動まで使ってくる頭のいいリーダーがいるとは思わなかった。
一般に『戦場で限定魔導士は30人以上の兵士に相当する』などとと言われているが、魔法を使っていない状態で不意を突かれれば限定魔導士でも簡単に死ぬ。
だからこそ魔導士は常に油断せず、冷静に周りを見なければならない。
ましては護衛は自分とモーグしかいないのだ。
「分かっていても、こればかりは経験が足らない…か」
頭を掻きながら溜息をつく。
とはいえ生き残れたのだ、次は同じ轍を踏まないようにできるはずだ。
ひとまずそう結論付け頭を切り替えると、キースの馬車へと小走りで戻っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます