子連れの魔導士 ~魔法の才能?無くても魔導士になれますが?~

たかお

第1話 魔法トレーニング

雲一つない晴れた空、山と山の合間の草原に1本の道が伸びている。

道といっても舗装はされておらず、轍(わだち)はあるが左右の草が伸びて見え難く、あまり人が通らない道であることを物語っていた。


そんな道を幌付きの荷馬車が一台、ゴトゴトと音を立てて進む。

御者台には青年が二人、一人は手綱を握りときおり鼻歌交じりに馬を操り、もう一人は左右の平原を見渡し警戒している風に見える。


「天気も良く、盗賊も魔物も出ない。道は草に埋もれかけだが……思ったよりも平和だねぇ」


ふと、鼻歌を歌っていた青年が呟いた。


「そうだね。モーグも大人しいし、今のところは大丈夫そうだ」


モーグ、という言葉に反応して、御者台の後ろのから一匹の犬が顔を出し、返事をするようにワンと鳴いた。


「モーグ、一応僕も周囲を見ているけど、最後はお前の耳と鼻が頼りだ」


周囲を警戒していた青年 -アルフ- は、今度は後ろを向いてモーグと呼ばれた犬の首元をわしゃわしゃと撫でまわす。

モーグは嬉しそうにクンクンと鳴いて、頭をこすり付けてくる。

それを優し気に見ながら、手綱を握った青年 -キース- が口を開く。


「アルフ、こんな辺鄙な場所は早めに抜けたほうがいいかとも思うが、一度馬を休ませたい」

「朝も言ったけど、ここら辺は街道から外れてるから長居は禁物だよ?」

「それはわかってるがな……見ての通り、いいかげん休ませないと限界だ。無理させてこれ以上疲れてるときに魔物に襲われたら、逃げることもできなくなるぞ?」

「うーん……」


アルフは悩んだ。

馬車を引く馬は、馬力があって賢くとても丈夫な馬だ。

だがいくら丈夫とはいえ、朝からほとんど動きっぱなしだったので見るからに息が上がってきており、たしかにそろそろ休ませる必要がある。


「……仕方ない、ちょうどこの先の丘に大きな木が1本生えているし、そこの下で一休みしてはどうかな?」

「ああ、そうさせてくれ」

(……さて、何も起こらないといいけど)


アルフは心の中で呟きつつ、改めて周囲を見渡したのだった。


◇◇◇


そうして目的の木まで着くと馬車を木陰に停めた。

幸い、木の周りは草の生育が悪いようで草の長さが短めで、馬車を止めるのにはうってつけの場所だった。

キースは荷台から空の桶を出すと馬の前に置いた。


「アルフ、すまんが頼む」

「ああ」


『<水球>』


アルフが一言魔法の言葉を発すると桶の上にちょうど桶が満ちる程度の大きさの水の玉が出現し、桶の中に柔らかく落ちた。

馬は一声嘶くいななくと、勢いよく水を飲み始める。


「やはり上手いな、アルフの<水球>は」


キースが感心したように呟く。


「俺がやるとその半分も出ないし、この距離でも形がまとまらずにうまく桶の中に入らないこともあるんだがなぁ」

「キースはやっと<水球>が使えるようになったばかりだろ、僕はもう10年以上は研鑽を積んできたんだ。その差は仕方ないさ」


アルフは苦笑しながらキースに言う。


「ま、そもそもただの行商人が<水球>なんて魔法を使えるようになっただけでも十分にありがたいんだけどな」


行商というのは街々を回り商品を売買しその利ザヤを稼ぐ商売だ。

当然その移動には何日もかかる場合もある。

途中に川や集落があれば水の補給もできるのだが、そう都合よく水場があるわけでは無い。

また、馬車を引く馬は水を大量に摂るため、常に重い水樽を積んで運ぶ必要があるわけだが、仮にそのスペースが無ければ他の商品を積むことができる。

<水球>の魔法を使える行商人は、それだけで使えない者に比べると稼ぎが違ってくるのだ。


とはいえ、本来最も簡単で初歩的な魔法の一つと言われる<水球>でも、行商人で使える者など存在しない。

<水球>といえど何か魔法が使えるなら、普通は魔導士として引く手数多だからだ。


――キースも本来であれば<水球>など、使えるわけがなかったはずだった。


「毎日ちゃんとあの魔法で練習すれば、キースにもこれくらいはそのうちできるようになるさ」

「へいへい、んじゃせっかくだし、休憩がてら少し練習するかね。アルフ “先生”、見ててくれよ」


そういうとキースは木陰にあぐらをかいて座り、右手の人差し指だけ上に向けてじっと見つめはじめた。

アルフはそれを眺めながらキースの魔力の動きを観察する。

キースの体内から魔力が練られて指先へと集まるのが観えた。


「だいぶ魔力の練りが早くなってきたね」

「へへ、そりゃ毎日暇さえあれば練習してるからな」


キースはそう言いながらも、魔力を練りあげて指先に集め、そして魔法を発動させた。


『<点>』


一瞬、キースの人差し指が光って消える。

キースは真剣な表情で、そのまま続けて魔法を唱える。


『<点><点><点><点><点><点>・・・』


唱える度に一瞬光っては消える指先。


ただ一瞬指先が光るだけの、何にも役に立たない魔法<点>。


それを一定のリズムでひたすら連続して唱え続けるキース。



『<点><点>・・・あ』



やがて、何十回と点滅を繰り返した指先がついに光らなくなった。


「ふぅ、こんなもんか・・・」

「今回は62回だったね」

「お、とうとう60回を超えたか!!」

「うん、まじめに毎日練習している成果だね」

「へへ、先生の教え方が上手いんだよ」


キースは額に浮いた汗をぐいっとぬぐうと、後ろにぐーっと伸びながら倒れ、そのまま大の字になった。

そこに涼しげな風が通り過ぎる。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。“限定魔導士” で申し訳ないけどね」

「“限定魔導士” と言っても、普通ならそこそこの町でも1人か2人いるかどうかだろ。それだけでも“売り”としては十分すぎる価値さ」


情報が命である商人のキースは、あまり一般的には知られていない魔導士の称号についても詳しい。


「それにお前さんの場合、限定魔導士どころか、どんな大魔導士だって知らないだろう“技術”を持っている。

俺からすればそんな奴と一緒に旅をしながら、その技術をほとんどロハで教えてもらえるんだから白金貨何百枚にだって換えられない価値があると思ってるよ」


そんなお前に出会えてやっぱり俺は『幸運のキース』だ、と笑った。




――そう、行商人であるキースは魔法を使えないはずだった。


本来、魔法とは才能の世界だ。


人並外れた、それこそ1000人に1人の才能を持ってさえ「魔導士としては最低限」の "限定魔導士" にしかなれない世界なのだ。

だが、アルフはその「才能」だったものを一部とはいえ「再現可能な」「努力によって磨ける」“技術”として本来才能がないとされてきた他者に教えられる術を持っていた。

これがどれだけ常識外れなことか、その“技術”がどれだけの価値を持つかキースはよく知っていた。

だからこそ、キースはアルフと出会えた幸運を噛み締めていた。


「このまま毎日練習を続けていけば、<水球>以外の魔法もいくつか使えるようになるよ」

「それなら俺は<強化>の魔法が使いたいな。荷物の上げ下げが楽になる」

「あの魔法は一瞬使うだけならそんなに難しくないけど、荷物の上げ下げとなると薄く長く持続して使うことになるから、かなり練習が必要になるな」


アルフはそう言いながら自分に<強化>を掛けて、その場で身長をはるかに超える高さまで跳び上がると、太い枝にふわりと飛び乗った。


「それは一瞬使うほうか?」

「ああ、これは一瞬だけ強く発動させる使い方だね。これを効果的に使えればそこらの魔物くらいは素手で倒せるよ」

「それもすごいな、ワクワクしてくる」

「これも比較的簡単とは言ったけど、力の加減を少しでも間違えると頭から木の枝の中に突っ込んだりしてしまうし、着地に失敗すると大怪我をしたりもするし、慣れてもとても危険なんだ」

「なるほどなー、便利だけどその分練習が必要ってことか」

「まぁ、どんな技術だって身につけるには時間がかかるものさ」


そう言いながらもキースの顔は楽しみで仕方ないという顔をしている。

本来使えなかったはずの魔法を使えるようになったのだから、仕方ないところだろう。

アルフは苦笑しながら木から飛び降りようとした瞬間、


「ワンワンッ!!」


モーグが突然幌から飛び出し、一方向を見て吠え始めた。


アルフはすぐさま意識を切り替え、その方向を木の上から見る。

遠くから、長い草を掻き分けていくつもの影がこちらに向かって接近してくるのが見えた。


「キース!敵だ!!おそらく "草原狼" の群れだ」

「ちっ、せっかくいい気分だったのに!距離は!?」

「まだ600歩はある!だが多いし速い!数はたぶん……30以上!足止めをするから急いで出してくれ!」

「30!?わかった!!」


キースは数の多さに驚き、跳び起きると桶の水を捨てて幌の中に放り込み、御者台に飛び乗る。

アルフも木からふわりと飛び降りると、驚くほどの身軽さで御者台に飛び乗る。


「休んでいたのにすまんが逃げるぞ!!」


馬も空気を読んで一声嘶くいななくと、一気に急発進した。

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