17.「だったらいっそくっつけてしまえ!」

 それ以来、牧野という名の少年は、良く彼等と行動を共にする様になっていた。

 聞いてみると、有名私立高校の一年らしい。田舎から上京して一人暮らしなのだという。

 ナナはライヴの時ごとに彼を「捕獲」する役目を負っていた。何しろ「トモミが関心を持った」というだけでこの少年は希少な存在なのだ。歳は結構離れているが、トモミの社会的精神年齢はこの少年とそう変わらないだろう。いや下手するとこの少年より下かもしれない。


「だったらいっそくっつけてしまえ!」


 これがベルファのメンバーとナナの現在の共通見解だった。もっとも、彼等の大切なベーシストが哀しむのは困るので、メンバーはナナに、捕獲ついでに牧野という少年を見定めて欲しい、と言っていた。

 彼等は、倉瀬を失った彼女に、「保護者」ではないパートナーを誰か、見付けたい、とずっと思っていた。彼女はあまりに一人だった。彼等の感覚では、それは不幸だった。彼等は彼女に幸せになって欲しかった。

 だが当の彼女が、その類の話にまるで関心が無いのだ。当初は倉瀬を忘れられないからだろう、と皆思った。だが違った。彼女は「誰にも関心が無い」のだ。


 一年位経った頃、こりゃ本気でまずいんじゃないか、と彼等は思い出した。

 二年目は、メンバーのそれぞれが、彼女に合いそうな友人や知り合いを紹介してみた。だが無駄だった。

 そして三年目、彼等もさすがに、当人が自分から動き出す相手が居たら力一杯応援してやろう、という姿勢に変化せざるを得なかったのだ。


 この日も牧野はヘルファを見に来ていた。彼等から直接チケットをもらってのライヴは、もう四回目になる。いいのかなあ、と今でも言う彼に、ナナは好感を持っていた。こちらの示す好意というものに甘えていない。

 彼等はこの日のトリなので、彼はそれまでカウンタで、ナナの仕事の邪魔をしない程度に話をしていた。メンバーの経歴、現在の仕事……広がる話に、少年は目を輝かせる。素直な子だなあ、とナナは胸が暖まるのを感じる。

 五月も、半ばを過ぎた頃だった。


「うわ、今日ここ休みかよ!」


 能勢は行き着けの店の前で、持ち前の大声を発揮した。ナナも腕を組み、顔を渋くしかめた。彼等がライヴ後に行く食事の場所はかなり限定されているのだ。


 一つ。安いところ。

 一つ。美味いところ。


 これはまあ、貧乏が当然のバンドマンには必須の条件と言えただろう。しかし彼等の場合、この条件にもう一項加わる。


 一つ。騒がしい店は困る。


 これはなかなか難しい条件だった。

 だがこの最後の項目を満たせないと、彼等は「楽しい夕食」を摂れない。何しろ、騒がしい店ではトモミが困る。周囲の声と自分達の会話の聞き分けができなくなり、ひどい時には人の話と自分の考えが混乱して収拾がつかなくなるのだという。従って彼等には、この第三の条件こそが必須のものだった。

 上記の二項目を満たす所は、幾らでも「ACID-JAM」から遠くない所にある。

 だが最後の一項目まで満たすところは滅多に無い。まず客のプライバシイを守ろうとする程のところは安くは無いのだ。

 しかしそれでも、三項目全てを満たす所が一軒だけあった。その店を見付けた時、トモミをのぞく皆は感涙した程だった。

 彼等はそこを「いつもの場所」として、この三年間愛用し、店の方も、彼等を常連と認めていた。扉はいつもライヴ後の疲れた彼等を暖かく迎えてくれるはずだった。

 だがこの日の扉は素っ気なかった。


「都合により臨時休業と致します」


 街灯に、紙の白さが目に痛い。


「……仕方ない、今日は向こうに行くか」


 リーダーは冷静に、第二希望の店の名を出した。

 ところが、それがトモミと牧野の一つの転機となったことに、この時誰も気付いていなかった。



「やばいみんな、もうこんな時間だ!」


 トイレに立っていた能勢は、ポケットから出した時計を指しながら、声を張り上げた。


「げ、もう十二時近いじゃない!」


 ナナまでもが思わず叫んでいた。


「……いつもの店じゃないせいだ……」


 うらめしそうな声で、伊沢はつぶやいた。「いつもの店」は十一時閉店。彼等は「閉店を告げられるまでは居座る!」をポリシーとしていた。だが現在彼等が居る店は、ラストオーダー一時半、閉店二時だったのだ。


「終電…… 行っちゃったな」


 奈崎は牧野の方を見て言った。こくん、と少年もうなづいた。


「そう言えば、さっきからマキノお前、ずいぶん眠そうだったもんなー」

「……眠くなんかないよっ」


 嘘付け~、と能勢は少年の頬を引っ張る。いててて、と牧野はすかさずやり返した。


「じゃあ誰かのとこ、泊めるしかないなあ」

「じゃ、ワタシのところへ来る?」


 はっ、とそこに居た皆が、その声の主の方を向いた。


「「「「「トモちゃん?」」」」」

「ここからなら、ワタシの部屋が近いし」

「え、だけど……」


 牧野は戸惑う。幾ら何だって、トモさんは女性じゃないか。彼は慌てて、男達の方へと視線を巡らす。ところが助けを求めたはずの男達は口を開くなり、こう言った。


「……いいんじゃないの?」

「そうだよな。確か、マキノの高校も、俺達んとこよりは、トモちゃんのとこの方が近いし。それに俺は今日はナナさん泊めるし」

「……あんたねえ!」


 しかし確かにナナの部屋の方面の列車も終わる頃だった。


「俺なんか実家だし」


と伊沢。


「僕は今日ちょっと風邪気味で……」


 奈崎はややわざとらしく額を押さえてみせる。ナナはそれを見てぱん、と手を叩いた。


「じゃ決まり。トモちゃん、ちゃんとこの子、明日学校へ送りだしてやってね」

「はい」


 トモミはその場で別れを告げるメンバー達に手を振った。そして唖然としている牧野に向かって手を差し出した。


「じゃ、行こう」


 はあ、と手を取ることしか、十六歳の少年にはできなかった。

 そして彼等を見送るメンバーは、何事か起こります様に、と天に祈ったのであった。


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