第7話 おとなり

私はとぼとぼと家に向かって歩いていた。


周りからは元気そうに見えていたと思うけれど。


帰り道の途中にある、スーパーの前に差し掛かったとき、チリン、と自転車のベルの音が後ろから聞こえた。


「あら明日香ちゃん、今帰り?」


聞き慣れた声に振り向くと、彰のお母さんだった。


前カゴにはマイバッグ、後ろにはティッシュの箱がゴム紐で括りつけられていた。  


おばさんは、重そうな荷物を運びながらも笑顔を向けてくれた。


「あ、ありがとうございます。」


と言って、私は軽く頭を下げた。


「いいのよそんな丁寧に…明日香ちゃんはいい子ねぇ。」


彰のお母さんはいつも私を褒めてくれた。昔からずっと。


「早い時間にも帰って来れるのねぇ。」


とおばさんは言った。私は、


「はい、休みの多い部活に入ったので…彰くんは今日も練習ですか?」


と聞いた。


「そうなのよ…平日も土日もずっと部活。弁当も洗濯も大変だわ。」


おばさんはやれやれ、という顔をした。

 

そして、また笑顔に変わって、


「またご飯食べにいらっしゃい明日香ちゃん。この間はお母さんにお世話になったし。」


と言った。


「ありがとうございます。」


と私は笑顔で答えた。


ちょっと足が軽くなった気がした。


「あ、そうそう!うちのお姉ちゃんが1人暮らしすることになったから、部屋が空いたのよ。久しぶりに泊まりに来てもいいのよって、明弘くんにも伝えておいてちょうだい。」


どこまで親切なんだろうこの人は、と私は思った。


「ありがとうございます。伝えておきます。」


と私が返すと、それじゃあね、と言って重たそうな自転車を漕いで行った。


私はまた歩き出した。


と同時に、美樹ちゃんとした話が、頭の中で膨らんでいった。


好きな人、か。


そういえば、前に美樹ちゃん意外の友達にも、同じようなことを言われたことがあった。


「気になる人がいるなら、すぐいかないと取られちゃうよ?」


とか、そんな話だった気がした。


その話をしていたときは、なんとなく聞き逃したはずだったのに、美樹ちゃんの話で思い出してしまった。


彼氏いると楽しいよ。


取られちゃうよ。


2つの言葉が、頭の中をぐるぐると駆け巡った。


いや、気になってるかもしれないけど、好きだって決まったわけじゃないし。


行動に移すのは…まだ早い気がした。


でも。


松本くんはどう?って聞かれたとき、なんだかなにかがこみ上げて、息が詰まったような感じがした。


今すぐ彼氏が欲しいわけじゃない。


でも、一緒にいたいと思えるのは、彰しかいない気がした。


気が付いたときには、私は走り出していた。


彰の家の前に着くと、おばさんが自転車を停めているところだった。


「あっ、あのっ!」


おばさんはぎょっとして振り返った。


さっきのんびりと談笑したはずの私が、今にも倒れそうなくらい呼吸を乱し、肩で息をしていたからだろう。


「あっ、明日香ちゃんどうしたの!」


おばさんは慌てて自転車を停めて、私の元に駆け寄った。


「今日って、その…」


「うん?」


「泊まるのって、今日でも、いいですか?」


違う違う違う!!


来週ご飯食べに行きたいって、言うつもりだったのに。


急ぎすぎてちょっと理性が飛んでいたのかもしれなかった。


おばさんは当然驚いた様子だった。


けれど、必死になっていた私を前にして断れなかったのか、ちょっと目を泳がせながらも、


「だ、大丈夫よ、ちょっと散らかってるけど…」


とすぐに言ってくれた。


「ありがとうございます!お手伝いしますので!」


と言って私は頭を下げ自分の家に帰った。


玄関に入って、すぐに私はへたりこんだ。


あああぁ…


何やってんだろ、私。


冷静さを失うなんて、らしくもない。


というか、おばさんの話し方からして泊まりに来ていいのって明弘じゃない?!


いやまず当日に泊めてくれって非常識すぎるでしょ。


お父さんお母さんが出張から帰ってきて、この件を知ったら怒られるかなぁ、と私は思った。


LINEの通知音が鳴った。


おばさんからだった。


私は鞄を開け、スマホを取り出した。


「明日香ちゃん、彰の部屋でもいいならすぐに来て大丈夫よ。」


…?


彰の部屋?


えええやばくない?やばいやばいやばくない??


高校生男女ですよおばさん。


既読を付けたまま返信を返せなかった。


私はその辺にあったくまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、くまの頭をぽふぽふ叩いた。


もう一度通知音が鳴った。


「嫌だったら他の部屋片付けるから大丈夫よ。あと、彰が変なことしてきたらおばちゃんが締めとくから!😅」


ああ申し訳ない。


「いえいえ全然大丈夫ですありがたすぎます!彰くんが何かしたら私がなんとかしますし!」


と返信した。


だけど、何かしそうなのは彰じゃなくて私の方かも知れない。


ちょっと顔が熱くなった。


けど、決まったからにはこのチャンスを活かすしかないと私は思った。


いつも学校でしか使わない参考書と、修学旅行用の可愛いパジャマをトートバックに入れた。


玄関を出て、隣の家に向かう。


生温かい風が頬を撫でた。























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