第5話 窓
「学級委員いるー?」
担任の須藤先生は教室のドアを開けて、私の姿を探した。
須藤先生は、20代くらいの色白美人な先生で、男子からも女子からも大人気だ。
男子しかいないE組ではファンクラブもあるとかないとか。
「あっ、いたいた!原田さん、戸締りお願いねー」
私は先生から教室の鍵を手渡された。
さて、と。
5限の体育までに、着替えて、女子全員が教室を出たか確認して、職員室に鍵を返さなくてはならない。
(鍵閉めは体育係の仕事なんじゃないかな?)
と思いながらも、頼まれたら断れないのが私の性分。戸締りも学級委員の仕事になっていた。
私は中学生のときから、毎年毎年学級委員をやってきた。
やってきた、というよりやらされた、が正しいのかもしれない。
中学のときは投票制だったので、いつの間にか学級委員になっていた。
今年は立候補制だった。
男子の学級委員はすぐに決まったものの、女子は決まらず、ホームルームが長引いてしまっていた。
そのとき、私と同じ中学校から来た女子、流華ちゃんに、みんなに聞こえるように、
「明日香ちゃん、やんないの?」
と投げられてしまった。
うーん…
決して悪い人ではないのだけれど…ちょっと察しが悪いところがあるのが流華ちゃんらしいというか。
私は吹奏楽部&学級委員という忙しい中学生生活を送ってしまったので、高校は勉強に集中したいと思っていた。
しかしその一言を先生が聞き逃すはずがなかった。
須藤先生は私の机に来て、
「そんなにやることないし!ね!大丈夫だよ!立候補してみない?」
と、謎の励ましと熱烈な勧誘をぶつけた。
私は、クラスメイトたちが早くホームルームを終えて帰りたがっているのを、背中でひしひしと感じ取っていた。
決まりが悪くなって、私はスッと手を上げた。
で、また学級委員になった。
とはいえ、面倒を見たり、まとめたりするのはそんな苦にならなかった。
幼い頃から、彰や弟の明弘の面倒を見てきたからかもしれなかった。
彰。
彰と私は3歳のときから隣同士。
幼稚園、小学校、中学校とずっと一緒に通ってきた。
プリントをしょっちゅう失くして、コピーさせてくれって頼まれたり。
終了式の日にリコーダーを持ち帰り忘れて、私が持ち帰ったり。
…助けた思い出の方が多い気がする。
でも、部活がない日でもランニングを欠かさないことも、試合に負けて泣いていたことも、私は全部見てきたし、覚えていた。
昔は丸顔だったのに、だんだんと背が伸びて、しゅっとして。
いつの間にか私が知らない友達が増えていって。
ずっと一緒にいたのに、だんだんと、彰が考えていることがわからなくなっていった。
寂しくないなんて言ったら、嘘になる。
雨戸を閉めようとして窓を開けたとき、走っていた彰が見えて。
クラスの男子より、ちょっとかっこいいな、って思ったり。
なんてね。
でも、褒めたらすぐ調子乗りそうだし、黙っておこうっと。
色々と考えながら体操着に着替えているうちに、私と1人を除いて皆が教室から出て行っていた。
髪を軽く櫛でとかし、腕を高く上げて、黒ゴムで少しきつめにまとめた。
「明日香ちゃん、行こー」
クラスでわりと仲のいい、美樹ちゃん。
待ってくれていたようだった。申し訳ないな、と思った。
「美樹ちゃんありがとう、行く行くー」
教室全体を見渡し、前と後ろのドアの鍵を閉めた。
職員室に鍵を返して、私たちは小走りで校庭に向かった。
しばらくすると、体育の先生がやってきた。
白いTシャツ上下共に赤いジャージを着た、30
代くらいの男の先生。常に元気で。いかにも体育教師らしかった。
「今日は野球をやるぞー!」
野球、楽しそう。ピッチャーやりたいな。
「女子は18人だから、ちょうどいいな!9人ずつに分かれてくれ。」
私は、仲良し同士がグループを組む様子を眺めていた。
ある程度固まってから人が足りない方に自分が入ろうかな、とか、1人になった子がいたらどうしようかな、とか考えていた。
あたたかい風が吹いた。
校舎の方から声が聞こえた。
2階の窓から、角刈りの男の子たちが楽しそうにこちらを見ていた。髪が長めの人も1人いた。
野球やってるから見たいのかな、と私は思った。
どこのクラスだろう。
2階は1年生だから…
あ、
彰のクラスだ。
彰は多分見ていないだろうな、と思いながらも、ちょっと見続けてしまった。
「…ちゃん、明日香ちゃん?」
美樹ちゃんが、心配そうな顔で私の顔をまじまじと見つめた。
「明日香ちゃんがぼーっとしてるの、初めて見たよー」
と言って美樹ちゃんは笑った。
私は慌ててクラスメイトを見た。
みんな綺麗に9人と、私を含めて9人とに分かれていた。
グループ作りで揉めるだろうか、なんて心配は杞憂だったかなと思った。
焦っていたからなのか、心臓がバクバクしていた。
まだ少し、砂埃が舞っていた。
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