第39話

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは……。

 黄金のゲートを目を閉じ抜けた俺が、次に目を開けたときにはそこには神秘的な廃墟が広がっていた。

 それは、ありていに言えば遺跡とも呼べる。

 白石のいくつもある建物は崩れ、殆どがその原型をとどめておらず見渡せば、町の終わりまでがラケて見える程だ。けれど、それでいて、それらすべてはまるで標本を模るように美しく整備されているかのように見えた。

 無論そんなことはない、建物は崩れ瓦礫は散乱し、地には爆撃でも受けたような傷跡。

 それらは静けさと共に、見知らぬ星座の星が浮かぶ夜空の中にスポットライトを浴びるように俺たちを主役として立たせていた。

 

 その崩壊した古代の遺跡に立った後、ゲートは自然とうねりを弱め四散して、そんなことも気にも留めずサラは静かに目的地がどこか知っている様子で歩いていく。

 

 

「サラ、ここはどこなんだ?」

「わかんない」


 見知らぬ場所に俺が問いかけると、そうとだけ返して、けれども「こっち」と馴染んだ足取りで歩きやすいとは言えない、破壊された芝を進む。

 

 そうして、しばらく歩くとそこには、

 

「バラ?」


 そこだけ吹き抜けていた。

 街の中心だろうそこは、円型に広がりそこを埋め尽くすようにして、崩れた石の足場から向き出した土からいくたもの色の薔薇が咲き誇っていた。

 形やその形跡から見れば、元は広間には円状の花壇があったのだろう、それが崩れそれでも生き残った薔薇が至るとこに根を生やしたと見える。

 けれど、そんな幻想的な風景よりも俺が目を引かれたのは、それではない。

 扉。

 赤、煽、黄色、白、黒――いくつもの色が重なり合って、薔薇の絵を模ったステンドグラスの巨大なこの街の建物程の両開きの扉。それが奇妙にステンドグラスの内側から光を放ちただぽっつりと薔薇の中に佇んでいた。

 

「これは?」

「あそこをぬければ、たぶん、出れる。好きな場所に」

「一応聞いておくけど。それがどうしてかは?」


 サラは首を左右に振る。ただ、そう感じると。

 知らないようだ。

 まあ、そもそもサラ自体記憶がないようだからそれも仕方ないと言えばそうだが……。

 

 本当に、この子は一体なにものなのだろうか……。

 

「ん~、それなんだよねぇ。お姉さんにもそれだけは分からないいんだ」


 疑問に思ったその時、その声は俺の疑問に答えた。

 声の主は。

 

「ティアラ?」


 剣の女神ティアラだった。

 彼女はにこやかに、神々しくもそこにそびえる扉の前に吸い込まれるように集まった黄金の粒子にかたどられ姿を現して笑いかけてくれる。

 

「やあやあ、ティアラお姉さんだよ?」

「やあやあじゃない、どうしてアンタがここに?」

「どうしてって、不思議な事を聞くねえ、ここはお姉さんの領域だよ?」

「は?」


 何を言ってるのかよく分からない。

 サラもサラで首を、とぼけたように首をかしげている。いや――本気で分からないんだろう。

 

「サラちゃんは初めましてかな?ん~、でもなんだか初めて会った気がしないんだよね~」

「知ってるのか?」

『さあ?』


 二人が同時に首を傾げ、答える。

 いきぴったりだな、おい。

 

「まあ、それより随分と困ったことになってるみたいだね」

「それは……」


 正直、この場所については色々聞きたいことが山ほどあるが、今はそれどころじゃない。

 シャルロットを早々に助けに行かなくては。ジンのことだ、正直シャルロットが何をされてもおかしくはない。

 こうしている間にも、そう思うと静まり返った心が焦り返してくる。

 

「早く行かないと!!」

「いやいや――焦るのは良くないよ。事情は見ていたから分かってるけど、なにもミレアの契約者に勝つ方法も何も考えてないじゃん」

「それでも、急がないとっ」


 俺は焦る気持ちを抑え、一歩を踏み出す。

 そこへ――

 

「まって」


 ティアラが止める、そう思ったがその前に止めたのはサラだった。

 俺のコートをギュッと掴み、強引に引いていた。

 

「そう。焦ったらダメだよ。それに、お姉さんはキミの為にこうして来たんだから」

「俺の為に?」

「そっ、ミレアの契約者の加護の力は強力。時間を止めちゃうなんてね~。まあ、お姉さんから見たらあんな半端物、時止めなんて言えないけど、それでもあそこまで力はまれに見ないから。だ・か・ら。今日は出張大サービス!なんとお姉さんの残りの力を全部上げちゃう。どう?すごいでしょ?すごくない?」


 すごいというか……。

 物凄く反応に困る。

 残りの全部の力。それがどれほどモノなのか知らないが、いま現状、俺が受けている加護だけでも奇跡に匹敵するものだ。それを更に強くできるなんて、俺には到底想像ができなかった。

 

「ねえねえ、流石になんの反応もないとお姉さんも不安になっちゃうんだぞ?」

「いや……」


 考えふけった俺に、ティアラが腰に手を当てプンプンとしているが、何か反応しろと言われ俺は一つ疑問をぶつけた。

 

「その力をもらったらどうなる?」


 そうだ、現状ですら奇跡的なのに、それ以上とは?


「どうって?お姉さんが消える」

「は?」

「いや、だから。お姉さんが消える。そうすればあのまがい物の時止めの中でも動けるようになるんだよ。お姉さんの力を全てあげちゃうてっことは神格に存在を格上げってことだからね。そうすればあの程度の力のなかでも活動ができる。あれ、魔力で加護の力を引き出してるだけで今のキミと同じだからね。芯がない」


 と、なにやら随分と大事なことを簡単に言ってくれているような気がする。

 だいいち。

 

「消えるって、どういうことだ?」

「どうって言葉通りそのままの意味だよ?お姉さんの存在は消失していなくなる」


 居なくなるって……。よくもまあそんなことを忽然と言ってくれる。

 正直なところ、俺にはそれが意味が分からなかった。

 なにもそれは言葉の意味という訳ではない。ティアラという女神が分からない。

 

「どうして。どうしてそこまでする?」


 そんなことをする意味とは?

 確かに俺はいま困っている。ジンに対抗する手段はなく、シャルロットを助けることにすら手をこまねいている。

 けれども、それはあくまでも俺個人の問題だ。ダンジョン攻略が目的である女神のティアラに何ら関係ないこと。俺と契約して力を与えている側ならば、シャルロットなど助けている場合であれば、さっさとダンジョン攻略に努めろと言うのが効率てきだ。

 なにより、ジンは同じダンジョンを攻略するために他の世界から呼ばれた救世主。

 その救世主同士が戦うことになんの意味もないはずだ。

 ティアラとしてはそんな意味のない戦闘は控えさせ、ダンジョンに行くように示すのが正解だ。

 であるのに何故いま、そんな自分の全ての力を渡すなどと言い出す。

 それが、俺には意味が分からなかった。

 

「正直。こんなにも浸食が進んでいるなんて思っていなかった。キミには到底理解できないかもしれないけど。ワタシにもするべきことがある。それに、ミレアスフィールを挑発した手前、ワタシにも多少の罪はある。まさかキミを消すように仕向けるなんてね。多分、これから先キミに味方する女神はいない。居たとしてもそれは何らかの裏がある」


 と、睨むような真剣な瞳を向けられた俺は息を飲んだ。

 

 正直、何がどうなっているのか分からない。

 女神のことやらダンジョンのことやら。この場所のこと。サラのこと。

 何も分かっていない。

 けれど、ただ一つ何も分からない俺でも言えるのは。

 

「本気なんだな?」


 おちゃらけた彼女が本気で言っているということだ。

 いや、元来この真剣な瞳のティアラが本当の彼女なのだろう。

 最初に会った時、これと似たような感じを出していた面もあった。

 けれど、今はそれ以上だ。

 何か裏で考えていることがあるのだろう。睨むようなその瞳にサラは少し怯え俺のコートを掴み隠れる。

 

「………」


 真っすぐな瞳を向けるティアラに俺は一つため息をこぼす。

 

「大体分かった」


 いいや、大体もなにも分かっちゃいない。

 なにもかも。けれども、そう言わなければティアラ自体の気迫飲まれそうだったから。

 

「俺にアンタの全ての力をくれ。ジンを討つ」


 その答えにティアラが優しく微笑んだ。

 そうして、そこで俺は全てを受ける。

 どこかも分からない。星舞う夜空に漂う街の遺跡の一角。薔薇咲き乱れる庭園で。

 俺は、剣の女神ティアラの祝福を全身全霊で受けて立った

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