寛政捕物夜話(第十一夜・はじめての女)

藤英二

はじめての女(その1)

吉原では最も低級な、間口は一間にも満たない、長屋のかたちをした羅生門河岸という見世がある。

揚げ代は、チョンの間で百文ほどだ。

この羅生門河岸を真似た岡場所が三ノ輪にある。

吉原で年季が明けた年増がほとんどで、ご面相もかなり崩れた遊女が多かった。

それで、お化け長屋とも呼ばれていた。

だが、揚げ代は羅生門河岸よりずっと安かったので、ふところのさびしい職人たちにはありがたいところだった。

この長屋は、三ノ輪の辻で大きな乾物問屋を営む、見かけだけは好々爺の三太郎の持ち家だったが、・・・それを知るひとは少ない。

三太郎の俳諧仲間で、海産物の店を浅草仲見世に出している俊吉という老人がいる。

今では息子夫婦に店はまかせ、俊吉は半隠居のお気楽な身分だが、若い女が三太郎の長屋にやってくると、呼び出されて「はじめての女」を味見することがあった。

ある日の昼下がり、三太郎の使いがやってきた。

謹厳実直を絵に描いたような息子の伸吾は、露骨に嫌な顔をしたが、俊吉はどこ吹く風と三ノ輪へ向かった。

はじめての女は、三太郎の乾物問屋の二階の奥座敷に敷かれた布団の前で、身を固くしていた。

「名は何というのかね?」

歳はまだ十八をこえていないようだ。

うつむいたままの女は、首を振って答えない。

「ここは、何をするところか知って、やって来たんだろうね?」

顎を引き上げて、目を閉じた女の顔を見た。

品のよい、美しい顔だ。

「かわいいね」

俊吉が、思った通りのことをいうと、女は初めて目を開けて俊吉を見た。

「ひどいブスです」

きっぱりという女の頬を指で撫でて、「いや、かわいいよ」と俊吉が繰り返すと、

「ほんとうですか」と、女は目を輝かせた。

「ああ、ほんとうだ。すっごくきれいだよ」

さらに褒めると、女はにっこりと笑った。・・・愛嬌のある顔だった。

俊吉が帯を解いても、女は抗わなかった。

襦袢をはだけ、お椀を伏せたような胸のふくらみを、指先でゆっくりとなぞり、乳首を甘く咬み、舌先で円を描くように舐めた。

「ああ」

女は、はじめて艶やかな声をあげた。

唇を襟首に軽く押しつけ、裾を割った手で太ももをまさぐった。

女は両の太ももを固く閉じた。

それは分かっていたので、手を尻にまわして、ゆっくりと時間をかけて撫でまわした。

尻のふたつのふくらみのあわいに指先を滑らせると、指先はその先に息づく女の肉厚の唇に触れた。

そこを、ゆっくりと揉むように撫でると、下唇は次第に湿り気を帯びて来た。

手を前に回し、臍下三寸先に敷き詰められた柔毛を、やはりゆっくりと掌で撫でた。

やがて、ゆるんだ太ももの間から滑り込んだ俊吉の掌は、ふっくらとした女の唇を、気ままにまさぐることができた。

唇の合わせ目に隠れる肉の芽に優しく触れると、びくんと女のからだが跳ね返った。

「はじめてなのかい?」

女の耳元で俊吉がささやくと、女はうなずいた。

「幸次郎さんは、濡れない女だといって、あたいを捨てた」

「幸次郎というのは、うんと若いのかい」

女は俊吉の肩でうなずいた。

「じぶんでも分かるだろう。あんたは濡れてるよ。・・・ずぶ濡れだよ」

「でも、ブス!」

「何をいうんだい。あんたは、別嬪さんだ。ずぶ濡れの別嬪さんだ」

そういって、下の唇の合わせから指ですく取った蜜を上の唇になすりつけた。

「うれしい・・・」

かわいい舌先で蜜を舐めた女は、心底うれしそうにいった。

―女の着物を前に合わせた俊吉は、女を布団に横たえ、そのまま階下へ降りた。

「『どっすんばったん』はなかったようだね。俊さん」

三太郎は、にやけ顔でいった。

「あれは、いい女だ。が、文字通り『はじめての女』だね」

「それは困った」

どんなにいい女でも、男を知らない女を女郎にするのは問題が多い。

男あしらいを知らないので、客が怒り出すこともある。下手をすると客を足蹴にしたりする。

初めての男にぞっこん惚れてしまうことも、・・・その逆もある。

惚れ合って、心中したり夜逃げしたりもする。

楼主としては、適当にあしらって、男から金を巻き上げてくれれば、それでよいだけのことなのだ。

「困ったな」

大のおとながふたりが、腕組みをして考え込んでしまった。

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