エーデルワイス
第8話 異邦人
俺は、山脈からやってきた。周りの人間は、皆俺を異邦人として扱う。顔つきだけでは彼らと俺との間には何も相違点はない。金髪の冴えないくせ毛の青年ならイギリス中にごまんといる。だが、イギリス海軍のエンブレムの横についた外国人兵士を表すマークが、俺の「外国人」としての立場を確固たるものにしていた。
兵舎の窓から市街地の喧騒を眺めながら、俺は押し花が収まったしおりを、読みかけの本に挟むでもなく、手の中でもてあそんでいた。
「よっ、ユリウス。差し入れだ」
背後で扉が開かれ、同時にイギリス料理の香りが鼻をくすぐる。
「なんだ、俺の大好物の料理長お手製シェパーズパイか」
「残念! イギリス産業革命の味、フィッシュアンドチップスでした」
歌うように言い、木製の皿に入った魚と芋のフライを俺の本の横に置いたシェーマスは、澄んだ青い目と優しげな口元が魅力の好青年だ。田舎者の俺なんかと比べたら、俺の父さんと母さんが泣く。
「おいおい、最近こればっかだろ。いい加減中年太りならぬ若年太りになりそうだ」
「心配ない。戦争がなけりゃ俺たちも安心安全におっさんの仲間入りだ。今から太ったって後から太ったって結果は同じさ」
シェーマスの冗談が冗談になりきっておらず、あまり笑えなかった。
「なあ、シェーマス」
「なんだ?」
シェーマスは生粋の英国紳士らしく芋のフライをばりぼりと食べながら聞き返す。
「お前が、海軍師団に参加するのはどうしてなんだ」
「なんで今更聞く?」
彼は今度はフィッシュの方に手を伸ばす。
「いや、俺は、恥ずかしいが、金のためだった。金のために、自分の命を故郷じゃない国の盾にする。それって、英国人から見てどうなのかって……」
シェーマスはしばし手と口の動きを止め、俺の顔をじっと眺めてから頷いた。
「お前、大陸の山岳出身だったか? 自分が贅沢したいわけじゃないんだろ。いいじゃないか。お前は毎月アルプスの家族に欠かさず仕送りしてる。それって偉大な目的じゃないか。俺なんかダメダメだぜ。『俺は海軍師団だった。陸軍の奴らに負けず劣らず勇敢に戦った』って退役した時胸を張って言えるのがかっこいいと思った、ただそれだけの理由でここにいるんだ」
俺は右手の中のしおりに視線を落とす。
「いいよな。お前には、夢がある。俺の夢は、遠い昔になにか別なものに置き換わっていたみたいだ」
シェーマスが俺の手元を覗き込む気配がした。
「エーデルワイス、か?」
「ああ。俺の、故郷の花だ……故郷の」
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