第5話 悪ガキ
明くる朝。
天気は目に見えて回復したが、雲の流れるスピードは依然として早く、上空の気流の速度を物語っていた。
テストパイロットとしては、こういった荒れ模様のなか飛行するのも仕事のうちだが、危険性を指摘して引き止める村長の言葉に甘え、もう少しの間このゴーサゼィ村に留まることにしたのだった。
村人たちのなかから屈強な大男ばかりが選りすぐられた集団が威勢のいい掛け声をあげ、縄を掴んだぶっとい両腕にくっきりとした青筋を浮かび上がらせる。
彼らが引く荒縄が結び付けられた僕の愛機の何百キロかも知れない機体が、徐々に草原の上を滑り始める。
「おぉ! すごいすごい」
感嘆する僕の背をダヴィット村長が平手打ちにする。
「何を突っ立っているんだ。感心している暇があるならさっさと飛行機を引きにいけ。このまま雨ざらしにするのも何だから、倉庫用に納屋を貸してやることにしたんだから。あれお前のだろ」
ダヴィット村長の僕への対応は、昨日から徐々にぞんざいになっていく。
えー、と僕は頭の後ろで両腕を組み、おいさほいさと叫ぶむさ苦しい集団を見やる。
「僕一人があの中に入ったって、状況ほとんど変わらないと思うんですけど。だって僕こんなにひ弱なんですよ」
右腕を鋭角に曲げてみせる。
そこには力こぶこそあれど、青筋など浮く気配すらない。
「あー、あー、わかったさ。お前は海軍でパイロットなのに、どうやら力仕事には使えないみたいだ。仕方ない、私が行く」
民族衣装の袖をまくり、村長はむさ苦しい列の方へと歩き出す。
「ありがとうございまぁす。がんばって下さぁい」
両手をメガホン代わりにして叫ぶ僕に、彼は珍しくにこやかに片手を挙げる。
「おう。それはそうと、アラン君、私のかわいい刺客たちの相手をしてやってくれないか。君、目をつけられているみたいだ。」
「え、え?」
周りを見回してみるも、彼の言う襲撃者は見当たらない。
「下だ」
言われたとおりに視線の射角を大幅修正するも、ときすでに遅し。
「動くなぁ」
「いてってって」
威圧感ゼロの声がほぼ真下から聞こえ、そのセリフにまったくもって噛み合わない謎の長モノによる滅多打ちが体の随所を痛めつける。
決して耐えられないというわけではなかったが。
「むむむ」
この猛攻に、まがりなりにも海軍の一員である僕の闘志に火がついた。
眼を固く瞑る。
途端、五感が研ぎ澄まされ、太い何かが空気を切る音が明瞭に聞こえ始める。
「そこかっ」
その物体が描くであろう軌道に左腕を割り込ませる。
乾いた打撃音。
衝撃を尺骨のあたりに感じた瞬間、空いている右腕を打撃物の上に滑り込ませる。
攻撃を受け止めた左腕に力を籠め、かなりの長さを持つそれを飛行機のプロペラが回転するようにすくい上げた。
打撃の反動で正面からの力に弱くなっていた襲撃者の手のひらから槍状の物体がするりと抜け出し、勢いで一回転してからピタリと僕の手のなかに収まった。
思ったより断然軽いそいつを一瞬前までの持ち主の眼前に突きつける。
「動くな」
戯れのつもりだったが。
「ヒッ」
「ほう」
「すげー」
恐怖と感心と絶賛の声が一つずつ、各所で上がった。
一番気にかけるべきはもちろん、奪われた枝を目の前に突きつけられてしゃがみ込んでいる、悲鳴をあげた少年、ノアだ。
「だ、大丈夫?」
この際、腕組みして話を聞きたそうにしている村長のことを意識から締め出したって怒られまい。
そう判断して、僕は意外と鋭利な枝を下げ、腰が抜けた様子の十歳児に手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
おっかなびっくり僕の手のひらを握り、いそいそと立ち上がったノアは、つぶらな瞳を羞恥で白黒させながら頭を下げた。
「ごめんなさいっ! ほんのいたずらだったんです。ほら、お兄ちゃんも謝ってよ。『海軍さんの力試ししてホンモノなのか暴いちゃおう作戦』の言い出しっぺ、お兄ちゃんなんだから」
ユリウスお兄ちゃんは、えー、とさがら先刻の僕のような渋りかたを見せていたが、やがて根負けしたように頭を垂れた。
「そんな、いいんだよ二人とも。そりゃ、ね、突然自分の村に軍人を名乗るひょろひょろの人がやってきて、お父さんがそいつを勝手に家に上げて、客人だからああだとか、手を出すな、とか言われたら誰でもちょっかい出したくなるよね……」
僕のおとぼけにユリウスはぶんぶんと高速でうなずく。
「もう、兄ちゃんったら……」
弟の呆れ声にもめげずに、ユリウスは右手の枝をほっぽりだして僕のシャツの裾を引っ張る。
「ねえ、アランさん、ちょっと一緒に来てくれないかな? 昨日も軍隊について色々聞いたけどさ……ホンモノの海軍さんなら海のことも知ってるでしょ!」
元気かつ確信たっぷりにそう叫んだユリウス少年は、僕の腕をむんずと掴んで走り出した。
「わあ、どこ行くんだよ! 話聞くだけならここでいいだろ!」
「見せたいもんがあるんだ!」
意地悪そうに歯をむき出して笑う彼に、僕は仕方なく無抵抗に引っ張られていった。
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