第3話 好奇心

 村長一家の邸宅は村外れの小さな木造教会のすぐ脇にあった。

小さい頃母が読み聞かせてくれたおとぎ話に出てきた農夫の家にそっくりだった。

大きさも、他の家と比べて特段大きいというわけでもない。

すぐそばまで迫った岩山はイギリス本土のどこの地形よりも険しく思えた。


 何ともしれない感傷に浸っていると「おい」と半分苛立ったような声が僕を目の前の世界に引き戻した。


 彼ら山岳の農民たちに、僕を受け入れるほど余裕はない。

なのにダヴィット村長は僕を受け入れることを選んだ。

彼の親切心以外の何物でもない。

そのとき僕は悟り、村長の精悍な、少し怪訝そうな表情を浮かべる顔から視線をそらした。


 ダヴィット村長に促されるまま玄関に上がる。


 春といっても高所の雨天は冷え込む。暖炉の焚かれた今に入って初めて自分がどれだけ暖かさを欲していたのかがわかった。


「どうだ、冷えた体も芯から温まるだろう」


こちらに優しいものを混ぜた笑みを初めて向けてダヴィット村長は言う。


「この時期になると、普段はもう暖炉に火は入れない。薪がもったいないから、厚着でしのいでいる。だが、客人がいらっしゃったとあらば、特別だ」


 村長の口調が親しげになっているのがわかった。

アルプスの人々は滅多に訪れない客人にめっぽう優しいと聞いたが、それが今はとても申し訳ない。だから僕はただ「ありがとうございます」とだけ言った。


「おいおい、元気がないな。ついさっきまでの憎まれ口はどこへ行った? さてはお前、腹が減っているな」


「え、ええまあ。四時間は飛びっぱなしでしたので……」


「それはいけないな、ちょっと待ってろ。俺とアンナが腕をふるってやる」


 笑い混じりに言った村長は腕まくりをして別の部屋へ消えた。


 アンナ? 村長の奥さんかな。

そういえばユリウスが引っ張られていくときにその場にいたような。

結構な美人さんだった気がするなあ。


 その時、僕は重大なことを見落としていた。


 両親が二人ともキッチンに引っ込み、料理の世話にかかりきりになる。裏を返せば、例の少年を見張っていてくれる年上の人が誰一人いなくなったということ。


 ゆえに。


「海軍さーーーん」


「どわっ」


 誰もいなかったはずの背後から、衝撃。


「ねえねえ海軍さん、軍隊の話聞かせてよ、聞かせてよ、いいだろいいだろ」


 戦闘機の揺れもかくやという勢いで肩をゆすられ、たまらず僕は「わかった、わかったから」と叫ぶ。


「だから、お願いだから、揺らすのやめて!」

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