下船に向けて

不安を煽るような国内外の報道や、毎日、客室のドアまで来る複数のクルーとの接触、窓の開かない部屋の空調、陽性かもしれないクルー達が作る料理への不安。


このまま船内に留まっていても、いつか自分達は感染してしまうのではないかといった不安から、アメリカ人など外国籍の乗船客達から即日の帰国を望む声が上がり始めました。


一度は各国も自国民を帰国させる方向で動いたものの、米国CDCが、「船内にとどまっていた方が良い」との文書を出し、外国籍の乗船客達は引き続き船内で検疫を継続する事になりました。


しかし、検疫期間終了直前になって急遽、外国籍のゲスト達の帰国が決まり、船内は再び慌ただしい雰囲気へと包まれました。


「本日、○○国の方々が帰国されます。私たちは家族です。皆様のご多幸をお祈りします」といったお見送りの言葉と共に、下船グループ番号を呼び出すアナウンスが一晩中鳴り響いていて、それはほぼ毎晩続きました。


オーストラリア人乗船客達の帰国も決まり、私の隣りの部屋のご夫妻も帰国され、静まり返ってしまった隣室に、まるで共に頑張ってきた戦友が居なくなってしまったような、とても寂しい気持ちとなったのを覚えています。


外国人乗船客達の下船がひと段落したところで、いよいよ日本人乗船客達の下船準備が始まりだしました。


最初は、18日以降に順次PCR検査を受け、最終グループは何日に下船できるかは未定といった内容の通達が厚労省から有り、先の見えない状態だったのですが、その直後に撤回され、21日までには陰性だった乗船客のほぼ全員を下船させる方針へと変わりました。(同室に陽性患者が出た場合は、陰性でも引き続き待機)


こういった、くるくると変わる方針の転換は常に有り、日本政府、厚労省も相当に混乱している事が伝わってきていました。


また、最初は「日にち未定で順次下船」だったのが、「21日までには陰性客を必ず下船させる」へと変更となったのは、乗船客側から「1日も早い下船を望む」との意見があったのか、それとも「この船にこのまま滞在するのはリスクが高い」と判断したのか、今でも気になっている所です。

(個人的には、あと10日ほどいても良かったと思っています。理由は後ほど述べます)


順次、PCR検査が始まり、私の部屋にも2/17、迷彩服の上に防護服をまとった自衛隊の方が来られて検体を採取していかれました。


PCR検査から1日、2日経っても検査結果の連絡は無く、その間はじりじりとしながら待っていました。


今回、船内で陽性となった患者の方の半数は「無自覚無症状」でした。


つまり、現在全く問題なく健康にみえても、自分は既に陽性患者かもしれないのです。


検査で陽性だった場合は、荷造りする間もなく即入院となるので、万が一に備えて入院用の荷物を小型のバッグに詰めて待機していました。


PCR検査の結果を待ち望んでいる間、先に検査を終えて陰性の結果が出た方達の下船が2/19から開始しました。


正直なところ、この船でこれ以上過ごす事に不安になりながらも、一方で、この急ぐような下船帰宅に疑問の気持ちもありました。


理由は先に陰性で帰国した外国人ゲスト達が本国に到着して再検査したところ、陽性反応が何人か出た事です。


この船内での検疫隔離は穴だらけで不完全なものだと誰もが感じていました。(とにかく大人数なので完璧に対応しきれないのは仕方ない事なのですが…) 


しかし、今回様々な決定を下していた上の方では未知のウィルスにも関わらず、「14日間症状がなければ陰性である」との根拠の曖昧な“14日間ルール”に拘っていたようで、検疫終了日に大量の下船客達を一気に公共交通機関で帰宅させ、世間の大きな不安を招いてしまった事は残念でした。


案の定、陰性で下船した後、数日後に陽性になってしまった方が国内で何人か出ていました。


例え日数がかかっても、下船の判断はもう少し慎重にやっても良かったのではと思いました。


しかし、こうやって後から「ああすれば良かった」「こうすれば良かった」と言うのは安易な結果論です。


あのクルーズ船で起きた事は、誰もが経験した事がない出来事でした。


3700人という途方もない人数。マニュアルも無く、戦う相手は見えない未知のウィルス。


どの国も完璧に対処出来るわけがないのです。


非常に困難な状況の中で、日本は可能な限りの力を出し切って対応に当たってくれていたと思います。


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