船内の乗客たち

私も含め、あの船の中にいた乗船客たちのほとんどがこの状況を『仕方ない…』といった感じで受け入れていました。


少なくとも、私のキャビン(お部屋)近くでは、声を荒げる人もなく、物品の配布や配膳に来たクルー達と元気そうな声で挨拶を交わす明るい声が響いてきていました。


私の隣の部屋は、50代くらいの上品で素敵なオーストラリア人ご夫妻が滞在されていました。


クルーズ中はベランダ越しに目が会うと「ハーイ!」と向こうから手を振ってくれる、とても気さくで感じの良いご夫妻でした。


沖縄に到着した時は、頭上を飛んでゆく飛行機を一緒に眺めながら、「沖縄の空港は忙しそうだねー。見て!タイから来た飛行機だ」なんて会話を楽しんでいました。


そんなオーストラリア人ご夫妻が急遽、日本で検疫隔離を過ごす事になってしまい、心配していたのですが、


隔離開始直後にクルーが、

「ご不便をかけて申し訳ないです」

と伝えると、


「大丈夫だよ!ボク達は状況を理解してるからね!」


と明るく答えていた声が、この部屋まで聞こえました。


隔離中もリラックスして過ごされていたのか、この部屋からは毎日ご夫妻の楽しそうな笑い声が響いてきて、


「ああ、今日も元気に過ごされているんだな」


と私も安心し元気をもらっていました。


部屋にはフロントから、『ご不便な事や、入り用のものはありますか?』といった内容の電話が定期的にかかってきていましたし、


窓無しの内側キャビンに滞在してる友人に聞いてみても、「困ってるのは携帯の電波が入りにくい事くらい」といった感じで待遇自体に特に不満は有りませんでしたが、


メディアを通じて様々な不満を主張する一部の乗船客達の存在で、世間では

『クルーズ船客はワガママだ!』

という印象がすっかりと出来上がってしまい、下船後も非常に肩身の狭い思いをする事になりました。



滞在している室内での待遇に不満はないものの、『不安』は常に大きく有りました。


先ず、配膳や配布で部屋に来るクルー達がマスクに手袋だけといった軽装だった事です。


ゴミ回収の時だけ、ゴーグル、マスク、手袋、ガウンといった装備でしたが、普段は軽装のため、彼らと接する際は充分に注意を払っていました。


またクルー側も笑顔でのサービスを続けながらも、物を渡す際になるべく手と手が接触しないようにするなど、気をつけていたようです。



もう1つは、船内の空気の問題でした。


インターネット上では、『コロナウイルスは空気感染する』といった噂が流れ始め、乗船客達が不安を訴え出しました。


この噂を米国CDCは否定し、また「船内の空気は現在100%外気を取り入れている」との放送が何度か入りました。


漠然と、


「ここは安全じゃないな」


と感じていても、約3700名の乗員乗客達を隔離する施設は他に無い事は理解していました。


とにかく、クルーから何か受け取ったら即手洗い、時々窓を開けて空気の入れ替え、室内清掃を頻繁に自分で行い、やるだけの事はやりながら注意深く検疫期間を過ごしていました。


(クルー達はN95マスクをつけていましたし、接触は物を受け取る時の一瞬だけなので、クルーからうつされたりする可能性は、実際は低かったのではないかと思います)



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