その二十 朝会

「おはよーございまーす!」

「「おはようございまーす」」

 と利用者から挨拶が返ってくると俺はデイルームを見渡す。

 利用者の殆どが集まっておりそこから少し離れた所に早番の椎名さんが居る。

「えー本日の予定ですが午前中は書道クラブがあります。講師の先生がいらしたら放送入れるのでクラブの方はご参加ください。午後からは入浴がありますのでそちらも放送入れますね。えーと今日の入浴順は……?」

 そう言ってからしまったと思う。

 施設の入浴日は月・水・金の3回。偶数月が男性が先、奇数月は女性が先と男女の入浴順が入れ替わり更にA~Eの順番で割り振られている。

 これが非常にややこしく3カ月経った今でも中々覚えきれない俺は助けを求めるように椎名さんをちらりと見る。椎名さんは仕方ないと言うように一度鼻を鳴らす。

「今日の入浴は七月なので女性のAユニットからいくよー。放送聞き逃した人はお迎えに行くから覚悟するようにねー」

 椎名さんが言うと皆から「はーい」と返事が返ってくる。中には「お迎えとか縁起悪いからやめてくれよー」と恐らく冗談を言って場を笑わせる人もいた。椎名さんは

「ごめんごめん」と手を合わせて謝る。

 今度は椎名さんが俺の方を見るので俺は内心でお礼を言うと続きを言う。

「えー七月になり気温も大分上がって来ましたね。排熱とか問題ありそうな場合は自己診断機能して、それでもダメなら支援員か看護師さんに相談してください。館内の冷房も適宜入れていくつもりです」

 そこまで言うと利用者から再び「はーい」と返事が返ってくる。

「じゃあ朝の体操始めますねー」

 と言いオーディオ機器からラジオ体操の音楽が流れ始める。

『機械が運動することで何かの役に立つのか』と言われそうだが、関節部の駆動状態の把握や人工筋肉を搭載している利用者も中にはおり、『身体を動かす』というメリットは人間ヒューマンと変わりないというのが機械生命体アンドロイド医学の常識……らしい。

 というか昔はラジオ体操してても特に何も思わなかったんだけど最近やると……なんというか『効く』って感じがする……。


 体操が終わった後は館内清掃の時間となる。

 清掃用具入れのロッカーの電子錠を職員IDで明けモップを渡す。

 利用者の中には昔清掃職員として働いていた人もいるので利用者はその人を中心となって行うことがある。

 職員の方はというと、廊下や食堂などを利用者に清掃してもらうので居室内の床清掃を行うこととなっている。

 足腰が弱くなっていて居室で休んでいる利用者の代わりに居室の床を清掃するのだが、人によっては物が多く、殆ど床を掃除出来ない、というのがあり困り種でもある。

「じゃあ私こっちから回ってくから」

 椎名さんがモップを片手にA棟方面へ行く。

「うぃっす。じゃあ俺はEからやっていきます」

 俺もモップを手にし、エレベーターを使い三階のEユニットへ向かう。

「おはよう桐須さん」

「おはようございます」

 利用者からの挨拶に笑顔で答える。

「今日も暑いね」

「ですねー。冷却液の方しっかり補充しておいてくださいね」

「分かってるよー」

 そう言って朗らかに笑う利用者の横を通り過ぎ居室前の扉をノックする。

「おはようございまーす。朝の掃除の時間でーす」

「はーい」

 居室のロックが解除され横にスライドする。

「おはようございます」

「おはよう」

 そう言って紙媒体の書籍から目を離しこちらを見るのは中島さんという利用者だ。

「今日は何を読んでいるんですか?」

「何世紀も前の歴史小説さ。あんた知ってるかい?まだ機械生命体アンドロイドが生まれるより前の人間ヒューマンだけの時代にはね。お侍さんとかいう人たちが居たんだってよ」

「はぁ……」

 それは歴史の授業で習ったし、メディアアーカイブとして保存されていることも知っているのだがいざ知っているかと言われると答えられない。

「こう……丁髷っていう特別な髪型の人が刀っていう剣を振り回してな?敵とキンキンキン、て斬り合うんだってよ」

 そういうシーンをアーカイブで見たことある気がする。

「へー。面白そうですね」

「おー!こう読んでっとなぁ。動力炉の辺りがかぁっと熱くなってくるんだよ!で、この紙で読むってのがまた堪らんのよな!ページをめくる、って行為そのものに意味があるんじゃあないかって俺は思うんだ!桐須さんも読み終わったら貸すから読んでみなよ!」

 随分熱の入った口調で中島さんはまくし立てるように話す。本当に好きなんだろうなというのが伝わってくる。

「お気持ちは嬉しいんですけどね。流石に利用者さんの物を借りたとなると怒られちゃうので」

 立場の関係というのは難しい。円滑な人間関係を探りつつも、我々は『友達』ではないのだ。厳しい言い方をすればそこには『職員』と『利用者』という上下関係が存在する。

「そっかぁ……」

 中島さんの関節部にあるモーターが音を立てて肩を落とす。

「あ、でもそうですね。読みたくなったら自分で買って読んでみます」

 あまりにも気の毒に見えてしまって咄嗟に口からそんなことを言う。すると、中島さんは明るい声で言う。

「おお!そっか!じゃあ読んだら教えてくれな!絶対だぞ!」

「え、ええ……」

 ちょっと迂闊な約束をしてしまったかな、と思いながらモップで床を掃くと俺は「それじゃあ失礼しました」と一礼をして中島さんの居室を去る。

 あとは淡々と、残りの居室を清掃し椎名さんと合流し清掃終了、となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る