第5話
雪の結晶を持ちながら、その色をはっきりとさせないまま、目の前から去った男もいた。徹というその男と、雪子は大学生のとき一年ほど付き合った。別れた原因は徹の浮気だった。
現実主義者でW大で経済を学んでいた徹は、どこか夢見がちなところのある雪子と正反対な性格で、雪子はそこに強く惹かれたが、最後は裏切られてしまった。
不思議だったのは、徹の右目を覆う結晶が何の色も示さなかったことだ。
この人とはいずれまた関わるのだろうか。その思いは雪子の心を重くした。
東京に出て八年、二十七歳の雪子は少人数ながら業界では評価の高いデザイン事務所で働いていた。忙しいながらも充実した毎日を送る雪子の前に、二十九歳になった徹が現れた。
徹は雪子に謝罪し、復縁を申し込んだ。彼の顔の結晶は輪郭だけを持ち、何も色をもっていなかった。それを確認した雪子は観念し、彼の申し出を受け入れた。どうせ、避けようがないのだ。
金融機関で働く徹は相変わらず雪子とは正反対で、興味深い男だった。雪子はやはりこの男が好きだと思った。結晶は青く染まってほしいと、強く願う日々が続いた。
ある夜、徹の部屋でワインを口にした雪子の腹の中で、何かが爆発した。雪子は血を吐いてその場に倒れる。徹が毒をもったのだった。
現実的な徹がほんとに夢見ていたものは、愛する者と二人だけの楽園だった。
これで君は僕だけのものだ。ずっと僕だけの。そう言って徹は血を吐いた。徹も雪子と同じ毒を飲んだようだ。雪子は隣の徹に手を伸ばす。彼の手はいつものように温かかった。そして、こちらを見つめる徹の右目を覆う結晶は紫に染まっていた。
パープルスノーは、最高で最悪の人? だったら仕方ないわね。雪子が微笑むと、呼応するように徹が幸せそうに微笑んだ。
結晶が色づくとき 梅春 @yokogaki
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