第3話

 東京での暮らしは思いのほか楽しかった。

 学びたいことを学び、バイトをしたり、友達を作ったり、新しい生活の基盤を作る作業は、初めて家族から離れた私には新鮮なものだった。

 幼い自分と会話した不思議な夢を忘れる頃、不思議なことが起こった。

 ある人の右頬に雪の結晶が浮かんでいたのだ。

 私は驚いて、彼女の顔を凝視した。

「何か、ついてる?」

 バイト先の同僚だった須藤美紀子は戸惑って、曖昧な笑いを浮かべた。

「ううん、なんでもない。ごめんなさい」

 タトゥーなのか。何かの病気やケガでできた痣なのか。誰も触れないということは、重い事情があるのかもしれない。

 私はその件には触れず、美紀子と一か月ほど接し続けた。美紀子の右頬の雪の結晶はその輪郭を濃くするばかりだった。

 ある日、私は耐えきれず、仲の良かったバイトに聞いてみた。

「美紀子ちゃんの右頬の痣って、あれはいったい・・・」

「ん? 痣? 美紀子ちゃんの顔に痣なんてひとつもないよ。何かの影が瞬間的にそう見えたんじゃない?」

「そっか・・・」

 他の人たちには美紀子の頬の結晶は見えてないようだった。私はそのことを二度と口にすることはなかった。

 そんななか、美紀子との仲は深まっていった。

 有名女子大の文学部に通う美紀子は同じ年で、美大に通う雪子に強い興味を示したからだ。

「私も絵とか描けたら雪子ちゃんみたいに美大に行きたかった。雪子ちゃんは何が専門なの?」

「私は油絵」

 えー、いいなー。うらやましい。彼女は本気でそう言い、体をくねらせた。全身で思いを表現する彼女は、感情を著さない都会ではめずらしい学生だった。

 そんな美紀子を雪子も好ましく思い、二人は親交を深めた。

 そんななか、美紀子の頬の痣が変化を示した。水色に色づいてきたのだ。

 雪子は戸惑いながら、美紀子との交流を止められなかった。二人は互いの生活に欠かせないパーツのひとつになっていたからだ。

 美紀子の雪の結晶はどんどん色を深め、ついには真っ青になっていった。それを見て、雪子ははっとした。

 ブルースノーは最高の人、レッドスノーは最悪の人。

 いつかの夢で幼かった私が口にした言葉は、このことなのか。雪子は戸惑うばかりで、そのときはこの事実をまだ受け入れられなかった。

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