第14話 第七王女の冒険 1
僕は育成校の門を抜けて、通いなれた道を歩く。
行先は王城。メイドの二人――アントレットとミャナン――に呼ばれている。
最近は王家の依頼のおかげで懐は潤っている。
怖い大家さんにも、つい先日家賃を渡せたところだ。
「支払いはちょっと待ってくれ……じゃないのか?」と、目を丸くしていたのがおかしかった。
できれば今後は、良いイメージを与えていきたいと思う。
「それにしても……ラールセンはどこまで本気なんだろう。よくわかんないけど、僕のどこに惹かれたんだろ?」
「ハルマじゃなくて、ウインドな。勘違いって線はないのか?」
「プニオン、僕だって勘違いであってほしいよ。でも、ダンジョンの件から数日で変わったわけだろ? ミツとチルルも言ってじゃん」
「ああ……『あの変な人に影響受けた』って言ってたな」
「まあ、ちょっと格好は怪しいけど、あの時はあれがあって助かったんだ……」
「そういや、ハストンが新しい仮面を作ってくれたんだろ?」
「うん。ハーフタイプも用意してくれた」
「なら、それを使いつつ、極力、ラールセンに近づかないこった。下手すると、最初の身バレはクラスメイトになるぞ。ターニャって子の視線も感じるんだろ?」
「怖いこと言わないでよ。それでなくても……ナーシィやメイドさんに怪しまれてるのに」
「まあ、あれだけやれば、ハルマの異質さには気づいても仕方ない。それに――そっちは別に後悔してないんだろ?」
「……まあね」
「やる気になったとか言ってたぐらいだもんな。ハルマにとっちゃ久しぶりに前向きになれる仕事だから、喜ぶべきか」
「プニオンってさ……たまに親みたいなこと言うよね」
「バカ言え、さっさと俺を使ってダンジョンを根こそぎ支配しないから、呆れ果ててるだけだ」
「……だから、それはしないって」
そんな会話をかわしつつ、僕はいつも通り門の前にたどりついた。
気だるそうな兵士に片手を上げると、「そっちから入れ」と視線で促される。
近頃は短剣ノクトの回収をされなくなった。
信頼されているのか、それとも相手するのも億劫なのか。どちらにしろ、ざるなチェックだ。
第七王女の扱いはどこでもこんな感じなのだろう。
門に近い建物に入り、長い廊下を渡って角を右に。最初の部屋が、メイド二人の部屋兼、応接部屋だそうだ。
が――
今日は、そのもう一つ隣の部屋から、見知った人物が顔をのぞかせていた。
大きな扉を半開きにし、顔半分でこっちをうかがう人物。
第七王女ナーシィだ。
黒い紋様が描かれた顔が、ぱあっと綻んだ。
もしかしてずっと待っていた?
「ハルマ、こっち、こっち」
ナーシィは僕を手招きして呼ぶ。小声に意味があるのだろうか。
あの一件以来、人目が無ければ、フランクな言葉遣いを許されている。
彼女は気にしないし、自分が使うのも得意じゃないそうだ。
身振りで、「こっちの部屋じゃないの?」と尋ねると、彼女はぶんぶんと強く首を振った。
「こっちに来て」
口がそう動く。
僕は、メイドたちに怒られないか心配しつつも、雇い主の指示におとなしく従った。
「二人に呼ばれてるんだけど、挨拶しなくて良かったの?」
部屋の扉を静かに閉めると、ナーシィはなぜか念入りに鍵のチェックをしてから、向き直った。
年相応の無邪気な笑顔が咲いている。
「いいの、いいの。二人が呼ぶってことは、私が呼んだのと一緒だから」
「それはそうだけど……」
「今日は、私から直接依頼させて」
「いいのかい?」
「まずい?」
「いや……そういうわけじゃ」
「ちゃんとお金も払うから」
ナーシィが「ちゃんとためておいたから」と引き出しから白い布袋を取りだした。
大きなふくらみ。確かに用意しているようだ。
でも、僕が心配しているのはそっちじゃない。
そして何より、テーブルに置かれた物が気にかかってしょうがない。
ぱんぱんに詰め込まれた茶色いリュックと――
白い仮面だ。
***
「こんな顔だから、目立つかなって思って」
「仮面つけたら、余計に目立ちそうだけど……それにその服装は?」
ナーシィはくるりとその場で回って、「似合うかな?」と首を傾げた。
こげ茶のブーツに、膝丈のスカートと灰色のブラウス。
飾り気のない衣装は、どう見ても外出着。
まさか。
「ナーシィ……外に出るつもりじゃないよね?」
「ダメ?」
「ダメだよ。君は体が弱いんだろ?」
菖蒲色の髪を揺らす少女のほおが小さく膨らんだ。そして、視線がゆっくり落ちていく。
「ハルマに治してもらって調子がいいの」
「僕はマナを抜いただけなんだ。呪いまでは消せない」
「ハルマから見て、私の体はどう? 倒れそう?」
「それは…………しばらくは大丈夫だと思う」
その言葉は、ナーシィの表情を明るく変えた。
とても嬉しそうで、泣きだしそうに見えて。
僕は、これはもう止められないな、と思った。
こんな顔を見せられて、無理に止めたくはない。
「わかったよ。でも、絶対に無理はダメだよ」
「うん!」
「アントレットさんたちには?」
「言ってない。絶対に止められるから」
僕は片手を顔に当てて天井を仰いだ。
今日で買い物係はクビかもしれない。でも、毎日苦しんでいたナーシィの気持ちはよくわかる。
「今日の依頼は、外に連れ出すってことかな?」
「うん、できれば二人にばれないように出て、ばれないように戻れたら……」
「ま、まあがんばるよ」
無理だろう。
約束をすっぽかされた上に、二人がナーシィの様子を確認しにこないとは思えない。
「私はこれ」
ナーシィはそんなことを知ってか知らずか、白い仮面を顔につけた。赤紫の長い髪が目立つうえ、衣装とアンマッチで最高に怪しい。
「で、ハルマにも用意したの」
「え?」
「私だけだと、目立つでしょ?」
小さな手が渡してきたのは、同じく白い仮面。僕の方は右目に黒い涙模様と、額から頬にかけて筆を走らせたような黒い線が入っている。
僕のほおが引きつって上がる。
「……これ、誰に頼んだの?」
「ハルマとは別の買い物係だよ。素材にこだわらなかったら、すぐ用意できるって。リュックも衣装も全部そろえてもらったの」
「な、なるほど……サイズもばっちりだ」
誰だ、その買い物係。
王女が仮面やら、リュックなんて求めたら、疑わないか?
「準備完了」
出会ったことのない買い物係を脳内で非難していると、ナーシィがリュックを背負い終えている。
顔の黒い紋様はちゃんと隠せている。
けれど、知っている者には長い菖蒲色の髪でばればれな気がする。
「よ、よし……じゃあ、行こうか」
僕はもう何も考えないようにして、白い仮面をつけた。
そして、制服に気づいて慌ててストレージから黒いローブを取りだした。
ハストンお手製の予備ローブだ。もちろん金属不使用で軽い。
ナーシィがのりのりで、窓をあけて外を確認している。
「こっち」みたいな手招きに、僕は誰にともなく許しを請うて、飛び出した。
「ハルマ、早い!」
「ちょっとだけ、静かに!」
時間との勝負。
入口はざるな警備とはいえ、いつ本職の強者が出てくるかわからない。ここは王城の敷地だ。
見つかれば、クビどころでなく処刑だ。
ハイリスクすぎる。
「行くよ」
ナーシィのリュックは僕が背負い、彼女を両腕に抱えて、腰をかがめて素早く駆け抜ける。
ダメだ。
完全に賊のアジトに侵入した気分だ。
腕の中では、「すごい、すごい」と仮面をつけた少女がはしゃいでいるが、僕はいつ見つかるかと冷や汗が止まらない。
植木の影に隠れ、周囲を見回して、門の方へ――
「って行けるわけないじゃん!」
ルートを九十度曲げて、城壁に。
ここを越えるしかないか。幸い、上にマナの気配はない。
もう、やけくそだ。
「<千変鋼:足板>」
銀色の金属が一瞬にして壁際に現れ、ばねのように変形する。
僕は素早く足で踏みつけ、すさまじい速度で飛び上がると――
一跨ぎで城壁を飛び越え、落下した。
「えぇぇぇぇっ!?」
「大丈夫だから、静かに!」
しがみつくナーシィの耳元にささやき、空中で再び<千変鋼>を塊で呼び出し、蹴って軌道修正。
ちょうど着地点を兵士が巡回中だった。
危ない。
「きゃっ」
可愛らしい声が漏れた。
わずかな着地音と衝撃。勢いは殺せたと思ったけど、ナーシィはびっくりしている。
「行きたいのは市場だっけ?」
「うん……」
「じゃあ、ちょっと近道するからね」
彼女の返事を待たずに、手近にあった建物の屋根に飛び乗る。
足場が悪いが、気にしてる余裕もない。
まずは城を離れないといけない。
ナーシィをよく知る人間に出会わないように。
って、僕も賊と変わらないな。
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