第4話 別の世界から来た者たち
一週間後。
とある民家横の酒だる三つを重ねた細い路地を左に曲がる。
未舗装の道を抜け、いくつもの手作りの看板通りを抜けて一分ほど。こじんまりした扉に、小さな木彫りの妖精像がかけられた店がある。
『おしゃべり妖精亭』という。
とある理由で利用している店だ。
背丈ぎりぎりの扉を引いて中に入ると、カウンターと右奥のテーブル席が目に入る。クラシックな椅子とテーブルで統一された、濃い茶色の空間。
奥の壁棚には店主自作の木彫りの像やブリキのおもちゃが所狭しと並んでいる。
「ハルマか。遅かったな」
黒い蝶ネクタイにロマンスグレーの髪のダンディな男。名前はハストン。手入れされた口ひげが、くやしいほどに似合っている。
これが転生の理想像だ。
僕もこんな感じなら、と思わずにはいられない。
「これでも病み上がりと、二つ仕事をこなしてから来たんだ。手紙は届いてたけど、動けなかった」
「病み上がり? 風邪か?」
「……筋肉痛」
ハストンがその言葉に驚いている。
僕が筋肉痛を発症する意味を、『前の世界のパーティメンバー』だった彼は正確に理解しているからだ。
かちゃかちゃとカウンターの奥で何かを用意しながら、目を細める。
「裏の仕事以外で、<千変鋼>を使わないといけない場面があったのか? まさか授業中じゃないよな?」
「授業であんな危険な武器を使うわけがない。違うよ。まあ……仕事には変わりないけどね」
「あんまり無茶するな。『魔力』系武器は反動がしゃれにならないから。ちゃんと鍛えて『マナ』の武器使え。まだ学生なんだ。伸びる余地はある」
「わかってる」
カウンターにぽんとお椀が置かれた。中には小口ネギを刻んだ味噌汁が入っていて良い香りを漂わせる。続いて、隣には四切れのふっくらした玉子焼き。
そして、カウンターをぐるりと回ってきた小柄な少女が、白いご飯をたっぷり盛った茶碗を僕の前に置いた。
「お仕事お疲れ様、ハルマ」
「ありがとう、ルルカナ。今日はお手伝い?」
「うん」
銀髪のツインテール少女は、にっこりと子供らしい笑顔を見せる。軽いステップでカウンターの奥に戻ると、丸椅子に腰かけた。
低い背丈のせいでおでこまでしか見えないが、その様子は歓迎してくれている。おめかししたのか、服装まで可愛らしい。
ルルカナには何かと気に入られている。
父親であるハストンが腹を割って話せる数少ない友人が来たということもあるのだろう。
「ごはん、味噌汁、玉子焼き、と――ハルマセット完成。今日は夜まで貸し切りだから、ゆっくり食べてくれ」
「なら、もう一品つけてくれない?」
「臨時収入があったのか?」
「まあ、そんなところ」
「じゃあ、適当に作ってやるよ。酒はどうする?」
「甘口の度数弱いやつ」
「おーけー」
頬が自然とゆるむ。
お姫様の買い物三回で得た報酬は驚くほど多かった。
さすがは王家。
しばらくはパンと飲み物の生活にサラダがつけられると思う。しかも、次に買い物に成功したら、一度、第七王女様と会わせてくれるらしい。
「で、今日は、どんな依頼? しばらくは依頼こなさなくても大丈夫なんだけど」
玉子焼きをひと切れつかみ、口に放り込んだ。ハストンに前の世界で作り方を覚えてもらって良かった。彼はものづくりの天才だ。
コツや器用さにかけてはパーティ随一だった。
これも出汁がきいていて、とてもおいしい。
「有名なダンジョンに勝手に出入りしてる賊がいるらしくてな。息子に譲る前に、キレイにしときたいって親の依頼だ」
味噌汁をすすりながら、僕は顔を上げた。
「有名どころなら、お抱えの『探闘者』集団がいるだろ? ここみたいな『裏』に依頼することないんじゃない?」
ハストンの表向きの店は、小さな定食屋だ。酒も少し飲める、アットホームな『おしゃべり妖精亭』。でも立地が悪くて客不足だそうだ。
気軽に貸し切りにしてくれるし、僕はありがたいけどね。
ちなみに妖精亭の妖精とは娘のことらしい。
子どもが産まれたときに、『魔力』を使った『裏』の仕事の一線から身を引き、表仕事に精を出すようになったそうだ。でも、結局は友人の誘いとかしがらみがあって、コーディネーター的な仕事は続けている。
驚いたのは、こっちに転生した時期が、僕とハストンでは大きく違ったことだ。以前は同じ年齢だったのに、今では親と子供くらい違う。
『魔力』を内包する体のつらさは同じだったらしく、ハストンもピンチになる度に元の世界の武器を使って、筋肉痛に苦しんだらしい。
僕がハストンと出会ったのは『おしゃべり妖精亭』のメニューの玉子焼きに惹かれて初めて入ったときだ。
彼から声がかかった。
「お前……ハルマ……か?」
「そうだけど……どちらさま?」
前の世界とほとんど容姿が変わらない僕と違って、太かったハストンは体が細く引き締まって、顔もダンディに変わっていたのだ。
おかげで、僕はしばらく偽者だと疑って警戒していた。
今では笑い話のネタだ。
「その息子に賊討伐の指揮をさせるから、失敗できないんだと」
「……なに言ってるか全然わかんない。賊がいるってわかってて、息子を前に出すの?」
「いずれダンジョン管理者を譲るから、責任感を持たせるためとか」
そう言って頭をかいたハストンの視線が、ちらりとカウンター奥のルルカナに向けられた。意味深な視線。口調から乗り気になれない依頼だということはすぐわかったけど、何か事情があるらしい。
「頼む」と声に出さず口パクするハストンが、こっちにウインクを飛ばす。
僕は、白いご飯を箸でひょいひょい送り込み、味噌汁椀に手をつけて飲み干してから、とんと置いた。
「……わかった、やるよ。あとおかわり」
「すまん、また礼をするから。ってことで――ルルカナ、お前の初仕事はまたの機会だな。父さんの信頼厚いハルマが受けてくれるから、出番はないぞ」
わはは、と芝居がかった様子で笑い飛ばすハストンを、ルルカナは立ち上がってじいっと見つめた。そしてぷいっと踵を返して奥に引っ込んでしまう。
背中が拗ねている。
扉が閉まる音とともに、ハストンに気になったことを尋ねた。
「初仕事ってどういうこと? ルルカナ、まだ十歳でしょ?」
ハストンが「はぁぁ」と長いため息をついて、声を潜める。
「実は……あれで、もう俺の『魔力』を越えそうなんだ」
「は?」
「あいつも『マナ』は、からきしダメなんだが、遺伝かね……『魔力』の素養はあるらしくて、正面からやりあったら、負けるかもしれん」
「…………それやばいよ」
「そうなんだ。昔の日記を見られたんだと思うんだけど、俺の裏の仕事に興味を持って、この前やってきた依頼人との交渉を盗み聞いたみたいでな……俺が断るって決めたって言ってるのに、娘が自分が受けてもいいって言いやがるんだ。そんな弱くて仕事になるか、って怒ったんだが……あんまり抑えつけると自分から出向きそうな予感がしてな。それに最近、ルルカナも薄々自分の力に気づいてるみたいで……今日もハルマが受けてくれなかったら、私の初仕事にするって聞かなくて……本当に恩にきるよ」
あいた口が塞がらないとはこのことだ。
ハストンは前のパーティでは後方支援の役割だ。創作能力に長けた<黒鋼の鎚>の使い手。
他のメンバーとは勝負にならないだろうけど、それでも前の世界では上位に食い込むことができる。
そんな男と十歳の娘がほぼ互角って。
将来有望だけど、親としては複雑だろう。
まして、『マナ』じゃなくて『魔力』の素養か……案外、全力で暴れたら、後遺症のひどさで後悔するかもしれないな。
さすがにそのことはまだ知らないだろう。
「そんな話を聞かされると、これから依頼を断れなくなる。小さなルルカナに危険な仕事をさせるのはね……」
「そうなんだよ……まあ、しばらくしたら娘の熱も冷めると思うから……」
「……ほんとに?」
「たぶん。がんばって冷ます……」
「わかったよ。ハストンには世話になってるし、それまではできる限り協力するよ」
「そう言ってくれると助かる!」
「そうと決まったら依頼を詳しく聞かせてくれる?」
「もちろんだ。簡単に言えばだな――」
ハストンがカウンター奥で紙を数枚めくりつつ、
「ラールセンって男をお抱えの探闘者と共に護衛しながら、賊を先に見つけて適当に弱らせて、できればラールセンに捕らえさせろ、だ」
「……今までで一番ひどい依頼だ。と、それより、そのラールセンって男が依頼人……じゃないよね?」
「違うぞ。こっちは息子の名前だそうだ。知ってるのか?」
「たぶん……クラスメイトだ」
脳裏に、取り巻きの女子に囲まれるラールセンの整った顔が浮かぶ。
親が譲るのはラピスラズリのダンジョンだろうか。それとも別のものか。学生のうちに子供に譲ってしまえるとは、実家にどれだけ有り余っているのだろう。
決闘で奪い取られる可能性もゼロじゃないのに。
そんな彼の指揮を受ける探闘者たちに交じって――底辺の僕が護衛に?
なにしに来たの? って言われるのが目に見える。
「入れてくれるわけないじゃん。ほんと……どうしよう……」
僕は思わず頭を抱えた。
ハストンが苦笑しながら眺めていた。
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