第3話 買い物係の試験
学校の授業を終えて、王城にやってきた。
もちろん徒歩だ。
とてつもなく大きな門を見上げながら、案内係という兵士のあとに続く。
「ほんとに来たの?」と怪訝そうに聞かれたときは、依頼が間違っていたのかと慌てたが、そうではないらしい。
「そこ、右に曲がって最初の部屋だから」
投げやりな兵士に、ぺこりと頭を下げて通り過ぎようとすると、「待った」と声がかかった。
「腰の武器は……一応さ、規則だから。帰るときに取りにきて」
ざるなボディチェックだった。最初に確認するべきだったのだろう。
決まり悪そうな顔をする兵士に、腰の短剣を渡す。
僕はうまく使えないけど、一応、産まれた時からマナを馴染ませてきたし、両親の贈り物でもある。
「保管、お願いします」
「おう。まあがんばって」
「がんばる?」
漏れたつぶやきに、兵士は答えてくれなかった。
首を傾げてから、扉の前に立って軽くノック。「どうぞ」の声とともに中に入った。
「掛けなさい」
凛々しいメイドと、見るからにおっとりしたメイドの二人。
護衛はいない。不用心だ。ほんとにここだろうか。
少し緊張気味で、ソファにかける。おっと、びっくりするくらいふかふかだ。
「仕事の内容はわかっていると思いますけど、第七王女様の買い物係を任せられる人を募集しています。養成校の生徒ですね。少々……服が汚れていますが」
彼女の瞳が制服の裾の汚れを一瞥する。
とても堅い口調だ。
僕は背筋を必要以上に伸ばしてうなずいた。しっかり洗濯してから来るべきだった。
「第七王女様のお顔はご存知ですか?」
「申し訳ないのですが……知りません」
「……」
凛々しいメイドの顔つきが険しくなった。隣のメイドが「まあまあ」となだめて、「ようやく来てくれたのですから」と笑顔を向けてくれた。
「まあ、良いでしょう。欠員が出ているので、仮採用としましょう」
「えっ? そんな簡単にいいんですか?」
「素性さえわかれば、こちらが欲しいものを欲しいときに手に入れてもらうだけの仕事ですから構いません。ですが、物を用意する力があるかどうかは試験を行って確かめます」
「……試験」
ごくりと唾を飲んだ僕に、おっとりしたメイドが「がんばって」と小さく拳をにぎって応援。
ちょっと癒される。
「一本で構いません。上級の<回復薬>を用意してください。持ってきていただければ、報酬を渡します」
「上級ですか? それは……」
「学生に厳しいのはわかっています。市場にはなかなか出回らないので<回復薬>のダンジョンに潜りなさい、ということですから。知ってのとおり、<回復薬>ダンジョンは、保有者の好意で開放されています。その分、産出量は少ないので、人より奥に進む必要がありますが、王女様は体力が無い方なので、これからたびたび<回復薬>を依頼することがあります。上級がダメなら初級でも構いませんが、相応の評価をします」
「……あの、質問いいですか?」
「どうぞ」
「市場に出回ってたら、それでもいいですか?」
ダンジョン管理者たちとコネを持つ商人や、ダンジョン産商品が一同に集まる市場に行けば、上級の回復薬が絶対に買えないわけではない。
もちろん、僕のふところにそんなお金はないので、最初に資金を渡してもらわないといけない。
「今回はダメです」
「そうですか……」
「普通の買い物をお願いすることもあるとは思いますが、王女の一人といえ、予算は限定されています。特に七番目の……失礼、まあ、何でも買える資金があれば、こういう買い物係を雇わないということです。ですが……ダンジョン管理者の探索許可は王家の信用で得られやすいのです」
「な、なるほど……許可は得ておくから、その先は買い物係が自分で潜って手に入れてくるお仕事、と」
「そうなります」
王家の依頼が仕事あっせん所でどうして半日も手つかずだったのか、よくわかった。
メイドさんは簡単に言うけど、結構危険な仕事なんだ。
ダンジョン内にはありとあらゆる物があふれている。でも、その分、探闘者同士のいさかいや、ダンジョン特有のモンスターや罠もある。
しかも、約束された報酬がない。
僕は神妙な顔で一度頷いた。
「試験と言いましたが、もちろんハルマさん単独で潜れとは言いません。コネも仲間も使って構いません。強い方がいるなら、学生友達でも構いません。要は、これからお願いしたときに、ダンジョンに潜れる力があるかを知りたいのです」
市場で買うよりは、買い物係に依頼した方が安くつく、と。しかも成功報酬だから、王家側にはリスクも無い。
で、もし手に入れた商品を、黙ってこっそり市場に流していた場合は――
「もちろん、当家の信用を裏切るような場合は、残念ですがそれ相応の対処をいたします」
先読みしたかのタイミングでメイドさんがにっこりと釘を刺してくる。
まあ、そうでしょうね。
探索許可だけもらって、悪さを働く人もいるだろうし。
「ちなみに、養成校の成績に少しだけ口添えすることができます」
「……えっ、ほんとうですか?」
「王家の役に立ってくれるのですから、それくらいの後押しは」
「なるほど……」
それは助かるな。
成績に口添え――卒業時に、領地の場所か広さにプラスアルファが期待できるということだ。学業の伸びに期待できないからありがたい。
将来、田舎で自給自足を目指す僕には何より魅力的な条件だ。
さらに、ここら辺では当たり前の報酬の未払いもない、と。
「……いつまでに用意すればいいですか?」
「一週間以内に」
買い物かと言われると微妙な気もするけど、タフさを求める理由はわかった。
でも――これは適任だ。報酬の怪しい日雇い仕事をいくつもこなすより助かる。
僕は「わかりました」と頭を下げてから席を立った。
<回復薬>を手に入れるのに一週間程度かかるのが普通なのか。なら、できるだけ早く手に入れて評価を上げよう。
一度も目にしたことがないものだ。慎重にかからないと。
***
<回復薬>ダンジョンの入り口は中央の広場に設定されている。
場所はそのダンジョンの管理者が自由に決められるが、王国に属する者は、国内に設けることが多い。
入る前には探索許可が必要で、ここや生活に必須のダンジョンは国が買い上げて国営化して開放することも多い。
ダンジョンはクリアすることで、その管理者が決まる。ダンジョンが認めると言ってもいい。
仕組みはよく知らないけど。
「これじゃダメかな?」
僕の片手には<奇跡のポーション>がある。
転生した時のストレージがそのまま引き継がれていたせいで、こういった希少アイテムは結構残っている。
大ケガすら瞬く間に直してしまう『前の世界』の店で売られる回復アイテムの最高位だ。金色の溶液が、ガラス細工のような美しいビンの中でたぷたぷと揺れている。
「ハルマの話を聞く限りじゃ、効果は同じだろう。だが、似ても似つかないものに違いないぜ。こっちの人間には副作用も怖い。それに、さっき初級の<回復薬>を見ただろ? ここのダンジョン産は……丸薬だ」
「だよね……液体だとまずいかあ」
飲んでもらえば効果がわかるとはいえ、信用のない『仮買い物係』の薬を受け取ってはくれないだろう。
王女様に何かあってもまずい。ギロチン台送りになるような真似はやめておこう。
僕は腹をくくって、<回復薬>ダンジョンに足を踏み入れた。
***
開放済みとあって、至るところに探闘者らしき人がいる。せっせと何かを運び出す人間も多い。
同じくらい初心者も多そうだ。
無料開放されているダンジョンで、難度も低い。しかも他のダンジョン攻略で役に立つ<回復薬>は、いい稼ぎになるのだろう。
中級以上の薬はとても良い値段で売れるらしい。
「って、序盤でこれか……」
「全然、効いちゃいねえの」
僕の短剣ノクスは、暗がりになると威力を増すタイプの武器だ。
プニオンには「お前にピッタリだよ」なんてからかわれるけど、性能は悪くない。
昼間の野ざらしの訓練場では、威力と切れ味が落ちまくって、細い木の棒にも殴り負けてしまう。
けれど、こういう洞窟系ダンジョンは得意分野――のはずなのに。
「マナの扱いが、やっぱり超へたくそだわ。赤ちゃんレベル。刃に全然こめられてないじゃん」
「手から流す感覚がどうにも、しっくりこないんだ」
転がる石のモンスターが、イチコロ、二コロ、ミコロコロと勢ぞろいだ。
短剣ノクスが完全にあなどられている。間合いも関係なしに、ぴょんと飛び上がって降ってくる。
ひらりとかわして周囲を見回した。
同じ場所で手こずっている剣士も多い。ここはハンマー系の武器が有利な戦場だろう。
かれこれ数時間探しているが、<回復薬>など、影も形も見当たらない。
僕は大きなため息をついた。
「……使うぞ」
「おっ、やる気になった?」
「自分が弱すぎて嫌になる……開発されつくしたダンジョンだから、もう少しなんとかなるだろうって甘く見てた。手前をいくら探しても無理そうだし、一週間もつぶして、手に入りませんでしたはまずい。授業は欠席になるし、家賃を払えずに大家さんに追い出されるのは嫌だ」
人目のない岩陰にさっと入り、僕はぽつりとつぶやいた。
「<千変鋼:ソハヤノツルキ>」
地面からずるりと、兜金(かぶとがね)が現れた。
黄土色の柄糸がまかれた白鮫皮の柄が続き、鍔から黒い鞘が姿を見せる。渡巻(わたりまき)、責金(せめがね)、石突(いしづき)と続く。
糸巻太刀拵(いとまきたちこしらえ)と呼ばれる刀装の、『前の世界』で愛用していた規格外の武器が、産声をあげた。
「わぉっ、とんでもない存在感……やっぱり、ハルマには『魔力』由来の武器が合うようだな」
「『マナ』を使うことを思えば、こっちが楽だね。あとでやってくる反動さえなければ……だけど。って、これを出したからには無駄話してる時間は無いや」
慣れた動きで鯉口を切った。
覗く薄青みがかった刀身がどくんと震え、ハルマの体が薄い膜に覆われるように包まれる。
「さっさと行こう」
僕は表情を引きしめて走り出した。
***
「これが……上級の<回復薬>ですか?」
「あれ? も、もしかして、ちょっと違います?」
けばけばしい赤色の丸薬を前にして、二人のメイドの女性が、顔をひきつらせている。
まさか<回復薬>ですらないとか?
やってくる反動をできるだけ軽いものにしようと、<千変鋼:ソハヤノツルキ>を振る回数を最低限にしたのが、まずかったか。もう少し周囲を破壊して探すべきだったかも。
人のいない奥地に早々に到着したまでは良かった。
けれど、見つからなかったのだ。
穴倉で群れていたクマ型のモンスター集団をやっつけ、石壁でとおせんぼする敵を蹴り飛ばし、最速でかたをつけて探し回った。
他にも色々ぶっ飛ばしちゃったけど、申し訳ないほどモンスターの記憶はない。
なのに――丸薬が見つからないのだ。
さらに小一時間探し回って、ようやく見つけたのが、足首ほどの高さの石の台座の上に、ぽつんと残ったビー玉サイズの深紅の丸薬が数個。
「上級の薬は、青色です」
ぷるぷると体を震わせる凛々しいメイドは、固い口調で言う。
二度目で知ったが、彼女はアントレットというらしい。
隣のおっとりしたメイドは、ミャナン。名前だけで力が抜けそうだ。
「まだ……時間はだいぶありますよね? 間違えちゃいましたけど……すぐに取ってきますから! もう一度だけ試験をお願いします!」
僕は二人の返事を聞かずに、顔面蒼白で飛び出した。
「せめて、色くらい聞いとけ」と毒を吐くプニオンの台詞も、「一日で、特級の回復薬を」とつぶやいた誰かの言葉も、耳に入らなかった。
「青っ、あお、アオだ!」
「わかったって。赤じゃねえやつな」
僕はその日、二度目の<千変鋼:ソハヤノツルキ>を使うはめになった。
でも、そのがんばりのおかげで、『第七王女の買い物係』として無事雇われることになった。
結構な報酬も貰えたし、お金に困ってることを伝えると、優先的に仕事を回すと言ってくれた。
そして次の日――壮絶な筋肉痛で学校を休んだ。これが反動だ。
本当にベッドから立てないほどひどい。
この世界の人間は、普通は体内に『マナ』だけを持っている。でも僕の体はわずかな『マナ』と桁外れの『魔力』で満ちている。
前の世界が『魔力』だったせいだと思う。
似て非なる二つの力は全然交わってくれなくて、『魔力』を使えば使うほど、体が悲鳴をあげてしまうという厄介な体質なのだ。
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