第2話 ダンジョン保有者たち
卒業のために通っているけど、学校はあまり楽しくない。
難しい試験になんとか合格し、実家から入学金を収めた手前、行かないわけにはいかない。
でも、もう少し格差が無いものだと思っていた。
登校初日の自己紹介の時間ですぐに分かった。
女子が注目している男子は、
――親が有名なダンジョンを持っている。
――親がダンジョンをたくさん持っている。
――卒業前なのに、もうダンジョン管理者になっている。
――多くのダンジョン管理者と、つながりのある商家。
の四つで、次点は「お金持ち」と「良い領地の出身者」だ。
武器の作成を生業とする研究系や普通の農家などは、似たり寄ったりで、大差ない扱いだ。
僕が「実家の所有ダンジョンが<クロマメノキ>だ」と説明した時の顔といったら、思い出すのも怖い。「なにそれ?」「マメ?」とか。
「やっぱ、今年は<ラピスラズリ>の坊ちゃん一択だよなぁ」
皮肉に笑う隣人は、濃緑の短髪にピアスをしたカッツという男子だ。
彼は「商家の長男」に当たるので、かなり注目されている。それでもナンバーワンの同級生にはプライドが刺激されるらしい。
「俺も在学中にでかい宝石系ダンジョンを手に入れてやりたいわ」と、荒っぽく椅子を揺らしている。
「それにしても、女子があいかわらず露骨すぎること。ハルマ、そう思わねえ? 俺ら空気じゃん」
カッツの視線は、今しがた登校してきた茶髪のイケメン、ラールセンという男子に向いている。
話に出た、実家が序列ぶっちぎり一位の「親が有名なダンジョンをいくつも持っている」系男子だ。宝石系はレアな上、数が少ないので高額で取引される。
一つあるだけで、一生安泰だ。最奥でしか取れない宝石の塊はすごい価値があるらしい。
ラールセンの長剣の鞘はラピスラズリを染料とした鮮やかな青で染まっていて、それがとても目をひく。
家の力を見せつける意味もあるらしい。
と、つり目で明るい茶髪の女子が、僕の前を通り過ぎ、カッツのそばに寄った。
「……ターニャか、なにかいるのか?」
商家の息子、カッツが最初に使うのはこの一言だ。
何でも用意してやるぞ、というプライドの表れだという。
対して、ターニャはカテゴリー「お金持ち」という次点のグループに入る。
「赤い石が欲しいの。彼……好きらしいから」
「<アルマンディン>で良ければすぐ用意できる。透明度の高い赤い石だ。けど、学生のプレゼントにしちゃ高いぞ。実家の仕送りじゃどうにもならない程度にな」
「……クラスメイトのよしみで安くして」
「安くしたうえで、言ってるんだよ」
カッツは譲らない。
「適正な価格を守る」のが商家の建前だとよく知っているからだ。もしそこを譲るなら、何か彼にとってのメリットを示さないといけないだろう。
「……じゃあいい」
けれど、ターニャは言葉通りに受け取ってしまったらしい。
今もラールセンを囲む女子の数は多い。その中で、何とかプレゼントを使って抜きん出ようとしたのだろう。
そっけない態度で離れていく。
執着心はあまりないのかな?
「ハルマってさ、商売やったことある?」
「あるわけないよ」
「そうなのか? 今、俺が考えたことが、わかったような顔してたのに?」
「何のことかわかんない」
「そっ、まあいいさ。お前んちは<クロマメノキ>だったよな。ダンジョンは大きい方か? 俺は金にこだわらないから、そこは勘違いすんな」
「……覚えとくけど、親のダンジョンだし、小さいから」
カッツはにかっと白い歯を見せて笑う。
一発ダンジョンを当てて、などと言ってるけど、彼の狙いはコネクションづくりなんだろうな、と思う。
授業態度は不真面目だし、上位『探闘者』になろうという意気込みも見えない。産まれたときにマナと同調させたはずの武器の扱いも適当だ。
でも、人の輪には積極的に入っていく。
教室で最底辺の僕と話すのは彼ともう一人くらいだ。ラールセンを狙うターニャなんかは見向きもしなかった。
***
食堂の利用も当然お金がかかる。
授業料に含むと思っていたのに、別経営らしい。
父さんのお弁当の話を聞いたときに、当然そうだと気付くべきだったのだ。
昼のチャイムと同時に、ラールセンと取り巻きは早々に屋上に向かったようだ。
一番眺めの良い場所で、手作りのお弁当。縁のない話だ。
離れにある食堂を利用する生徒も、一人二人と消えていく。カッツも数人を連れてにぎやかに席を立った。
昼からの授業は一時間。気分は誰もが帰宅モードだろう。
席が窓際なのはありがたい。がらんとした教室でパンを取りだした。
学校に来るまでに買ったものだ。朝のパンとは種類が違って、ベーグルだ。適度な固さはおなかを満たしてくれる。
角切りのベーコンを入れた種類が売られるようになって、ちょっと嬉しい。
「朝パン、昼パン……夜スープ。この状態で、誰かがハルマに好意を持ってくれると思うのか?」
「みんな先約があるんだ……」
鼻で笑うような声が、ポケットの中から聞こえる。鍵のプニオンが、人がいなくなったのを幸いにしゃべりだした。
「寂しいって顔に書いてあるのに、よく意地がはれるよ」
「君には顔が見えないはずだろ」
「寂しいのは否定しないのか?」
「……いいんだ。僕には一応仕事があるし、ラールセンみたいに何人もいらない。たった一人でいいんだ」
「たった一人もいないじゃん」
「うるさ――」
少し口調が強くなった瞬間だった。
教室の扉ががらりと開いて、慌てて口をつぐんだ。
さっそうと入ってきて目が合ったのは長い橙色の髪を揺らす一人の女子生徒。アネモネという。「親がダンジョンをたくさん持つ」家の出で、ラールセンに匹敵する人気を持つ。男子の話題に上らない日はない。
もし結婚出来たら将来安泰、女性としても魅力的とかで。
彼女は両腕いっぱいに飲み物を抱えていた。
「あれ? みんなは? ハルっち一人?」
「うん……ラールセンなら屋上だと思うよ」
「今日は、そっちじゃなくて、ユイっちのグループと昼食なの」
彼女は「待っといてって言ったのに」と、ほおを膨らませて手近な机に飲み物をどさりと置いた。
そのままこっちに近づいてくる。
「さっき、一人でしゃべってなかった?」
「……いや、しゃべってないけど」
「はい、嘘。ハルっちってよく独り言言ってるでしょ?」
「聞き間違いだと思う」
「訓練で失敗するたびに、しゃべってるよね?」
僕の口が図星をつかれて止まる。
プニオンのからかいに、いつも言い返しているのは本当だ。
まさか、アネモネに聞かれていたとは。
すぐに軌道修正だ。
「今のはどこが悪かったな、って口に出して反省してるんだ」
「そうなの? 変わってるね。でも、独り言は多くない方がいいよ? 気味悪がる子もいるし」
「うん……ありがとう。って、アネモネはそれを言いに?」
彼女が指をあごに当てて「それもあるけど」と考え込む。
そして、一つ持っていた牛乳入りのビンをさし出した。
「パンだけだとのどが詰まるっしょ。余分に買ってあるから、一本あげる。ダンジョンの深めのとこで取れるやつ。売店のおっちゃん、うちの家と親しいからさ、感謝してよー」
「ごめん、僕はその……今はお金が……」
「だから、あげるって言ったじゃん」
アネモネはけらけらと笑いながら、ビンを置いた。
「クラスメイトからお金なんてとらないよ」
「ありがとう……じゃあ、もらっとく」
「もう少し食べなきゃ、大きくなれないよ」
お姉さんぶってそう言って、くるりと身を翻す。ほどいた長髪がふわりと揺れた。
アネモネは発育がよくて身長が高い。たぶん僕を少し超えているだろう。
「じゃあね、ハルっち。たまには、みんなの輪に入ってきなよ」
軽くてさっぱりした口調は誰に対しても同じだ。決して無理強いはしない。
アネモネがこうやって気遣ってくれてなければ、最底辺の僕はラールセンのグループからいじめられていたかもしれない。
その想像はきっと的外れじゃない。
彼女はひらひらと手を振ってから、飲み物を抱えて教室を出た。
扉の閉まる音と共に、
「うまい返しは一つもできなかったな」
と、プニオンのからかいが聞こえたので、ポケットを一度たたいた。
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