第5話 紺碧の探闘者

 約束の日時はすぐに来た。

 中央の広場に所狭しと並ぶ扉――異次元のダンジョンの入り口を眺めながら、僕は壁際で腕組みをして目を閉じていた。

 別に格好つけてるわけじゃない。

 視線が痛くて、目を合わせたくないだけだ。

 そうこうして数分待っていると、ようやく今回の依頼人たちがやってきた。

 ゆっくりとまぶたをあげ、もったいぶった態度で先頭の壮年の男性を迎える。


「初めまして、ヘンディです」


 初見なのに、ラールセンを守る五人の探闘者代表の男は迷いなく手を差しだした。視線は熱っぽく、表情は緊張している。

 僕は背中に嫌な汗をかきながらも、堂々たる態度で受け入れた。

 今の僕はこういうキャラクターだ。

 彼の顔がいくぶんほっと変わる。


「そちらは?」


 低く、温かみゼロの声がその場に響く。

 僕の声だ。

 イメージは容赦ない殺し屋。ばれないように、今日はめちゃくちゃがんばっている。

 ヘンディが、眉根を寄せて声を落とす。


「坊ちゃんがご学友を連れてきてしまって……」

「そうか……」


 僕の額から汗がつうっと流れた。仮面が無ければ絶対に引きつって見えたに違いない。

 ラールセンに加えて、クラスの女子が二人もいるじゃないか。聞いてないぞ。両手に花か、ちょっとうらやましい。

 それと比べて、今日の僕ときたら、口元と目元だけを出した青みがかった金属の仮面。さらに白と青の中間のような長い毛を縫いつけたかつら。そして、仮面よりはるかに深い青色のローブという、目立つことこのうえない重装備だ。

 仮装集団に負けないぐらい濃いキャラだ。

 ラールセン一人なら正体がばれないとは思うけど、何人もいるとリスクが跳ねあがる。

 そして、ばれたら僕の学校生活は終わる。

 メンタルはずたずたになって、裏の仕事は二度とできまい。


「もう少し地味だったら……」

「なにかおっしゃいました?」

「いや……」


 僕はヘンディの言葉に首を振って、数日前の出来事を思い出した。



 ***


 ハストンがどんと胸を叩く。


「正体を隠すなら任せろ。まあ、元々目だけは隠してたもんな。ちょうどいいから全部隠そう。それと毎回の筋肉痛は大変だろ? 実はそう思って少し前に、ハルマの『魔力』少量で適当に使えるくらいの装備を作った。これがあれば<千変鋼>を使わずに済む場面が多いはずだ」

「……どうしてそんなものを?」

「俺の経験からも、こういう仕事をしていくうえでは、魔力に頼らないといけない場面が必ず出てくる。その時に、短期決戦ばかりで終わらないこともあるから、持続できる装備がいると前から思ってたんだ」

「さすが、ハストン……すごいね。材料は?」

「ルーブ鋼を使った」


 ハストンがにっと口端を曲げる。

 ルーブ鋼とは『前の世界』の金属だ。魔力伝導率で言えば、一般に知られてる金属の中では上から二番目。元々青みがかった鋼で、『マナ』に反応する武器と色が似ている。

 創作に長けた彼のストレージに残っていたのだろう。

 こっちには存在しない金属のはずだ。


「で、試作品がこれだ。在庫がなくて、本当は全身鎧にしたかったんだが」

「こ……これ?」

「すごいだろ? かつら部分の髪も、ほっそい金属繊維なんだぜ。<黒鋼の鎚>でだいぶ叩いた。触り心地はともかく、見た目は長髪だろ?」

「ハストン……気持ちはうれしいけど……目立つよ、これ」

「何言ってるんだ? 『裏』でやっていくんだから、一目で誰かわからないとダメだろ。お前の『裏の名前』もそろそろ有名だ。これからはこれでいけ」

「いやいやいや、『裏』だから目立たない方がいいんじゃ……」


 僕の抵抗に、ハストンがちっちと指を振った。


「衣装も武器の一つだ。それに衣装が派手だからこそ、中の本人がこんなに地味だと思わないわけだ」

「……さりげなく僕が地味って言ったよね?」

「ん? ハルマ自身が、いつも言ってるじゃねえか。だからモテないって」

「ま、まあそうなんだけど……」

「とにかく性能については安心していい。ルーブ鋼を編み込んだ対刃対魔術ローブと籠手と靴、内側の余分な『魔力』を逃がす金属繊維放射髪、そして――表情をすっぽり隠したルーブ鋼面。完璧だ。ただ、ルーブ鋼の限界を超えると――ってどうなるか知ってるよな?」

「……もちろん」

「多少は耐えるが、ハルマの『魔力』は桁外れだから注意してくれ」

「わかった……ね、ねえハストン?」

「なんだ?」

「もう少しだけでいいから……地味にならないかな? 全部茶色にするとか?」

「……今回は時間がない」

「わ、わかった。じゃ、じゃあ今回はこれで……がんばるよ」



 ***



「あの……『ウインド』さんと会えて光栄です。強さなら主のラッセルドーンと互角との噂はいつも耳にしています」


 ヘンディの後ろから、一人の若い青年が進み出た。顔がうれしそうだ。

 彼は自分の籠手をわざわざ外してから握手を求めてきたので、僕もそれに応じた。

 その瞬間の彼の喜びっぷりは驚くほどだった。

 アイドルとでも握手するような扱いが、少し嬉しい。

 こんな格好でも男にはモテるのだ。ハストンと一緒に地道に『裏』の仕事をこなしてきた結果である。

 プロの探闘者だから分かる苦労や苦悩。

 ヘンディを含めた五人が表情で感動を共有し、「会えて良かったな」と同僚同士で肩を叩きあった瞬間――


「なあ、その変な仮面のやつ誰よ?」


 一人空気を読まない男、茶髪のラールセンが言い放つ。しなだれていた女子二人が、「ほんとー」「だれー」と続く。

 素手で握手した男の両の瞳がけわしく吊り上がった。あやういところで隣の探闘者がなだめ始めた。

 ヘンディが小声で「申し訳ありません」と僕に謝罪してくれたので、構わないと片手を上げておいた。

 彼らには申し訳ないけど、今の発言はラールセンに正体がばれてない証拠だ。

 ヘンディが柔和な顔を作って振り返る。彼も大変そうだ。


「こちらは、ラッセルドーン様が今回の件で特別に手配してくださった、腕利きの探闘者です。通称『ウインド』と呼ばれており、この界隈では非常に有名で、普通ではまずお会いできない方です」


 普通では、の部分に全力で力を込めた紹介だった。

 ありがとうございます。

 知らない人には効果がないようですが。


「親父が呼んだってこと? まったく、過保護だな。俺一人でも問題ないってのに」

「念には念を、と」

「ふうん、まあいいか。とりあえずさっさと行こうぜ。夜までには戻りたいからな」

「坊ちゃん、今日はダンジョンの最奥手前まで入ります。夜に戻るのは厳しいかと」

「今日は、この子たちとディナーなんだ。それなら余計に急ぐぞ。それと……坊ちゃんはやめろ」

「承知しました……」



 ***



 ダンジョンの入り口にやってきた。

 古びた木枠の扉がぽつんと一つ。

 そしてその前には、『ダンジョン維持機関:ホープ』の職員が一人。

 不正な入場などを見張っている国お抱えの探闘者だ。でも、夕方以降は鍵を閉めて撤収するので、あまり意味はない。お役所仕事なのだ。

 ちなみにここにダンジョンはなく、あるのは扉だけだ。

 だから、中央広場には扉だけが無数に存在し、肝心のダンジョンの本体は入口をくぐって別次元にある。

 洞窟に入っていくような単純なものではなくて、まさに別世界に飛び込むことになる。

 もし途中で出たいときは「リタイア」の一言で入口まで脱出ができる。ただ、自分の足で戻らなかったペナルティとして、手に入れたダンジョン産アイテムはすべて没収されてしまう。

 ちなみに、裏技として僕やハストンのような前の世界のストレージ持ちは、中身がその判定の対象外となるらしく、ストレージに放り込んで「リタイア」で戻るというショートカットが可能だ。


「ダンジョン管理者ラッセルドーンの許可を得た、ラールセン一行ですね。どうぞ」


 取り立てて特徴の無い顔のホープ職員が、扉を開ける。

 すると――


「待って、私も一緒に」


 いざ潜入の寸前で、女子がやってきた。

 僕は「げっ」と漏れそうになった声を、のど奥に押し込んだ。

 つり目の茶髪。クラスメイトのターニャだ。この前、カッツと話をしていた子だ。プレゼントの赤い宝石が欲しいと相談していたことは印象深い。

 彼女も確かにラールセン狙いだった。


「ターニャも来てくれたんだ」


 ラールセンが相好を崩して、オーバーにリアクションをとる。

 ちょっとすねた顔を作る近くの女子たち。

 なにあれ? かわいい。


「間に合った?」

「大丈夫! 大歓迎だよ、こっちおいでー」


 ラールセンが軽い調子で彼女を手招き。

 ターニャは大して嬉しそうな顔もせず、言われたとおりに一直線に歩き出した。と思いきや、途中で足を止めてぐるっと首を回した。

 視線の先には――僕だ。

 仮面越しにたっぷり数秒間、視線が合った。どきっと心臓が高鳴る。


「……変な格好」


 とどめのように放たれた言葉に、胸がぐさりと切り刻まれた。

 見つめていたのはそういう理由か。


「大丈夫……大丈夫……身バレよりましだ」


 僕は自分に言い聞かせて、扉に入ったメンバーの最後尾に続いた。

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