6-1
姫の言葉に背を押され、猪塚に連絡をとると、あっさりデートに誘われた。
「ちょっとドライブしましょうよ」
自然なのは女慣れしているのか、私を女として見てないからか。
いきなり本気モードになられても困るが、あまり意識されてないのもおもしろくないのだから困ったものだ。
「じゃあ、海が見たいな」
私が何気なく言ったせいで、デートは長時間のドライブとなった。
狭い空間(車内)でそれほど親しくもない人と二人きりなのに、それほど苦痛を感じない。
むしろ気楽だった。親戚といるような気安さに包まれる。
隣でハンドルを握る猪塚がどう思っているかはわからないが。
ずっと黙っているのも気まずくて口を開くと、するすると言葉がこぼれた。
「私、ここから出たくて出たくて、ずっと勉強頑張って、東京に出たんです」
「そうですか」
「アホな大学なら東京に出ちゃダメだって、父が言ったから中学から猛勉強して」
「へえ」
「おかげで勉強が好きになりました。それまで大嫌いだったんですけど」
「それは良かった。お父さんに感謝ですね」
「まあ、そうなのかな。それなりに、できるようになったし。あ、でも、猪塚さんほどじゃないけど」
「いや、いや、そんな」
謙遜する様子も何気にスマートだ。
猪塚はやはり東京っぽい。美里は目を細めて猪塚を見た。
「でも、結果的に出ないほうが良かったです」
「東京ですか?」
「ええ」
「どうして? 行きたく行きたくて行った場所なんでしょう?」
「そうだったんですけど・・・やっぱり越えられない壁があるなって・・・田舎者には」
「田舎者ですか?」
「そうです、田舎者です」
「そんなの関係ありますかね?」
「ありますよ。東京の人は東京の人しか、認めたくないんです。認めないんです」
「あの・・・」
「はい?」
「僕も東京出身なんですけど」
「あ、そうですよね、すみません」
「別にいいですけど」
「私、大学で仲良かった友達にいじめられて」
猪塚は前を見て運転している。
少しだけスピードがあがった気がした。
「校内で目立つ男子に気に入られて声かけられて・・・あ、でもすぐに飽きられたんですけど」
「それは残念でしたね」
「あ、いや、別に、その人はぜんぜん惜しくはなかったんですけど。好きでもなかったし」
「そうですか」
「でも、それで友達に嫌われちゃって」
「妬みですか?」
「はあ・・・まあ、たぶん」
「好きだったんですね、お友達のこと」
「え?」
「妬まれちゃってって言わなかったから」
「はあ・・・」
「優しすぎるんですよ」
「え?」
「攻撃されても攻撃できない。そーゆー人を攻撃するんです、ダメな人間って」
「そんなもんですか」
「そんなもんです。僕にも経験があります」
「猪塚さんも・・・その・・・攻撃されたんですか?」
「したんです、僕が」
「えっ?」
「意外ですか?」
「ええ、とっても」
見た目のいいゆるキャラみたいな人が過去のいじめ(しかも、いじめたこと)を突然告白したら、人生経験の少ない未熟な人間(私のことだ)は驚くに決まっている。
「自分でもどうかしてたと思いますよ。進学校で受験、受験、偏差値、偏差値って煽られて・・・はけ口がなかった。どこかおかしくなってたんです」
「そうですか・・・」
「でも、だからって誰かをいじめていいってことにはならない。自分のモヤモヤを他人に付け替えて背負わせるなんて、僕は、最低のことをしました」
「そうですね・・・あ、いや、その、いろいろありますよね、人間、長く生きてると、あは、あははは」
なんで私が狼狽している。
隣の猪塚はいつもと変わらず涼しい顔だ。ほんとに反省しているのだろうか。
東京の人間はやっぱり怖いのかもしれない。
疑心が鎌首をもたげてくる。
「謝りたいんですけどね、そんなチャンス、なかなかないんですよ」
「でしょうね」
ちょっと意地悪な気持ちになって、放るような口調で言ってしまう。
謝りたいなんて、遠くに居るいじめられた人間には死ぬまで伝わらないのだ。
「だから、今度は誰かのためになりたいって、そう思うんです。だから、ここへ来たんです」
「それが、シイタケ、ですか?」
「そうです。僕にとってはシイタケでした。好きなことですし」
「シイタケ、ですか」
「はい、シイタケです」
猪塚が一瞬だけ笑顔をよこす。
美里はぎこちない笑顔を返した。
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