5-2
浮かれて東京に出た。大学に入ると、すぐに仲良しができた。東京出身のおしゃれな二人だった。三人でいつも一緒に行動した。
理想のキャンパスライフを手に入れたと思った。東京なんてちょろいじゃんと調子にのっていた。
しかし、小さな幸運は長くは続かなかった。
きっかけはある男子生徒のきまぐれだった。学内で一番かっこいいと評判の三年生の男子が私に近づいてきたのだ。
「ちょっとかわいいと思ったけど、違った」
彼はすぐに私に関心を失い、別の女子学生に声をかけていた。
「なんなのよ、一体」
彼に特別に関心をもてなかった私は、なんとも思わず、その出来事をスルーした。
しかし、仲良しの二人はこのことをさらっと流すことはなかった。
自分たちより垢ぬけない、ださいと見下していた地方出身者の友達が校内の有名人の関心を一瞬でもひいた。自分たちではなく。そのことが彼女たちのプライドを傷つけたのだ。
彼女たちは、私をあからさまに無視するようになった。別のグループと合流し、聞こえるように悪口を言ってくるようになった。
私は学校に通えなくなった。
「たった、あれだけのことで・・・」
「そんなに自分を責めるな。後で思えば小さなことでも、そのときは躓くこともあるものじゃ」
窓からの風が姫のまとっている白檀の香りを部屋に散らす。まだ消えないで。美里は姫を凝視する。
「暗い山はええのお。平和で」
「え?」
「追手が松明を持って追いかけてくるんじゃ。無数のたくさんの火が数珠つなぎになって、山を登ってくる。あれはおぞましい光景じゃった。何度ももう無理じゃと観念したものじゃ。ま、結果的に生き延びたんじゃが」
姫が笑ってみせる。美里も笑い返した。
「私も、灯りを見るのが怖かったことがあります。東京で」
「どんなふうにじゃ」
「ひきこもってたとき、夜を待って買い物に出てました。半額のお惣菜を狙って。スーパーに行く途中の公園から、新宿のビル群が見えたんです。小さな光が無数に、煌めいていて。遠くなのにまぶしかった」
「ふん、ふん、それで?」
姫の促し方は遠慮がなかった。でも気にならない。優しいということを知ったから。
「ああ、あの中に入れなかったなあ、あそこに居場所を見つけられなかったなあって、胸が苦しくなった。その中から私は弾きだされたんだ。拒絶されたんだ。認めてもらえなかったんだって・・・情けなくて、悔しくて、かっこ悪くて、泣けたなあ」
美里が苦笑してみせると、姫は小さく首を振り、美里の目を見据えた。
「大丈夫。もう過ぎたことじゃ。つらかったことを胸に、人は前に進むもんじゃ。進めるようにできておる。意地を張らずに、新しい環境に飛び込んでみろ」
猪塚のことを言っているのだろう。
「でも、私、陶芸も気になりだしてて・・・」
「両方やればいい。今はそれができる時代なんじゃろ。羨ましいのお」
「そうだけど」
簡単に言うなあ。
「とりあえずあいつに連絡じゃ。そこの四角いのを使ったら、簡単なんじゃろ?」
姫の指差すほうを見る。机の上にスマホが置かれていた。確かにあの中には猪塚の連絡先がはいってはいるが・・・
「ちょっと、かんたんに言わないで・・・」
顔を戻すと、姫は居なくなっていた。白檀の濃い香りが鼻に流れ込む。
この流れももう慣れたな。思いながら、美里は眠りにずぶずぶと沈んでいく。
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