5-1

 それからしばらく姫は現れなかった。

 陶芸と向き合う日々が続いた。自分の気持ちに気づいてからは、今まで以上に無心になれた。

 それは充実した日々だったが、それだけでは物足りない。美里がそう感じていたころ、姫は再び現れた。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」

「呼んでません。ってゆーか、なんでそんな言葉知ってんですか?」

「まあ、幽霊みたいなもんじゃからのお。死んだあとの世界に興味津々なわけじゃ」

 どんどん漫画チックになるな。そう思いながらも、姫の存在を受け入れている自分に気づく。

「気に入ったのなら、その男に沿えば良い。周りの思惑など、ちっちゃなことじゃ」

「いきなり本題ですか」

 姫がふっと笑って、窓辺に向かう。カーテンをひくと、窓を開けた。柔らかくぬるい風が吹き込んでくる。

「豪族に嫁がされたと言ったが・・・私は幸せじゃった。夫は私をいつも大切に大事に扱ってくれた。周囲のものも、みな親切で、精一杯サポートしてくれた」

 いきなりの告白に美里が言葉を失う。姫はそんな美里を見て、小さく笑って続けた。

「夫のルックスも好みじゃったしな」

「そうなんだ」

「ラッキーじゃったな。やっぱり顔は重要じゃ。それで無理せず好きになれたからのお」

「ですよね~」

 姫が黙り込む。視線の先には真っ暗な闇とそびえたつ巨大な山。

「ここへ来てからは、誰にも裏切られなかったしのお」

「え?」

「夜の山をいくつも越えた。追手に追われながら・・・」

 姫の声のトーンが変わる。美里は突っ込むこともできずに、次の言葉を待った。

「明るいうちに動くと、追手に見つかってしまう。だから、夜を待って山を越えた。怖かった。真っ暗な中を、小さな枝を蹴散らしながら進んだ。腕に小さな切り傷をいくつも作りながら、必死に進んだ」

 百済王の一族はこの地に逃げてきたのだ。追手を振り払いながら。

「獣がたてる小さな音にも神経を削った。がさっという音がしただけで、胸が潰れそうなぐらいに驚いた」

「つらかった、ですね」

「怖かったのお。ただ、ただ、怖かった。悔しかった。情けなかった。昨日まで親しかった者たちが、刀を振り、弓をひき、私たちを殺そうとする。憎かったのお」

「・・・裏切りって、堪えますよね」

「おまえも経験者じゃったのお」

「私なんて、全然。ぬるいものです。命もかかってないし」

「ぬるい苦しみなんてない。そこには時代なりの違いがあるだけじゃ。違う痛みがあるだけじゃ。痛みに優劣などない」

「そんな」

「昔は命が軽んじられとったしのお。それだけのことじゃ」

 美里は小さく首を振る。自分は甘かったと改めて思う。

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