4-1
猪塚四郎は写真よりもずっとかっこよく、若々しかった。垢ぬけている。東京にばっちりはまっているタイプだ。
どうしてこんな田舎へ。明るく見えて病んでるの? 美里は疑心暗鬼になる。
「きれいですねえ」
猪塚が周囲の山々を見渡しながら言う。本心から出た言葉と、聞いていてわかった。
「そうですねえ」
まあ、きれいっちゃーきれいだけど十何年も見ていれば飽きるよ。
そんなふうにいえるような仲では当然ない。
最初のデートなのに猪塚は気負ったところが全くない。
ちょこっとドライブして、景色の良いところで止めて、風景を愛でる。もう何か月も付き合っているカップルのデートみたい。
美里は、この人真面目に見えて、ほんとは結構女慣れしてんじゃないとこれまた訝る。
デートスポットを辿るような初々しいデートをされても困るのだが(そもそもこのあたりにそんなにデートスポットはない)。
「あの・・・」
「はい」
「どうして、シイタケを?」
「ああ、それは・・・好きなんですよ、シイタケ」
「え?」
それだけ?
「小さい頃は嫌いだったんだけど、高校生ぐらいからはまっちゃって」
はまる? シイタケに? 男子高校生が?
「それで健康にもいいでしょ? 食物繊維たっぷりだし」
「はあ」
「良質なシイタケを低コストで安定的に大量生産して、生産者と消費者の関係をウィンウィンにしたいんです」
「そう、ですか」
頭が良すぎる人間って、やっぱりどこか突き抜けている。同じ学校から東大に進んだ男子もいたが、やはりかなり変わっていた。
明るくて優しいんだけど、皆が考えもしないようなことをさらっと口にすることが度々あった。
慣れるのか、自分? 好きになれるのか、自分? 急に疑念が自分の中で膨らむ。美里はたまらず、核心に迫る質問を口にしてしまう。
「あの、これってお見合いなんですよね?」
「え?」
猪塚が驚いた顔で固まる。え? 違ったの? そのとき、猪塚の顔がくしゃっとほぐれた。照れ笑いを浮かべている。
「なんだか、そうみたいですねえ。でも、ぜんぜん気にしないでください。ラフな気持ちで。東京の話をできる友達ぐらいに思ってもらえたら。俺もお父さんたちにはいろいろ世話してもらってるから、断れなくて・・・あ、でも、嫌ってわけじゃないですよ。そーゆーわけでは全然ないです」
「はあ」
美里は曖昧に笑い返した。敵も自分と同じような心境でこの見合いに望んだわけだ。この人、ほんとにいい人だな。美里の気持ちも軽くなる。
東京の思い出話か。知ってるんだ、この人も、私の挫折を。当たり前か。
「川の流れる音がしません?」
「え? ああ、しますね」
「ちょっと降りてみましょうか」
「じゃあ、案内します。私、降りたことあるんで」
「お願いします」
美里は猪塚の前を歩きはじめる。
とりあえず、今日は来てよかった。
小さなハードルだが、自分はそれをゆっくり跨いだなと美里は思った。
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