3-2


「ま、難しいことはいいではないか。導かれるままに進む。それが流れ者の生きる道」

「流れ者」

「おまえも流れてきたようだな。それも、ずいぶんと華やかなところから」

「いえ、私は、流れてきたんじゃなくて、戻ってきたってゆーか。どっちかってゆーと、いったん流されていった、みたいな」

「ふーん、なんかはっきりしないのお」

 女は堂々としていて、はっきりと物を言う。姫というのは嘘じゃないのかもしれない。

 女には威厳というか、人の上に立つことに慣れている者がもつ独特の雰囲気があった。

「すみません」

「で、するのか? 見合い」

「どうして知ってるんですか?」

「どうしてって、現世の者じゃないからのお。いろいろと広く知れるわけじゃ」

「そ、そうですか」

「情にほだされて、覚悟のないままに行動しても、後で泣きをみることになるぞ。周囲も苦しめる」

「そんなこと・・・言われてなくても、わかってます」

「そうか、じゃ、いいが」

 姫が六花鏡の一辺を優しく撫でる。その指の白さ、細さは浮世絵のような美しさだった。

「あの・・・」

「なんじゃ」

「そんなにお気に召されたなら、それ、差し上げます」

「いいのか?」

 姫の顔がほころぶ。大輪の花が咲いたような美しさだった。

「うれしいのお」

 姫が六花鏡もどきを抱きしめ、身を震わせている。

 そんなに喜んでくれるなんて。

 自分が作ったものが誰かを小さく熱狂させている。その事実に心が震えた。

 プロになれるわよ。

 講師の中年女の言葉が頭をよぎる。

「じゃ、またな。おまえとおまえの鏡に必ず会いに来るからのお」

 姫はゆっくりとベッドの足元に六花鏡もどきを置いた。

 そしてゆっくりとこちらに背をむけると、ふっと姿を消した。

「いったい、何?」

 強い白檀の匂いがして、頭がクラクラする。

 姫が着物に焚き染めていた香の匂いだろうか。

「急にきた・・・」

 そこからは何も覚えていない。夢が途切れているのはノンレム睡眠に移行したからだ。

 そうだ、そうに違いない。

 現実的に考えなければ。私はまだ弱い。弱っている。病んでしまいたくはない。

 しかし、現実は残酷だ

 翌朝、足元に違和感を感じ目が覚めた。机の上に置いていたはずの六花鏡もどきが、ベッドの端を布団を押しつぶしていた。

「私、おかしくなっちゃったのかな」

 何事も早く。急いで。

 叔母の言葉を思い出す。年よりの言うことはやはり正しい。

 情にほだされて、覚悟のないままに行動しても、後で泣きをみることになるぞ。

 姫の言葉が続く。

「百済の姫・・・」

 とりあえず見合いだ。

 現実にきちんと向き合うこと。

 今の自分に必要なのはそういうことなのだ。

 きっと。たぶん。

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