妖狐の婿取り、後日談【1:1:0】10分程度

男1人、女1人

10分程度


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「妖狐の婿取り 後日談」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

胡夏♀:

九郎♂:

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胡夏M「我ら一族は、呪いを受けている。

遠い昔、先祖が陰陽師により住処すみかを追われ、各地を彷徨さまよっていた際、『夜刀神やとのかみ』と遭遇し、それ以降、子を宿しても流れるようになった。

一族の血統を諦めた、そんな我らが、今日こんにちまで存続しているのは、その先祖を救った人間の『魂の生まれ変わり』の者とであれば、子を成せると分かり、代々、我ら一族の当主は、その『魂の生まれ変わり』の者を探し、子を成してきたためだ。

そして私も当主として、血統を紡ぐ運命さだめを背負っている。

そんな運命さだめに、少なからず不安はある…

一族の血統を絶やしてはならぬという重圧…

今までの当主も、同じ気持ちであったのだろうか…」


九郎M「胡白が亡くなってから、俺は前より人と関わるようになった。

人にも妖怪にも嫌気が差し、荒れた生活を送ってきた俺が、胡白のお陰で人並みの生活を送り、ささやかながら幸せというモノを知った。」


胡夏M「みずからの持っている力の全てを子にたくし、生命いのちまっとうする。

例に漏れず私の母も、私を産んですぐに亡くなっている。

私は一族が暮らす里で当主として育てられ、子を成せる年齢になったら『魂の生まれ変わり』の者を探す旅に出るのである。」


九郎M「毎日、庭のやしろに手を合わせ、胡白に感謝しながら日々を懸命に生きている。いつか天寿てんじゅまっとうした時、胸を張って胡白に会えるように。」


胡夏M「私の父は、動物や妖怪が安心して暮らせるよう、自然のまま、人間の都合で荒らされる事のないようにと、山を買ったのだそうだ。

私も幼い頃、よくその山で遊んだ。そして、やしろに拝む父を見た。」


九郎M「ある夜、ちりん、と鈴のなる音が聞こえると、玄関先に妖怪の気配がした。」


(間)


胡夏「夜分、すみません。…九郎さんはいらっしゃいますか」


九郎「…九郎は俺だ。お前は誰だ。」


胡夏「…胡夏と申します。」


(間)


九郎M「…胡夏。まだ若いその声に、淡い期待をいだく。

戸を開けると美しい少女が立っていた。」


(間)


胡夏「あなたが、九郎さんですか?」


九郎「そうだ。…それで、俺に一体何の用だ?」


胡夏「………」


九郎「まぁ、こんなところに立っていても何だ、中に入れ。」


胡夏「し、失礼致します。」


九郎「…さて、胡夏と言ったか。」


胡夏「はい。」


九郎「お前さん………胡白の娘か?」


胡夏「…はい。」


九郎「…そうか…ふっ…こんなに大きくなったんだなぁ…母親にそっくりだ」


胡夏「………」


九郎「何か話があって来たのではないのか?」


胡夏「…本当は…会いにきてはならぬおきてなのです…」


九郎「ふむ、だろうな。そっちのおきてなどは知らんが…

それでも、俺に会いに来た理由があるのであろう?」


胡夏「…はい。…父上は、母と夫婦めおととなって、後悔しておりますか?」


九郎「…なぜそう思う?」


胡夏「…我々は、子を産めば生命いのちを落とします。共に生きる事は叶いません…

それでも母を受け入れた、父上のお気持ちが聞きたいのです。」


九郎「後悔なんてしてねぇさ。俺は胡白のお陰でまっとうな人間としての生き方が出来る様になった。感謝しかねぇ。

それにな…子を産んだら死ぬなんて、お前が生まれるその日まで、知らなかったのさ。」


胡夏「…え」


九郎「胡白は自分が死ぬと分かっていて、それでも言えなかったんだろうな…

何故言ってくれなかったのかと思ったが、最後に胡白は『子を成せなかったなら、共に過ごす未来があっただろう』と言っていた。

しかし一族の血統を紡ぐ事が、当主としての役割だろう。

自分の人生など二の次だ。

それでも、お前を産む直前まで言えなかったという事は、俺との生活を大切に思っていてくれたんだと、…そう思っている。」


胡夏「そう、だったのですね…」


九郎「…お前もこれから『魂の生まれ変わりの者』を探す運命さだめなのだろう?やはり、不安か?」


胡夏「…はい。もし、『魂の生まれ変わり』の者を見つけられなかったら…見つけたとして、夫婦めおととなれなかったら…夫婦めおととなっても、子を成せなかったら…

これまで、血統を紡いできた当主達も、同じ思いだったのかと、日々考えてしまいます」


九郎「そうか…胡白も同じ思いでいたよ」


胡夏「母上も、ですか…?」


九郎「ああ。おのれの未来、おのれの人生よりも、一族の血統を優先し生きるという事は、俺には計り知れない程の重圧であったのだろう…」


胡夏「………」


九郎「お前なら大丈夫だ、なんて、簡単に言える事じゃあねぇ。

俺はお前に、父親らしい事など何一つしてやれなかった。

…だがな。

お前は、胡白と俺の子だ。きっと大丈夫だと、俺はそう信じている。

その上で、お前には幸せになってもらいたいと願っている」


胡夏「…っ!…ありがとうございます」


九郎「…胡夏…会いに来てくれてありがとうよ」


胡夏「私も、父上の話を聞けて良かったです…自分の運命さだめと向き合って行けそうです。…っと、長居をしてしまいました、そろそろ帰らなければ…」


九郎「そうだ、少し待っておれ」


胡夏「…?」


九郎「…あったあった。ホラよ」


胡夏「…これは…油揚げ!」


九郎「胡白が身重みおもだった時に食べさせてやっていたものだ。

たまに庭のやしろに供えておるのだが、他のモノを供えた時よりもすぐに無くなる。

拝み終わって家に入ろうと戸に手をかけ、振り返った時にはもう無かった事さえあった。

…あれはお前の仕業しわざだろう?」


胡夏「…ふふっ、母も、これが好きだったのですね…」


九郎「随分とお転婆てんばに育ったものだな」


胡夏「父上…本日ほんじつはありがとうございました。

父上と話が出来て、良かったです。」


九郎「俺もだ。…達者で生きてくれな、胡夏…」


胡夏「はい。父上も、どうかご達者で、生きてくださいまし…」


(間)


胡夏M「あと数年もすれば、私は旅に出る。

一族の血統を紡ぐ、おのれ運命さだめまっとうするための旅に。

…もちろん不安はある。

けれど。

父上からかけて頂いた言葉を胸に、生きて行こうと思う。

今は、『きっとなんとかなる』と、そう思えるから。」

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