妖狐の初恋【2:1:0】40分程度

男2人、女1人

40分程度

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胡夏(こなつ)

狐の妖怪『妖狐』の少女。

先祖が受けた呪いにより、先祖を救った人間の『魂の生まれ変わり』の者を探す旅をしている。寿命は数百年。感情が表に出やすい。


松生(まつお)

町の役人をしている男。

人懐っこくて世話焼きな性格のため、町の人に好かれている。


辰一(たついち)

この町にある地主の家、藤吉家の長男。

家の権力、財力を使って好き放題に振舞う。

無類の女好き。怒りっぽく、暴力を振るうことも。


宮(みや)

藤吉家に仕える女性。

先代の頃から住み込みで仕事をしている。


操(みさお)※台詞なし

辰一の嫁。良家の娘で、辰一の親に見初められて辰一と結婚した。

妊娠しており、体調があまりよくない。


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「妖狐の初恋」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

胡夏/宮♀:

松生♂:

辰一♂:

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胡夏M(我ら一族は、呪いを受けている。

遠い昔、先祖が陰陽師により住処すみかを追われ、各地を彷徨さまよっていた際、『夜刀神やとのかみ』と遭遇し、それ以降、子を宿しても流れるようになった。

一族の血統を諦めた、そんな我らが、今日こんにちまで存続しているのは、その先祖を救った人間の『魂の生まれ変わり』の者とであれば、子を成せると分かり、代々、我ら一族の当主は、その『魂の生まれ変わり』の者を探し、子を成してきたためだ。

そして私も当主として、血統を紡ぐ運命さだめを背負っている。)



胡夏「…この匂い…間違いない。

子供の頃に嗅いだ、父上と同じ匂い。

どこか懐かしくて、そして胸が温かくなる、そんな匂い。

でも、こんなに人間がいる町だなんて…

…ううん、そんな事言ってられない。

見つけなきゃ。

そして…」



松生「おっと!すまないね、嬢ちゃん!」


松生M(細い脇道から出てきた女。

ぶつかりそうになった直前、上手く身をかわした。はずだった。

女と目が合う。大きな、黄金色こがねいろに光るその瞳は、吸い込まれるような深さだった。

その瞬間、全身が痺れた。

比喩などではなく、間違いなく、痺れた。

結果、体は上手く動かず、女にぶつかってしまった。)


胡夏「きゃっ」


松生「だっ、大丈夫か?!すまない、かわしたつもりだったんだが…」


胡夏「…大丈夫、それじゃ」


松生「ちょ、ちょっと!待てって!

あんた、この町の人間じゃあないだろう?

俺は役人でねぇ、この町に住んでる奴は、みーんな知ってるんだ!

一人で何してるんだ?もしかして迷子か?」


胡夏「…迷ってない」


松生「本当に?」


胡夏「本当に…もう行くから。

どいてくれる?」


松生「あっ、ああ…

あ、なぁ!あんた、名前は?!」


胡夏「…聞いてどうするの?」


松生「どうするの、って…理由がなけりゃ聞いちゃいけないのかい?」


胡夏「…聞いても仕方ないじゃない。

あなたとはこれきり。

もう会わないだろうし、言う必要もない」


松生「釣れねぇなぁ…

ん〜…じゃあ!次会ったら、教えてくれよ!」


胡夏「…会ったらね」


松生「おう!約束だぞ!!」


-松生、笑顔で手を振り、見送る


胡夏「…変な奴…」



胡夏「…立派なお屋敷だな…

ここから強い匂いがする…きっと、ここに住んでる…

…父上の魂を受け継いだ人間…

どんな人なんだろう…

…父上のように、優しい人だったらいいな…

…うん、大丈夫。だって、父上はあんなに優しかったもの。

だから…」


辰一「(怒鳴りつけるように)おぉい!帰ったぞ!!」


胡夏「…っ!あの人…」


辰一「おおい!!!主人が帰ったと言っているだろう!!!早く出迎えんか!!!」


松生N「男がそう怒鳴ると、女が二人、屋敷の中から出てきた。

怒鳴り散らす男の側に駆け寄ると、女は殴りとばされ地面に伏す。

するともう一人の女が急いで駆け寄り、倒れた女を気遣う。」


辰一「家主が帰ってきたら、一番に出迎えるのが妻だろう!!!

全く、こんな出来損ない…一体どんな教育を受けてきたんだ?!

家に返してもいいんだぞ?!」


松生N「そう言い放った男に対し、女は泣きながら必死に詫びの言葉を吐いた。」


辰一「ウチに嫁いだからには、それなりの振る舞いをしろ!!!

お前がそんなんだと俺が恥をかくんだぞ?!分かっているのか?!

それとも、泣いて詫びれば許されるとでも思っているのか?!

ほら!さっさと立て!!!

…っと…その汚れた着物で敷居を跨ぐなよ?分かってるよなぁ?

…入るなら裏口から入れ。早くしろ!!」


松生N「そう怒鳴りつけると、男は家に入っていった。」


胡夏「…あの男が…嘘でしょ…」


(間)


辰一「おい、茶を入れろ!」


宮「旦那様、少々お待ちください。

すぐにお持ち致します」


辰一「みさおはどうした?」


宮「奥方様は今、お着替えになっております」


辰一「…全く…旦那に茶の一つも出せないなんて、不出来な嫁もいたもんだ」


宮「旦那様、奥方様は身重でございます。今は稚児ややこのために、安静にとお医者が…」


辰一「女は身籠ると茶も出せなくなるのか?

ただ怠けているのであろう…全く、嫌味な態度を取りおって…」


宮「大事な跡継ぎが産まれるまでは、どうか…」


辰一「ふん」


(間)


-胡夏、川辺に座り、遠くを見つめている。


胡夏「…」


松生「…おぉ?」


胡夏「…」


-松生、胡夏に気付く。


松生「おーおーおー!!!

昼間の嬢ちゃんじゃねぇか!」


胡夏「…っ!あんたは…」


松生「また会ったなぁ!

なぁ、約束、忘れてねぇだろうな?(笑顔で)」


胡夏「…さぁ、なんだったっけ?」


松生「おいおいおい、そりゃねぇだろう!

次会ったら、お前さんの名前を教えてくれるって話だったじゃねぇか!」


胡夏「なんでそんなに聞きたいの?」


松生「聞いちゃ不味いのかい?」


胡夏「別に…不味くはないけど…」


松生「じゃあいいじゃねぇか!

俺は松生まつおって言うんだ!!」


胡夏「…………胡夏こなつ


松生「胡夏こなつ…」


胡夏「…なんだよ」


松生「いやぁ、可愛い名前じゃねえか!なんで言うの嫌がってたんだよ?」


胡夏「はぁ?別に自分の名前が嫌いで言いたくなかった訳じゃない、ただっ…」


松生「ただ?」


胡夏M(人と関わることを避けたかった、と言ったら、怪しまれるだろうか…)


松生「ただ、なんだよ?」


胡夏「〜っ、お前と!関わりたくなかったんだ!」


松生「なんだよそれ!?初対面で失礼な奴だなぁ!

それとも前に会ったことでもあったか?!」


胡夏「…いや、ないけど」


松生「ふぅん…

…お前、人が嫌いなのか?」


胡夏「…っ!」


松生「見りゃあ分かる。人を寄せ付けない目をしてた。」


胡夏「…」


松生「それがだ。昼にはあんなツンケンしてた嬢ちゃんが、日暮れに寂しそうに川を眺めてるなんてな」


胡夏「なっ、寂しそうになんてっ!」


松生「違うのか?俺は人を見る目には、自信があるんだがな」


胡夏「……そんなに、寂しそうにしてた?」


松生「あぁ、そりゃあもう今にも泣きそうな様子だったな」


胡夏「泣きっ…!…う……あ〜……そう…」


松生「何かあったのか?」


胡夏「それこそ、アンタには関係のない話さ」


松生「そうかい。

それはそうと胡夏こなつ、お前さん、宿はどうするんだい?」


胡夏「宿?そんなの、適当なところで寝るさ」


松生「はぁ?野宿でもしようってのか?!

年頃の女が危ない事をするな!!宿なら俺が紹介してやる!!」


胡夏「いらない」


松生「はぁ?…んじゃあ…俺の家に来るかい?」


胡夏「…はぁ?」


松生「安心しろ!俺は独り身だ!!遠慮はいらねぇ!!」


胡夏「いや、そうじゃなくて…」


松生「もちろん、布団は別々だ!離して敷くし、襲いやしねぇから…」


胡夏「お、襲うって、」


松生「あ、いや!そうじゃねぇ!勘違いすんな!!

下心はねぇからって意味で…!!」


胡夏「当たり前だこの馬鹿!!!

何言ってんだ!!一回頭冷やせ!!」


松生「お、おぅ、そうだな…!!」


-松生、立ち上がり、川に向かって走って行く


胡夏「なっ、お、おい!何して…」


-松生が川に飛び込む


胡夏「っ!」


松生「…ぷはぁ!!!」


胡夏「おい、いきなり川に飛び込んで…!何やってんだ!!」


松生「頭を冷やしてるんだよ!!!」


胡夏「…は、はぁ?」


松生「っふぅ!!!水が気持ちいいなぁ!!!」


胡夏「…ぷっ…あははっ!あははははははっ!!…ほんと、馬鹿だねぇ…」


松生「あー?何か言ったかー?」


胡夏「何も言ってないよ。んじゃ、私行くから」


松生「はぁ?!行くってどこに?!」


胡夏「またな」


松生「っ!なぁ!おいって!!

……〜〜〜っ、おい、待てって!!!」



胡夏「お人好しな、馬鹿」


胡夏「…でも暖かい…」


-辰一を思い出しながら


胡夏「…」


胡夏「…それに比べて、あいつは…」


胡夏「最低な、男」


胡夏「信じられない。

あんな、あんな奴が、父上と同じ、魂の生まれ変わりだなんて…

…信じたくない…」


胡夏「はぁ…どうしよ…」



-翌日の朝


胡夏「(眠そうに)…んっ、なんだ…騒がしいな…」


辰一「金を返せねぇったぁ、どういう了見だぁ!?

今日は金を返す日だろう?わざわざこの俺が!!出向いてやったんだぞ!?」


胡夏「なんの騒ぎだ…?」


辰一「俺はアンタのために貸してやったんだ。アンタが商売で成功して、きちんと返すって言ったから、それを信用して貸してやったんだぞ!?えぇ!?」


胡夏「…アイツ…」


-松生、胡夏の後ろに現れる


松生「またかぁ〜」


胡夏「お前…」


松生「よっ、昨日ぶり。

どこでを明かしたんだ?心配したんだぞ?」


胡夏「どこだっていいだろ。それに心配って…子供じゃないんだから」


松生「子供じゃなくても女だろ!

危ないことはするんじゃねぇ!」


胡夏「うるっさいなぁ…

それより、『またか』ってどういう事?」


松生「ん?あぁ、アイツ。

あの男はな、この町にある地主の家の長男でな。藤吉ふじよしって言えばみんな知ってる。

家柄こそいいが、去年親父が亡くなってから、アイツはやりたい放題してるって訳。

金に困ってそうな奴を見つけては金を貸して、無理な取り立てをする。支払うまでな。大概の奴は金を返せなくてどこかに売り飛ばされる。売り飛ばされた後は…誰も知らねぇ。

奴隷みたいに働かされるとも、刀の試し切り用に買われるなんて噂もある。

それに…」


胡夏「…それに?」


松生「アイツは色を好む」


胡夏「色?」


松生「ああ。無類の女好きでな、綺麗な顔してる奴は片っ端から手篭てごめにされる。

だから胡夏!絶対、近づくなよ!!」


胡夏「…ふぅん」


胡夏M(妻帯者さいたいしゃでも手を出してくれるなら、好都合か…)


-辰一が松生に気付く


辰一「なんだ、松生じゃねぇか」


松生「まずいな、気付かれた…」


胡夏「知り合い?」


松生「言ったろ。俺は役人だ。この町の人間は全員知ってるし、知られてる。

それより早く逃げろ」


胡夏「なんだよ、逃げろって」


松生「いいから!早く!」


-辰一が近寄ってくる


辰一「んん?お前さん、見ない顔だな?」


胡夏「…」


松生「あ、ああ!昨日この町に来たばかりなんだ。旅をしていて、今日にも町から出て行く」


胡夏「はぁ?」


松生「いいからお前は黙ってろ」


辰一「フゥン?…お前、綺麗な顔をしているな。もっとこっちへ来い。

なぁに、取って食ったりやしねぇさ」


松生「お、おい」


胡夏「いいよ」


松生「はぁ?」


辰一「ほぅ…近くで見れば見るほど別嬪べっぴんだな!!

名は何という?今日、町を出るのか?」


胡夏「名前は胡夏こなつ。町にはまだ滞在たいざいする予定です」


辰一「そうかそうか!!

なぁ、胡夏こなつ、これから俺と出かけないかい?いい店を知ってるんだ」


松生「おい、やめてくれコイツは…」


胡夏「いいよ」


松生「胡夏こなつ!」


辰一「はっはっは!フラれたな、松生まつお

じゃあ行こうか、胡夏こなつ。この町を案内してやる!!」


松生「…っ!胡夏こなつ!!!」



辰一「胡夏こなつはこの町に何しに来たんだい?故郷ふるさとは?」


胡夏「故郷ふるさとは…ここよりずっと田舎です。

親は居らず、身一つで旅をしています。」


辰一「ほぉ、女一人で…なんともたくましいな。

だが年頃の女が一人旅など、苦労することも多いだろう。

どうだ、この町に留まる気はないのか?

何、住むところも仕事も、俺が用意してやるさ」


胡夏「…何故会ったばかりの私に、そんなに良くしてくださるのです?」


辰一「んん?はっはっは!!

俺の家はここいらじゃちょっと名の知れた名家めいかでな。

一人や二人くらいの世話など、お安い御用って訳さ」


胡夏「…ですが、私はそれに見合う物をお返し出来ません」


-辰一、胡夏を舐め回すように見る


辰一「ん〜?

別に何かを返して欲しい訳じゃあねぇさ…

ただ、困っているのなら、俺なら力になってやれるってだけの話だ」


胡夏「…そう、ですか」


辰一「まぁ、返事は急いじゃいねぇさ。

今日明日きょうあすの宿は俺が用意してやる。

それでいいか?」


胡夏「…はい、ありがとうございます」


辰一「はっはっは!!

なぁに!俺に頼れば悪いようにはしねぇよ!!」


宮「…!旦那様!」


辰一「ん?…なんだ、おみやか。

こんな所で何をしている?」


宮「はい、食材の買い出しで。

…そちらのお方は?」


辰一「おぉ、こいつは胡夏こなつと言ってな。女一人で旅をしているそうだ。」


宮「…そうですか」


辰一「しばらく、身を預かることにした」


宮「…お言葉ですが旦那様、奥方様の具合がよろしくありません。

今はお側にいてやってくださいまし…」


辰一「なんだ、今度は仮病か?全く、怠け癖のひどい奴だ」


宮「奥方様は決して怠けてなどおりませぬ。

稚児ややこを産むということは、命懸けの事であります。どうか、お側に…」


辰一「うるさい!!家のあるじに意見するとは、随分お前も偉くなったものだな?」


宮「意見など…!!私はただ、奥方様のお体を心配して…」


辰一「ふん、俺も忙しいのだ。

しばらく家を空けることになる。」


宮「…分かりました…」


辰一「さ、行こうか、胡夏こなつ



-一人残されてモヤモヤする松生。


松生「……」


松生「…あぁ、くそっ」


宮「…松生まつお…さん?」


松生「ん?…おみや、さん…」


宮「お久しゅうございます、お元気でしたか?」


松生「あ、ああ。おみやさんはどうだい?」


宮「ええ、変わらずでございます」


松生「そうかい。それなら良かったよ」


宮「……」


松生「…どうかしたのかい?」


宮「…えぇ…奥方様の具合が、あまりよろしくなくて…」


松生「医者はなんて言ってるんだい」


宮「安静に、と…」


松生「そうか…今は大切な時期だからな…」


宮「そう、ですね…」


松生「アイツは相変わらずかい?」


宮「…(申し訳無さそうに頷く)

それに…先程、若い女性を連れてまして…しばらく家を空けると申されました…」


松生「…そうか」


宮「…あぁ、いきなりこんな事を言われても困りますよね…」


松生「いや、いいんだよ。

話した方が楽になることもある。

それに、俺以外にはこんな事言えねぇだろ」


宮「…(困っているように笑う)」


松生「となると、今回も大木屋おおきやだろうな」


宮「そうでしょうね…」


松生「おみやさんはみさおさんの側にいてやってくれ。

なぁに、あんな男、家にいない方がお腹の子にもいいさ」


宮「…ふふっ…ありがとうございます…」


松生「二人とも、無理のないようにな。

何かあれば頼ってきな。遠慮はいらねぇからよ」


宮「…はい……では、そろそろ戻ります。

松生まつおさんも、お体にお気をつけてくださいね」


松生「はっはっは!知ってるだろう?

昔っから体の丈夫さだけが俺の自慢なんだぜ?」



辰一「どうだ、いい部屋だろう?」


胡夏「…はい。立派な旅館ですね…」


辰一「親父の代から贔屓ひいきにしてる旅館でな。

何か足りないものがあれば言えよ?すぐに用意させるからな!」


胡夏「あ、あの…」


辰一「ん?どうした?」


胡夏「辰一さんは…今晩どちらに…?」


-辰一、いやらしい笑みを浮かべる


辰一「なんだ、寂しくなったのか?」


胡夏「あ…あの…」


-胡夏の腰を抱き寄せる


辰一「んん?どうした?」


胡夏「辰一さんは、その…奥さんが、いらっしゃるんですよね…」


辰一「…そうさなぁ…」


胡夏「…私…」


-胡夏、辰一に耳打ちをする


辰一「…ふっ」


胡夏「あ、でも…私、こういうの、初めてで…」


辰一「何も心配いらないさ…俺に任せておけ…」


胡夏「心の準備を…したいんです…

だから…また明日…明日は、辰一さんのお部屋に…お邪魔しても、いいでしょうか…?」


辰一「もちろんだよ、胡夏こなつ…お前は素直でいい女だなぁ、んん?」


胡夏「…」


辰一「ほら、こっちを向け」


-辰一、胡夏の顔を引き寄せて接吻をする。


胡夏「んんっ…!んっ、んんっ、…んっ、…ぷはぁ!…はぁ、はぁ…」


辰一「…くっくっく…

じゃあ、また明日な………おやすみ、胡夏こなつ


胡夏「おやすみ、なさい…」



胡夏「…これで…血族の血を絶やさずに済むんだ…簡単な話じゃないか…」


胡夏「なのに…なんでこんなに苦しいんだろう…」



-翌日の昼過ぎ、大木屋から出てくる胡夏と辰一。


辰一「よく寝れたかい?」


胡夏「…はい、ありがとうございます」


辰一「さ、今日はどこへ行こうかねぇ…」


胡夏「(呟くように)…川が見たい」


辰一「川ぁ?そんなんでいいのかい」


胡夏「…はい」


辰一「じゃあ適当にぶらつくか」



-川沿いを歩く胡夏と辰一


胡夏M(この前はここで、あんなに笑ったのに…)


胡夏M(今は上手く、笑えない…)


辰一「なぁ、胡夏こなつ


胡夏「はっ、はい!」


辰一「この町に留まる気になったか?」


胡夏「…そう、ですね」


辰一「はっはっは!!!

そうかそうか!!!

なぁに安心しろ、お前の世話は全部俺がしてやるからなぁ!!!」


胡夏「…はい」


-機嫌がいい辰一の横で、俯きながら歩く胡夏


胡夏M(大丈夫、うまくいく…)


胡夏M(だけど…)


胡夏M(本当に、これでいいの…?この男との子を産んで…)


胡夏M(…死んでしまうのが、私の…当主としての運命さだめ…)


辰一「…」


胡夏「…」


辰一「しかし、川辺は冷えるな」


胡夏「…そうですね」


辰一「そろそろ、飯にでも行くか」


胡夏「…はい」


-川辺を離れる二人


辰一「…」


胡夏「…」


辰一「…」


胡夏「…?あ、あの…」


辰一「んん?どうした?」


胡夏「どこに、向かってるんですか?

大通りからどんどん遠ざかってる気がするんですが…」


辰一「ふっふ…なぁに、いい所だよ…」


胡夏「…(不安な顔になる)」


辰一「なぁ胡夏こなつ、俺の人生はなぁ、俺の望む通りになるんだよ」


胡夏「…?」


辰一「けどなぁ、二つだけ、俺の人生に余計なものがある」


胡夏「…」


辰一「一つは親父。何かと体裁ていさいを気にする男だった。まぁ俺のために色々やっていたようだが、目の上のタンコブってやつだな…とにかくうるさかった。」


胡夏「…」


辰一「そんな親父も、去年死んだ」


胡夏「…」


辰一「そしてもう一つ…」


辰一「…なぁ、着いてきてんのは分かってるんだよ。

出てこい。」


-後ろを振り向くと、脇道から松生が出てくる


松生「………」


辰一「お前も懲りねぇ男だなぁ…」


松生「うるせぇ。みさおさんが泣いてるぜ?」


辰一「はっ。親父が勝手に決めた女だ。いいのは顔だけ…

まぁ、夜の方ももっと良けりゃあ、可愛がってやるんだがな」


松生「救いようのねぇ男だ」


辰一「はぁ…お前もいい加減、目障りなんだよ…

そろそろ俺の前から消えてくれるか?」


辰一「おい!」


胡夏N「辰一たついちがそう合図すると、どこからか隠れていた男たちが出て来て、すっかり松生まつおを取り囲んでしまった。そいつらの手には角材が握られていて、嫌な笑みを浮かべていた」


松生「ふんっ、こんなこったろーと思ったよ」


辰一「負け惜しみにしか聞こえんな」


松生「あんたはいつもそうだ。

親父にはバレないように、俺に散々嫌がらせをしてきてくれたよな」


辰一「嫌がらせ?何を言う。

可愛い弟に、そんなことする訳がない」


胡夏「…弟?」


辰一「そうだ、こいつは、俺の弟なんだよ」


松生「…藤吉家ふじよしけとは縁を切った。親父が死んだ、あの日にな」


辰一「そんなことをして、俺から逃げれるとでも思ったのか?

くっくっく…お前はいつも、いい女を連れていたからな。

だが、馬鹿な女ばかりだった」


松生「よくもそんな事が言えたな…」


辰一「なんだ、男の嫉妬は醜いぞ?」


松生「その女達を酷い目に遭わせて、親父はそれを隠すのに必死だった。

だから俺は、あの家を捨てたんだ」


辰一「それでも、こうやってまた取られるなんて、笑っちまうよなぁ?」


-辰一が胡夏の腰に手を回す


胡夏「きゃっ」


松生「胡夏こなつっ!」


辰一「コイツはなぁ、心底俺に惚れてるんだ。残念だったな、松生まつお

おい、やれ!」


胡夏N「辰一たついちがそう言うと、男達が松生まつおに暴行を始める」


松生「がっ!…うっ!…うぐっ!」


辰一「はっはっは!!!いい気味だなぁ!?

お前は昔っから生意気だった。

俺を見下すような目が気に入らなかった。

…それも、今日までだ」


松生「うっ、ぐっ、うあっ!!」


胡夏「ちょ、ちょっと…」


辰一「んん?なんだ?同情しちまったのかい?お前は優しいなぁ」


松生「なつ…に、げろっ…」


辰一「逃げろ?何から逃げる?コイツは俺の女だ。そうだろ?胡夏こなつぅ」


胡夏「…っ」


辰一「なんだ、恥ずかしいのか?

だが、ちゃんと言えないのなら、お前もここで乱暴にしてやってもいいんだぞ?」


松生「やっ、めろ…!!」


胡夏「っ!私は、辰一たついちさんを…」


辰一「俺を?」


胡夏「お、お慕いしております……だから…」


辰一「くっくっく…だから?

昨日、俺に言ってくれたことも、こいつに聞かせてやってくれないかい?胡夏こなつ


胡夏「っ、だ、だから…私…辰一たついちさんの…辰一たついちさんとの……」


辰一「ほら、ちゃんと言ったら、お前が望むものをくれてやるぞ?」


胡夏「…こっ、子供が、欲しい…」


松生「っ!」


辰一「はっはっはっ!!!いやぁ、モテる男は辛いねぇ!!

いいぜ胡夏こなつ…今夜、たっぷり可愛がってやるからなぁ」


松生「こっ、こな…つ…!うぐっ、嘘をっ!ぐっ、…くなっ…!!」


辰一「嘘ぉ?この期に及んで見苦しいねぇ…」


松生「ぐっ、あっ、ぐぅっ…じゃあ、なん、でっ…泣いてるんだよっ!!」


胡夏「…ぇ」


松生「俺じゃあっ、お前のっ、望みをっ、叶えてっ、やることはっ、出来ないかも知れないっ!

けどなぁっ!

お前がっ!望んでないことはっ!分かるんだよっ!!」


胡夏「…なんで…」


松生「なんで?…ぐっ…そんなの…」


胡夏「…っ」


松生「お前にっ!惚れてるからに決まってるだろぉ!!!」


胡夏「…っ!!」


辰一「はっはっは!!滑稽こっけいだな、松生まつお…」


胡夏「…めて…」


辰一「あん?」


胡夏「もうやめてっ!死んじゃうよ!!」


辰一「別に死んでも構いやしねぇさ。

ほら、俺たちはもう行くぞ、胡夏こなつ


松生「こ、なつ…」


-俯き、動かない胡夏。


胡夏「…や」


辰一「…どうした?」


胡夏「…いやだ」


辰一「…はぁ?」


胡夏「私はっ…あ、あんたなんかっ…!!好きじゃない!!!」


辰一「あん?」


胡夏「嫌いだっ!お前なんかっ…!!大っ嫌いだぁっ…!!!」


-辰一、胡夏を殴り飛ばす


胡夏「うぐっ!!!」


松生「胡夏こなつっ!!!」


辰一「はぁ〜…残念だよ胡夏こなつ…こんな馬鹿な女だったとはな…

おい、一緒にやっちまいな!」


-松生、暴行により目もよく見えず体も動かないが、胡夏を守ろうと必死に声を上げる。


松生「くっ、胡夏こなつ!早く俺の下に…!」


胡夏「うあああああぁぁぁぁぁ!!!!」


-胡夏、耳と尻尾が生え、牙と爪が伸びる。


辰一「なっ、なんだ…なんだその姿は…」


松生「(力無く)なつ…?」


辰一「ばっ、バケモノめ!!!お前ら!!早くコイツを殺せ!!!」


胡夏「ぐあああぁぁぁぁぁぁ!!!」


-胡夏、囲んでいた男達を一瞬で倒す。


辰一「…っ!!!そんな…」


胡夏「ふーっ、ふーっ…」


-胡夏、辰一の元へ歩いていく


辰一「ひぇっ!…た、助けてくれっ!!頼む!!!なんでもするっ…!!!」


胡夏「…これ以上、その魂をけがすな…」


辰一「…へっ…?」


胡夏「一秒でも早く、その魂を…解放しろッッッ!!!」


-胡夏、辰一を爪で切り刻む


辰一「あがっ…!!!」


胡夏「………(荒い呼吸)」



松生「…こ…な、つ…」


胡夏「…!!!」


松生「…こ…なつ…」


胡夏「ここだ、ここにいる!!!」


-胡夏、倒れている松生を仰向きに寝かせ、抱き寄せる。


松生「はぁ…はぁ…なつ…?」


胡夏「(涙声で)…うん…ここに、いるよ」


松生「ははっ…泣いて…いるのか?」


胡夏「…だって…」


松生「泣くな…俺は、お前の笑った顔が、好きなんだよ…」


胡夏「…うん」


松生「…はぁ…情けねぇなぁ…俺が…守りたかったのによ…」


胡夏「…いいんだよ…そんなの、いいんだ…」


松生「よくねぇよ…男は、惚れた女の前では…格好つけたいモンなんだよ…」


胡夏「…惚れた女って…なんでっ…そんな事、一言も言わなかったじゃない…!」


松生「ははっ………その目…」


胡夏「…え?」


松生「お前と初めて会った時…その瞳に惚れたんだ…今でも鮮明に、覚えている…」


胡夏「…っ」


松生「…ふっ…なんだ、その耳…」


胡夏「…っ!これは…っ」


松生「お前が特別綺麗なのは、お前が特別な存在だったからなんだな…」


胡夏「…え」


松生「…お前に抱かれて死ねるなら…きっと俺は…世界で一番、幸せな男なんだろう…」


胡夏「…死ぬなよ………死ぬなぁっ!!」


松生「…ごめんなぁ…胡夏こなつ…」


胡夏「いやだ…いやだよぉ…!!死なないでよ、松生まつおぉ…!」


松生「…ははっ…初めて呼んでくれたな、名前…」


胡夏「名前なんて…これから、いくらでも呼んでやるよ…だからっ…」


松生「ははっ…それは駄目だ…幸せすぎて死んでしまうよ…」


胡夏「なんだよそれ………馬鹿…ほんと、馬鹿…」


松生「…ははっ…酷い顔だな………………胡夏こなつ


胡夏「…なに?」


松生「…ありがとうな…」


胡夏「…っ」


松生「…出会ってくれて、ありがとうな…」


胡夏「…うん」


-松生、目を閉じて息を引き取る。


胡夏「…松生まつお…?……まつ、お…」


-松生の顔に、涙の粒が落ちる


胡夏「…うっ、うぅぅ〜〜〜…

うぁぁぁぁぁぁんんんん…!!!」


-胡夏、しばらく泣き叫ぶ。



胡夏M(魂の生まれ変わりの者を殺したのは、私が初めての事だったらしい。

今回の事で、魂の生まれ変わりの者が生まれなくなってしまうかもしれない。

それも仕方ない。

ただ…

もう一度、生まれてくれるなら。

今度はお前のような人間でありますように。

そう願いながら、松生まつおの墓に手を合わせた。)

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