妖狐の婿取りシリーズ
嵩祢茅英
妖狐の婿取り【1:1:0】60分程度
男1人、女1人
14,209文字、60分程度
監修:愛飢え男様
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「妖狐の婿取り」
作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)
九郎♂:
妖狐♀:
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九郎「俺は昔っから妖怪と言われる
餓死、心中も珍しくねぇこの世の中じゃあ、そいつらもメシには困らねぇ。
子供ながらに、妖怪に喰われた魂はきっと
(間)
九郎「ある夜、一人家で
静まり返った家の中。
ふいに遠くから、しゃらん、しゃらん、と大量の鈴の
妖狐「夜分、失礼致します」
九郎「こんな時間に一体誰……だ……って、おいおいおい、なんて気配だ…こりゃあ今までに視た妖怪共とは比べ物にならん程、格が違うぞ」
妖狐「ふふふっ、褒め言葉と受け取っておきまする。中へ入ってもよろしいでしょうか」
九郎「妖怪がなんの用だってんだ!関わると
妖狐「そう仰らないでくださいまし。貴方様に、話があって参りました」
九郎「話だぁ?一体何の話があるってんだ!」
妖狐「それは中でお話致します故、中へ入れてくださいな」
九郎「そんな口車に乗るか!その用件とやら、
妖狐「こんなところで話す内容ではございませぬ。どうか中へ入れてくださいまし」
九郎「家に入れて喰われでもしたら
妖狐「そう仰らず。ただ喰うだけなら、こんな面倒は致しませぬ」
九郎「…本当に喰うつもりで来たんじゃねぇのか?」
妖狐「左様にございまする」
九郎「………それなら…話くらいは聞いてやる。
よし!今開けるから、待っていろ!」
妖狐「ありがとうございます」
九郎「よっ、と……へぇ、こりゃあ驚いた、えれぇ
妖狐「妖狐の
九郎「妖狐だぁ?化け狐の妖怪か?そんな
妖狐「立ち話しで済む話ではございませぬ故、
九郎「ふん…なんだか調子が狂うな、まぁいい、適当にしてくれ」
妖狐「ありがとうございます」
九郎「さて、今度は茶を出せ、なんて言い出すんじゃあ、あるまいな?」
妖狐「ふふっ、結構でございます。貴方様のお噂はかねがね…本日は貴方様に、
九郎「
妖狐「わたくしと貴方様にございます」
九郎「はぁ?!なんだって妖怪のアンタと人間の俺が結婚なんてしなくちゃならねぇ!?」
妖狐「わたくしの家系は代々、人間の婿を取っております。それも、ただの人間ではなく、妖怪が視え、会話し、我らに触れる事のできる特別な力を持った方を、でございます」
九郎「はっ!悪いが俺はまだ
妖狐「…まだ?ふふっ、
九郎「何が
妖狐「貴方様程、力のあるお方が、人間の女と
九郎「…それは…」
妖狐「それほどにわたくしと
九郎「あぁ、嫌だね。こちとら妖怪には散々な思いをさせられてきた。妖怪とつるむなんざまっぴら
妖狐「随分とはっきり仰るのですね…傷付きますわ」
九郎「はっ、傷付くだぁ?お前程の
妖狐「あまり調子に乗らないでくださいまし」
九郎「ふん……で、この話、断ったらどうなる?」
妖狐「貴方様を喰らうまででございます。貴方様ほど力を持った人間は
九郎「…」
妖狐「それに、これは貴方様にも悪い話ではございませぬ」
九郎「どういう事だ?」
妖狐「妖狐を
九郎「ほぅ、そりゃあ確かに有難ぇ話だな」
妖狐「では…」
九郎「勘違いすんな、まだ腹を
妖狐「ふふっ、疑り深いのですね。なんなりとお聞きくださいまし、貴方様が納得されるまでお答え致しましょう」
九郎「オマエと
妖狐「今まで通りで構いや致しませぬ。ですが
九郎「…
妖狐「申しました」
九郎「奴らは俺が妖狐を
妖狐「婚礼の儀が済みましたら、貴方様にわたくしの証が込められます。その気が貴方様から放たれるようになりますので、妖怪共は妖狐を
九郎「なるほど…」
妖狐「我々一族は貴方様のような特別な力を持つ人間と
九郎「俺はオマエよりも早く死ぬ」
妖狐「ええ、承知でございます。愛し、愛されなぞ求めてはございませぬ」
九郎「
妖狐「ふふっ、情緒もなにもありませぬが、その通りでございます」
九郎「ふぅ…仕方ねぇ、このまま喰われるのは
妖狐「了承頂けるのですか?」
九郎「ああ」
妖狐「誠に、感謝致しまする。
では早速、婚礼の儀に移らせて頂きます。
貴方様には、これから風呂へ入り、身を清め、我々一族の婚礼の正装にございます、こちらの袴に着替えて頂きます。
準備が出来ましたらこちらへ戻っておいでくださいまし」
九郎「…分かった。では少し待っておれ」
妖狐「ごゆるりと」
(間)
九郎「………妖狐と婚儀たぁ、えらい事になったもんだ…だが、ただ喰われて
(間)
九郎「さて、待たせたな」
妖狐「構いませぬ。
ではこれより婚礼の儀を執り行わせて頂きます。
…こちらへお座りくださいまし」
九郎「お、おう」
妖狐「こちらに二杯の
九郎「分かった」
妖狐「では」
九郎「(半分ほど飲む)」
妖狐「
九郎「ん、(残りを飲み干す)」
妖狐「これで
九郎「ふぅ。…
妖狐「我々の一族に代々伝わる製法で作られた酒にございます。互いにこの酒を飲むと、魂が結び合いやすく、子を成しやすくなります。
これで、貴方様とわたくしは晴れて
旦那様、これからよろしくお願い申し上げます」
九郎「…で、この後はどうする?」
妖狐「どうする、とは?」
九郎「
妖狐「いいえ、これで
わたくしは、今宵、一度帰らせて頂きます故、旦那様もお休みになられてくださいまし。その酒が身体中に染み渡る頃、我々妖怪と子を成す為の準備が整います」
九郎「そうかい」
妖狐「では、ごゆるりとおやすみくださいまし…」
九郎「………なんと、姿を消しおった。そんな事もできるのか。
はぁ、まさか妖狐と
そういえばこの袴、どうすりゃいいんだ?とりあえず
っとと、
(間)
九郎「……ふぁ〜あ…もう昼かい…
頭が
(間)
九郎「………なんだい、妖怪共が遠巻きに見てらぁ。こりゃあいよいよ昨夜の出来事が現実だったってみてぇだ。
冷静になってみりゃあ、よくも妖怪と
…しかし腹が減ったな…今日はまだ何も食っていない。もう日も落ちる事だし家に帰って何か食おう」
(間)
妖狐「おかえりなさいませ、旦那様」
九郎「うおっ!驚いたじゃねぇか!まだ
妖狐「ふふっ、特別にございます。旦那様が夢かと疑っておられましたので」
九郎「なんでそれを…」
妖狐「
九郎「なんでぇ、心が読めるなんて、そんな話は聞いてねぇぞ」
妖狐「聞かれませんでしたから」
九郎「さすがの
妖狐「こちらで片付けさせて頂きました」
九郎「そうかい、俺は腹が減った。お前も一緒に食うかい?」
妖狐「いいえ、わたくし共は米などは食いませぬ」
九郎「そうだったな、じゃあ俺の分だけ失礼して…」
妖狐「ふふっ、そんなにがっつかずとも、ゆっくりお食べくださいな」
九郎「話す相手もなく、一人飯を食っていたらこうもなるさ」
妖狐「旦那様、もう一人ではありませぬ。その事、お忘れなきよう…」
九郎「あ?ああ…なんだ、今日は随分しおらしいじゃねぇか」
妖狐「いつも凶暴な妖怪という訳ではございませぬ。特に、旦那様の前では」
九郎「っ!変なやつだ!」
妖狐「ふふふ」
九郎「そういえばお前、
妖狐「ええ、覚えていてくださったのですね」
九郎「妖怪が名乗る事は珍しいからな」
妖狐「名前のある者が少ないのです」
九郎「そうなのかい」
妖狐「力があり、理性のある妖怪。そのような者が少ないのですよ」
九郎「確かにお前のように会話のできる妖怪に会ったのは初めてだ」
妖狐「会話ができるという事は理性があるという事。でなければ名前を付けて判別する必要もありませんから」
九郎「なるほど、最もな話だ」
妖狐「昨夜、
九郎「あぁ、
妖狐「もし道理の通じぬ妖怪が来たとして、貴方様は我々がお守り致します故…旦那様には
九郎「なぜそこまでする?」
妖狐「妊娠中に貴方様が命を落とせば子は流れます」
九郎「だから何かあれば助けに来ると」
妖狐「左様です。貴方様にわたくしの証が有るうちは、他の者との
九郎「そりゃあ、人間より一途で情深いものだ」
妖狐「これは呪いのような物。人のソレとは異なれど、そう感じるのは人間の心の移り変わりの問題ではないかと」
九郎「違いねぇな」
妖狐「旦那様のご両親は?」
九郎「さてね」
妖狐「と、申しますと?」
九郎「俺はガキの頃から妖怪が見えた。そんな事を話せば嫌な顔をする親だった。お前の育て方が悪いからだと父は母を責め、奇妙なことばかり言う俺を
妖狐「そうだったのですね」
九郎「俺はそこで食わせてもらった」
妖狐「さぞお辛かったでしょう」
九郎「妖怪など見える
妖狐「…妖怪がお視えになる事、恨んでおりますか?」
九郎「なぜ俺にだけと思う事は
妖狐「…」
九郎「視えるモノを視えないと、嘘を
妖狐「
九郎「親が子を捨てるなんて、よくある事さ」
妖狐「よくある事でも、あってはならぬ事です」
九郎「…そうかもしんねぇな…なんだかこんなに話をしたのは久々だ」
妖狐「お疲れになりましたか」
九郎「いや、疲れたというより、少し心持ちが軽くなった。湿っぽい話を聞かせちまってすまねぇな」
妖狐「いいえ、良いのです。
九郎「……不思議な話だがよ、今お前と話してる時間は、そう悪くねぇと思う」
妖狐「それは何よりでございます」
九郎「さて、俺はそろそろ
妖狐「お供させて頂きます」
九郎「狭いが
妖狐「ふふ、構いや致しませぬ」
(間)
九郎「ふぁ〜、よく寝た…」
妖狐「おはようございます、旦那様」
九郎「っ!なんでぇ、驚いた!」
妖狐「ふふふ」
九郎「てっきり朝には居なくなっているモンだと…」
妖狐「寂しいことを仰られる」
九郎「なんだ、まぁ…久方振りに会話らしい会話をした。それを楽しいと思うとは、俺も随分毒されたものだ」
妖狐「人も妖怪も言葉を持ちながら、話す相手が居らぬというのは寂しき事です。旦那様は幼き頃から一人だったのですから、尚更の事…」
九郎「
妖狐「そうですね…
我が一族が、人間から婿を取るという話は以前申し上げたと思いますが」
九郎「ああ、聞いた」
妖狐「同じ魂の生まれ変わりの者を探して居るのです」
九郎「魂の生まれ変わり?」
妖狐「はい。我が一族の先祖は遥か昔、
九郎「棲み家を?なぜだ?」
妖狐「棲み家としていた場所が、人間にとって都合の良い場所だったが故、近隣に棲まう妖怪ごと追い出され、後に寺が建てられました」
九郎「そりゃあ
妖狐「先祖は帰る場所を無くし、
九郎「
妖狐「はい。
九郎「ほぅ…」
妖狐「本来ならば何の影響も無かったでしょうが、先祖は棲み家を追われ、
九郎「…」
妖狐「その時、狐を
九郎「助けられたって…」
妖狐「とても弱っていましたから、ただの狐と姿形は変わらなかったのでしょう」
九郎「なるほどねぇ」
妖狐「看病を受け、次第に力を取り戻した先祖は人の姿に化け、その人間が亡くなるまで、尽くしたそうです」
九郎「えらく丸く収まったモンだな」
妖狐「ところが
九郎「それで、どうなった?」
妖狐「一族の血統を諦めかけた時、
九郎「なぜ生まれ変わりと分かる」
妖狐「我々は鼻が利きます。魂から発せられる匂いで分かるのです。
先祖は自身を救ってくれた者の魂の生まれ変わりの者を見つけ、懐かしさを覚えました。
ならば命尽きるまで、その者に尽くそうと人に化け、世話をするうちに惹かれあい、子を成しました。
……その、魂の生まれ変わりの者とであれば、子を成す事ができると分かり、
九郎「しかし俺は神も仏も信じちゃいねぇ」
妖狐「信仰のあるなしは関係ありませぬ。我々は人間よりも長く生きます。その間に魂の生まれ変わりの者を探し、一族の血統を紡ぐのです」
九郎「大層な話だなぁ」
妖狐「
九郎「
妖狐「そんな事は致しませぬ。我が一族は
九郎「…そうか…済んだ話だ、気にしちゃいねぇさ」
妖狐「ありがとうございます」
九郎「それで、お前も子を成すために俺の元に来たのかい」
妖狐「はい。一族を継ぐ者はみな、血統を紡ぐことに必死なのです」
九郎「そうかい…だがよ」
妖狐「はい」
九郎「そんな重たい荷物
妖狐「…かような妖怪にそのようなお言葉…わたくしは心から嬉しく思います」
九郎「ま、俺に何が出来るかって話だが」
妖狐「気に掛けてくださっただけで充分でございます」
九郎「そうかい。
さて、俺は今でも捨てられた寺に気が向いたら出向いて仕事をしている。そろそろ行ってこようと思う」
妖狐「分かりました、お気を付けていってらっしゃいまし」
(間)
九郎「はぁ、寺へ行ったのも久々だが、よくもまぁこき使いやがって…えらい疲れたぜ…しかし、こんなに体が重てぇのは、今までに無い事だ…」
妖狐「旦那様」
九郎「ひっ!!!なんだ、
妖狐「ふふっ…それは申し訳ない。旦那様に付けた
九郎「何だい、この体の重みはお前さんの仕業か?」
妖狐「いいえ。ですが、そのまま家までお帰りくださいまし、ふふふ…」
九郎「一体なんだってんだ…くそぉ…」
妖狐「わたくしは先に家でお待ち申し上げております故、お気をつけてお帰りになってくださいまし…」
九郎「くそっ…これだから妖怪は…」
(間)
九郎「はあっ、はあっ、…戻ったぞ!!!」
妖狐「おかえりなさいまし、旦那様」
九郎「うおっ…何だこりゃあ!」
妖狐「
九郎「一体どういう事だ?」
妖狐「旦那様に、おばりよんが負ぶさっておられたのですよ」
九郎「おばりよん?」
妖狐「はい、おばりよんを背負ったまま、家まで無事に帰る事が出来れば、
九郎「そんな妖怪が居るのか…」
妖狐「わたくしが
九郎「どういうことだ?」
妖狐「人間に福を運ぶ、と言われて居るからです」
九郎「そうなのか?」
妖狐「まぁ、人間の噂話ですよ」
九郎「でも今の話を聞いて納得したよ」
妖狐「何をです?」
九郎「お前と話していると心が落ち着く。穏やかな気持ちになれる。親に捨てられ、他の人間からも避けられ、俺は心が
妖狐「旦那様…」
九郎「ガキの頃から妖怪が視え、力の弱い妖怪などは蹴り飛ばせば消えた。力をつけていく俺に、妖怪共は興味を持ち、ちょっかいを出すようになった。
普通の人間には視えない妖怪を相手に言葉を吐き、時に喧嘩などやり合う様を見て、俺を避ける人間は増えた。寺にいる人間にも妖怪が視える者はいなかった。
俺は人間にも妖怪にも嫌気が差してた」
妖狐「妖怪に散々な思いをさせられてきたと申したのは、この事ですね」
九郎「ああ、
妖狐「ここらにはとても多くの妖怪が集まって居りまする、人間の住む村には珍しい程に」
九郎「この村には鉱山がある。ほとんどの者が
妖狐「…それでこんなにも妖怪が集まって居るのですね。
この村とは違い死者の少ない地域では、亡者が妖怪を使って生者を呪い殺す事もありまする。」
九郎「そうなのか?」
妖狐「あの世と呼ばれる場所には人数の限度が定められて居り、転生したくても次の亡者が来ない事には転生出来ませぬ故、自分の身代わりにと生者を呪い殺すのであります」
九郎「なんとも手前勝手な話だ」
妖狐「あの世というものがどういうものなのか分かりかねますが故の噂話ですが、それが世の
九郎「そうだな、お前と話をして居ると、余計そう思うよ」
妖狐「と言うと…?」
九郎「なんだかんだ言って、俺も一人が寂しかったみてぇだ」
妖狐「これからは共に居ります故、ご安心くださいまし」
九郎「ああ…。ところで
妖狐「はい」
九郎「お前さん、
妖狐「旦那様は妖怪を嫌っておりましたが故、そう申しました。いつ
九郎「…いや、このままでいい」
妖狐「え…」
九郎「このまま側に居てくれ」
妖狐「…はい」
九郎「ああ、今日は本当に疲れた!飯の支度も面倒だ…」
妖狐「それならわたくしがお作り致しましょうか?」
九郎「そんな事も出来るのか?化かした葉っぱなどを食わす気ではなかろうな?」
妖狐「ふふふっ、そのような事は致しませぬ、これでも米くらいは炊けまする」
九郎「ほう」
妖狐「
九郎「では甘えさせてもらうとしよう」
妖狐「はい」
(間)
妖狐「…旦那様、旦那様」
九郎「…んぁ、あぁ、すまねぇ、寝てたみてぇだ…」
妖狐「このようなところで寝ては体に悪うございます」
九郎「ああ、板間で寝ちまったせいで体のあちこちが痛え……んっ、なんだ、いい匂いがするぞ!」
妖狐「食事の用意が出来ておりまする」
九郎「おお!こりゃあ豪勢だ!一体この魚はどうした?」
妖狐「我らは狐です。魚を獲る事くらい朝飯前にございます」
九郎「山菜もこんなに…」
妖狐「喜んで頂けましたか?」
九郎「もちろんだ、ありがとうよ
妖狐「お口に合うと良いのですが」
九郎「うむ、どれも
妖狐「ふふふっ、無邪気なお子のようでございまするなぁ」
九郎「それほどまでに幸せと感じておるのだ」
妖狐「それは何よりでございます」
九郎「俺も
いや、俺がお前を幸せにする……だから……っておい、なんだ!どうした!!」
妖狐「っ、何故でしょう…勝手に涙が…」
九郎「…そうか…今まで魂の生まれ変わりの者を探し続けてきた事、さぞ不安だったろう。その辛さ以上に、俺がお前を幸せにしてやりてぇと思っている」
妖狐「旦那様…ありがとうございます…」
九郎「俺はお前の旦那だからな、存分に寄り掛かれ。なに、お前一人、寄り掛かったくらいじゃあ潰れやしねぇ。だから、遠慮はするな。もっと俺を頼ってくれ」
妖狐「はい………」
(間)
九郎「では今日も寺へ行ってくるよ」
妖狐「この間の
九郎「あれはいざという時の物だ、お前が預かっていてくれ。それに、今は人と関わるのも苦ではない」
妖狐「そうですか、では
九郎「頼む。では、行ってくる」
妖狐「お気をつけて行ってらっしゃいまし…………ふぅ、ほんに、いい旦那様でありまするなぁ…」
(間)
九郎「
妖狐「旦那様!?血相を変えて一体どうなさいました、外が騒がしいようですが…」
九郎「近くで火事が起きた!火消しが辺りの建物を壊して回っている!いずれここも潰される!家から出るぞ!」
妖狐「建物を壊す?何故です?」
九郎「火事になった周りの家を潰せば、それ以上火の手が広がることはねぇからな!」
妖狐「なるほど…」
九郎「
妖狐「ええ!!?こんなに人が集まって居る中をですか?わたくしなら姿を消して…」
九郎「いいから!俺と一緒に来いっ!」
妖狐「はっ、はい!」
(間)
九郎「はあっ、はあっ、はあっ、ここまで来れば大丈夫か?!」
妖狐「ここからなら様子がよく見えまする、妖怪の仕業にございます」
九郎「妖怪だぁ?」
妖狐「ええ、火事になった家に
九郎「ひざま?」
妖狐「はい、
九郎「そうか…しかし参ったな…住むところがなくなっちまった」
妖狐「旦那様、いつかの
九郎「おお!そうだったな!それなら、今までのボロ
妖狐「ふふっ、それはようございまする」
九郎「そうだなぁ…少し人里から離れて山の近くに家を持とう!自然の多い所であれば、お前も安心して暮らせるであろう?」
妖狐「しかし、それでは旦那様が不便なのではありませぬか?」
九郎「なに、俺が外に出るのは仕事をしに寺に行く時か、散歩くらいのものだ。お前は町中より山の近くの方が落ち着くだろう?」
妖狐「そんなに気を遣ってくださらなくても良いのですよ」
九郎「そのくらい気遣わせてくれ。それにお前と二人、静かに過ごせるってもんだ。畑でも作って
妖狐「ふふふっ、それは楽しみでございまする」
九郎「しかし家が出来るまで、どうするかなぁ…」
妖狐「寺に事情を話せば、置いていただけるのではないですか?」
九郎「俺はそれで済むけどよぉ…」
妖狐「なに、わたくしなら心配いりませぬ。これまでの旅で慣れておりまする」
九郎「そりゃあ、そうなんだろうけど…」
妖狐「他に、何か気がかりなことでも?」
九郎「…」
妖狐「旦那様…もしや、」
九郎「…なんだよ」
妖狐「…ふふっ、ふふふっ!」
九郎「なんだ、にやにやと笑いやがって…!」
妖狐「お側に、居ますよ」
九郎「っ!俺は何も言ってないぞ!!」
妖狐「ふふふ、そうですね。早く家が建つといいですね」
九郎「…そうだな」
(間)
九郎「…ただ見てるだけってのもなぁ…」
妖狐「…」
九郎「…ん?狐?こんな所にめずらしいな…」
妖狐「…」
九郎「…もしかして………胡白、か?」
妖狐「…」
九郎「…まさか…な…」
妖狐(…よくお分かりになりましたね)
九郎「おわっ!?ほ、本当に胡白なのか!?」
妖狐(…ふふふ。言ったではありませぬか。側にいる、と)
九郎「言ったけどよぉ…!…へへっ」
妖狐(旦那様こそ、こんな所で何をしているのです?)
九郎「ん?あぁ、これだ」
妖狐(大工道具?)
九郎「寺に良く来る宮大工がいてな。古くなった道具を譲ってもらったのさ」
妖狐(はぁ、それで?)
九郎「それで、ってお前、作る人間が増えりゃあ早く家が建つだろう」
妖狐(…はぁ…旦那様、大工のご経験は?)
九郎「お前が何を言いたいのか大体の想像はつくがな、古寺のあちこちを修理してきたのは俺だ。そりゃあ本職には劣るだろうが筋はいい方だと思っている」
妖狐(そうですか、では楽しみに待っておりまする)
九郎「ああ。あ、危ないから、離れて見てろよ」
妖狐(はい、分かりました)
(間)
九郎「新しい家はどうだ?」
妖狐「ええ、とても立派にございます」
九郎「そうだろう、そうだろう!」
妖狐「旦那様も、頑張った甲斐がありまするなぁ」
九郎「庭も広く作った、ここで
妖狐「そうでございまするね。旦那様は
九郎「いいや、もっぱら盗むことぐらいだな…だが、
妖狐「ふふっ、旦那様らしい答えですこと」
九郎「
妖狐「いいえ。ですが
九郎「まぁ、なんとかなるだろう!任せておけ!」
妖狐「ふふっ、わたくしもお手伝いさせてくださいな」
九郎「うむ、頼む」
(間)
妖狐「旦那様、旦那様…起きて居られますか…?」
九郎「ん…あぁ、どうした、こんな
妖狐「…お伝えしたいことがございまする」
九郎「なんだい、
妖狐「子を、宿しました」
九郎「なに?!本当か!」
妖狐「はい、ですがまだ安心は出来ませぬ。子が流れる可能性も…無事に産まれて来るまでは気を抜けませぬ」
九郎「そうだったな…無事に子が産まれてくるよう、俺はこれから毎日、仏に拝もう!」
妖狐「…ふっ、ふふっ」
九郎「なんだ」
妖狐「ふふっ、すみませぬ。我らは妖怪であり、神の遣い。それを仏に拝むとは…なんだか
九郎「俺は真剣だ」
妖狐「分かっておりまする…旦那様なりにわたくしのため、子のために何かしてくださろうというお気持ちはとても嬉しく思っておりまする…
旦那様と
九郎「いいや、子を成す!絶対にだ!」
妖狐「(涙声で)…ほんに旦那様は…こちらの調子が狂いまする」
九郎「泣くな、
妖狐「…はい」
九郎「子が生まれるのは
妖狐「いいえ、我ら妖狐は半年で子を産みまする。
子を宿して
九郎「
妖狐「何もなければ」
九郎「そうか…何か俺に出来る事はねぇか?」
妖狐「今まで通りで構いませぬ」
九郎「何もできねぇって事か…あああ!くそっ、無事に産まれてくれよお!!」
妖狐「ふふふっ、旦那様、随分とお変わりになりましたなぁ」
九郎「そうかい?俺は何にも変わっとらんと思うが」
妖狐「お変わりになりましたよ」
九郎「そうか………お前の顔を見ると、それはいい変化、なのだな?」
妖狐「ええ、とても良い変化にございます。旦那様の本来の優しさが
九郎「〜っ!なんでぇ、そりゃあ!
…そうだ!これからは毎日油揚げを買って帰るぞ!!」
妖狐「ふふふふふっ、何を仰るのかと思えば…」
九郎「油揚げはお前ら狐の好物だろう?!
妖狐「旦那様のお気持ちはとても嬉しく思いますが、これは呪い故…
九郎「そうか…だが、俺がお前にそうしてやりたいのだ!!」
妖狐「…そうですか、では旦那様のそのお気持ち、ありがたく
九郎「よし!任せろ!」
(間)
九郎「それから俺はがむしゃらに働いた。胡白のために、産まれてくる子供のために、なにがあっても俺が守る。家族を守ることが、俺の生き甲斐になった。
嫁を貰い、家庭を持つことが出来るだなんて、誰が想像できただろうか。
世を恨みながらも今まで生き延びたのは、これから幸せになるためなのだと思った。」
(間)
九郎「今日の飯も美味いなぁ、
妖狐「ありがとうございます」
九郎「…
妖狐「一人での生活、自分のためだけの食事…なにかと
九郎「あぁ、だから
妖狐「…」
九郎「………どうした?」
妖狐「…旦那様、今宵、子が産まれます。旦那様とわたくしの子が…この子もまた、旦那様の魂の生まれ変わりの者を探す
九郎「なに?!そうか…だが今は、
妖狐「旦那様、これでお別れでございます…」
九郎「は?何を言って…」
妖狐「子を産むか、寿命か…そのどちらかで我らの命は絶えます。子を産み、命絶えること、わたくしはとても嬉しく思いまする…」
九郎「そんな…
妖狐「子を成せなかったならば、共に過ごす未来がありました…旦那様と共に生きることが叶わぬ事は、とても寂しゅうございますが………一族の血を絶やさずに済む事、これほど喜ばしい事はありませぬ…」
九郎「そんな…」
妖狐「ああ…やっと、やっと子を成せる…旦那様と、わたくしの子…」
九郎「だから言ったろ?必ず子を成すと…」
妖狐「旦那様…ほんに、ほんに…今までありがとうございました…わたくしはっ…幸せでございました…!」
九郎「俺もだ、
親に捨てられ、人にも妖怪にも嫌気が差し…生きる希望すらなかった俺を、こんなにも幸せにしてくれた!幸せというものを教えてくれた!それはお前が居てくれたからだ!!
感謝してもしきれねぇ!礼を言うのはこっちの方だ…!!」
妖狐「…産まれた子は、わたくしの
九郎「
…安心して眠ってくれ、
妖狐「…最後の最後まで、ほんに貴方様という方は…ふ、ふふっ…」
九郎「俺は本気だ!!」
妖狐「旦那様が本気だと言うことは、わたくしが一番分かって居りますとも…
(一呼吸置いて)
…じきに迎えの者が来るでしょう…
わたくしは
旦那様…これからも、
(間)
九郎「それから数日後、妖狐の遣いの者が再び
子が無事に産まれた事…
それと、
俺は庭に小さな
毎日
その音を聞いては目を
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