えぴそーど19 夏祭り


 それはとある下校中。


 ? 「あ、あれ」


 雨谷あまやが道の前方を指差す。


 そこには浴衣姿の子供が綿飴を持ちながら楽しそうに歩く姿が目に入った。


 それに疑問に浮かべるような表情で言った。


 雨谷「夏祭りって今日だっけ?」


 俺 「あー、なんか今年は熱中症の心配から早めに開催するって言ってたわ」


 まぁ、熱中症対策って言っても、この気温だし、さほど意味はないだろうけど。


 雨谷 「へぇー、そーなんだ…」


 そう呟くと、雨谷の口元が笑った。


 雨谷「ね、このままお祭り行かない?」


 小首を傾げる。サラリと吹き抜ける風が雨谷の綺麗な黒髪を優しく揺らした。

 

 — 一緒に行こう!


 思わず、ハッとする。


 小さい頃の記憶が一瞬フラッシュバックして、雨谷をまじまじと見た。


 あの頃と、全然変わんないな…こいつは。

 

 雨谷「えーっと…」


 困ったように、恥ずかしそうに目を逸らす雨谷。


 左手で黒い髪をクルクルと指に巻いて、いじっていた。


 俺 「あ、わりぃ、なんか昔思い出してさ…」


 雨谷「なにそれー」


 クスクスと鼻を鳴らす。自然と笑う雨谷はやっぱりかわいい。


 俺 「そんじゃ、行きますか」


 雨谷「うん! それじゃ最初は焼きそば買ってね?」


 俺 「…帰るわ」


 雨谷「えー!」


 まぁ、そんな感じでいつも通りの俺たちは、電信柱にぶら下がる提灯に沿って、歩き出した。


 

 屋台通りは多くの人で賑わっていた。


 ヨーヨーをボンボンしながら、はしゃぐ小学生や、友達と来たであろう男子中学生のグループ。男女のカップルや、若い夫婦。


 …。


 それと、


 雨谷「ね、見て見て! 金魚!」


 金魚すくいを目の前にして、知能指数と語彙力が下がる幼馴染み。


 ぴょんぴょん飛び跳ねるから、スカートの中が見えそうになってヒヤヒヤする。


 俺 「はいはい、金魚金魚…」


 雨谷「あれやりたい!」


 俺 「おう、いってらっしゃい」


 すると「んー!」と頬を膨らませ、俺の腕をガッチリと掴んだ。


 そのまま屋台へと連れて行く。


 雨谷「おじさん、2人分お願いします!」


 おじさん「はいよー!」


 と、俺に向かって手を伸ばすおじさん…。


 は?


 そして横に目を移すと、俺に向かってにこりと微笑む雨谷…。


 は?


 てか、もう払わざるを得ない空気になってるし…。


 はぁ、とため息をつくと、俺は渋々財布から600円を取り出した。


 おじさん「まいどー! それじゃ楽しんでってな、お似合いのお二人さん!」


 にこりと笑うおじさん。


 だけど、それを聞いた瞬間ものすごく恥ずかしくなって…。視線を逸らすように隣を見ると雨谷も顔を赤くしていた。


 雨谷「ありがとうございます…」


 そう呟いた雨谷と視線がぶつかる。


 ぱっちりとした目、高い鼻に薄い唇。


 美人寄りの顔立ちだけど、赤く上気した頬はまだ、幼さを残していて…。


 なんていうか、本当に魅力的だなって思った。


 雨谷「…ね、ねぇ」


 俺 「…ん?」


 雨谷「あのさ、私と勝負しない?」


 俺 「あぁ、それじゃどっちが多く、すくえたかで」


 雨谷「うん、じゃあ勝ったほうが好きなもの一つ奢りで」


 俺 「お前、さっきから俺に奢らせてんじゃん…まぁ、その仕返しってことで」


 雨谷「ふふ…さーてなにおごって貰おっかなー」


 俺 「勝ってから言えっての!」


 そうして、俺たちの勝負が始まった。


 雨谷「んー…、まずは一匹目」


 俺 「俺も…ってラッキー2匹行けたわ」


 雨谷「えっ、まじっ! じゃあ…はい!私出目きんデメキンすくったから10ポイント〜」


 俺 「は?そんなルール聞いてねーし、1ポイントだ1ポイント!」


 雨谷「え〜、あ、ポイ破けてるよ?」


 俺 「あ? ってまじじゃん!?」


 雨谷「あはは!うける!」


 俺 「いや、わりぃけど、半分残ってればまだいけるから」


 雨谷「へぇー、それじゃ頑張ってね♪」


 俺 「うぜぇー!」


 そして5分後。


 雨谷「あー、楽しかった。さーて何にしようかなー」


 鼻歌混じりに屋台通りを歩く雨谷。俺はその横をズーンとしながら歩いていた。


 まず負けたこともそうなのだが、もうこれ以上の出費は痛い。


 俺 「…負けた」


 はぁ…とため息を吐いた。


 雨谷「いやー、でもよくあんなポイで10匹もすくえるよね」


 と、多分褒めてくれているのだろうけど、正直煽りにしか聞こえない。


 俺 「褒められてるかもしれないけど、全然嬉しくない」


 雨谷「まぁまぁ、そんな気を落とさないでって、ほら一緒にタピオカ飲も? あ、タピオカ2つお願いしまーす!」


 にこりと、無邪気に笑う。


 そんな雨谷を一瞬可愛いと思ったけど、もれなく財布から600円が消えて、異様な喪失感だけが残った。


 

 そして、夏祭りはクライマックスを迎え、中央の広場では太鼓のパフォーマンスが始まった。


 その場にいるだけで、まるで地面が揺れているんじゃないかと思わせる程、高い鼓動と、熱気に包まれている。


 そんな太鼓のパフォーマンスに見惚れていると、肩をトントンと叩かれる。


 振り返ると雨谷が向こうを指差しながら、何か言っていた。


 太鼓の音が大きくてよく聞こえないが、おそらく「あっち行こう?」みたいなことを言っているのだろう。


 俺は親指を立てると歩き出した。


 背中の方で、少しずつ太鼓の音が小さくなる。


 そして、しばらくすると隣を歩いていた雨谷が口を開いた。


 雨谷「太鼓、凄かったね」


 俺 「あぁ、まじで空気が揺れてるみたいだったな」


 雨谷「…うん」


 その、声の小ささに違和感を感じて隣を見る。


 雨谷は体を縮み込ませ、顔がうつむいていた。そして何よりも、頬が薄く赤色になっていた。


 俺「雨谷? 体調悪いのか?」


 雨谷の背中をポンポンと叩く。


 そしてその瞬間だった。


 雨谷の綺麗な腕が俺の体をギュッと抱きしめ、頭を胸元にうずめる。


 温かい吐息がかかるたびに、頭がぼーっとしてきて、周りに人もいるし、太鼓の音も聞こえているはずなのに、雨谷の心臓の鼓動しか聞こえなかった…。


 


 


 

 


 


 

 

 


 


 

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