えぴそーど12 1on1

 それはとある月曜日の放課後。


 体育館にはボールが弾む音が響いていた。


 キュッとグリップを効かせて、走り出す。


 しかし、秋乃あきののディフェンスのしつこさから、無理やりな体勢で放ったシュートはリングを大きく外れてしまう。


 雨谷あまやの表情が曇った。


 雨谷「…ちょっとやばいかも」


 雨谷と秋乃の1on1、ルールは10点先取だ。


 現在、得点は8対9。


 今のシュートが外れて雨谷には後がなくなってしまった。


 そして、この攻撃が成功すれば、秋乃の勝利となる。


 スタート位置まで下がる。


 ボールを持ったまま、秋乃はこちらに顔を向け、にこりと笑った。


 その瞬間、先週の秋乃を思い出した。あの瞳から感じた強い意志。


 『私、雨谷ちゃんに勝ちたい』


 雨谷はバスケが上手かった、その上身体能力高い。だけど、もしかしたら本当に勝ててしまうかもしれない。


 今のあきちゃんの笑顔から、そう感じたのだ。


 ドリブルつく。


 後がない雨谷は始まった瞬間から秋乃にピッタリと密着した。


 腕を広げ、秋乃の行動範囲を狭くしていく。


 思うように行動が出来なくて、嫌そうな表情を見せるあきちゃん。


 だが次の瞬間。


 雨谷「え?」


 素っ頓狂な声を上げる。


 それもそのはず、あろうことか秋乃はボールを大きく振りかぶったのだ。


 スリーポイントシュートでもないそれは、まさしくヤケクソ。


 秋乃の手からボールが離れる。


 ほぼ同時に雨谷はゴールへと体を向けた。


 だけど…。

 

 雨谷「あれ?」


 ボールがない?


 その瞬間、ドリブルで雨谷をかわし、ゴール下で足を止める。


 秋乃は余裕の表情でシュートを決めた。


 トントントンと、ボールが転がる。


 秋乃「…やった。勝てたー!」


 普段落ち着きのある秋乃は、歓喜のあまり声を上げた。


 一方、雨谷は何かを察したように息を吐き、俺の方に顔を向ける。


 小さく笑ったその顔は、悔しそうな、悲しそうな、そんな複雑な顔をしていた。


 そんな雨谷を見て、なぜか心がキュッと締め付けられる。


 …さて、秋乃がなにをしたか。


 結論から言うと、あの瞬間秋乃はボールを投げていない。


 手から離れたボールは、手首のスナップにより秋乃の頭上に浮いただけ。


 リバウンドを取るためゴールに意識を向けた雨谷を抜いていく。


 俺がよく雨谷に使っていたフェイントだった。


 秋乃はこちらに駆け寄る。


 そして嬉しそうな顔で、


 秋乃「どうだった? 私うまく出来てた?」

 

 俺 「あぁ、完璧だった。」


 俺がそう言うと、ふふっと心地良さそうに鼻を鳴らす。


 秋乃「本当にありがとう。今度何かお礼させてね」


 そう言って拳をこちらに向ける。


 そのギャップに驚きながらも、


 俺 「別にいいよ、こらからも雨谷の相手してやってな?」


 俺も拳を突き返す。


 白く華奢な拳がこつんと当たった。


 体育館を見回す。


 …あれ?


 そこにはいつの間にか、雨谷の姿がなくなっていた。

 


 

 


 






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る