えぴそーど5 はしご

 それはとある日の休日の昼。


 ベッドで仰向けになりながらスマホをいじっていると、ピコンと通知が来た。


 内容を見る。


 俺は小さく舌打ちをした。


 雨谷『窓開けて♡』 


 やっぱりアイツだった。


 きっと休日にこんなラインをしてくるのは全国探し回ってもコイツだけだろう。


 ベッドから起き上がり、窓のカーテンを閉めると俺は返信した。


 俺  『ふざけんな』


 雨谷 『えー、なんでー? ただ窓を開けるだけじゃん』


 そう、ただ窓を開けるだけ。それだけなのだが、俺にはそれを渋る理由がある。


 それは、俺の部屋の、おおよそ5メートル先は雨谷の自宅。もっと言うと部屋があるのだ。


 なんで日本はこんなに狭いのだろう。


 とりあえず閉めたカーテンの隙間から窓の外を覗き込んでみる。


 そして俺は小さくため息を吐いた。


 ピコン♪


 雨谷 『でも、もう来ちゃったし』


 俺は仕方なく、窓を開けた。


 

 雨谷「久しぶりすぎて、めっちゃ怖かったー」


 俺 「だろうな…」


 窓の外のはしごを横目に言葉を返す。


 そう俺たちの部屋は、はしご一つで行き来できてしまうのだ。


 …よく昔は、こうやってお互いの家に遊びに行っていたのを思い出す。


 だいぶ小さい頃の話だが。


 俺 「つーか、普通に来いよ、これじゃ乗り込んでるだけじゃねーかよ」


 雨谷「まぁまぁ、そんなことより喉乾いたからリンゴジュースお願い」


 俺 「ふざけんな、勝手に渡って来たんだから我慢しろ」


 雨谷「えー、無理、リンゴジュース飲まないと帰れないしー。あー、なんか頭がクラクラしてきたー」


 物凄く…物凄く演技を始めた雨谷。


 今すぐにでも追いだしたいが、コイツのことだリンゴジュースを出さないと本当に帰ってくれないだろう。


 俺は諦めて、キッチンからリンゴジュースとコップを持ってきた。


 テーブルの上に置く。


 すると雨谷はふふっと鼻を鳴らした。


 雨谷「やっぱりあるんだ、リンゴジュース」


 俺 「なんだよ」


 雨谷「ふふ…なんでもなーい、いただきまーす」


 ガラスのコップに満たされていたリンゴジュースが少しずつ減っていく。


 その度コクコクと動く雨谷の白い首は、妙に色っぽかった。


 雨谷「うん、やっぱりここのは一味違うわ」


 俺 「何言ってんだよ、リンゴジュースなんだからどれも一緒だろ」


 その言葉に、首を横に振る。


 雨谷「そうじゃなくて…昔みたいに、はしご渡ってきて飲むリンゴジュースが一番おいしい」


 そう言って、コップを見つめる雨谷。


 その表情は、昔を懐かしんでいるようだった。


 そんな雨谷に見惚れていた俺は、ハッとして言葉を繋いだ。

 

 俺 「…まぁ、次は普通に来いよ。怪我でもされたら責任取れないから」


 雨谷 「…うん」


 俺の顔を見て、小さく笑う。


 その瞬間、開いた窓から風が吹き込んだ。


 若干の湿気と冷たさが残る4月の風は、雨谷の黒い髪の毛をさらりと撫でて、消えていった。



 …。


 ちなみに、


 俺 「そういえば、何の用だ?」


 雨谷「ん?暇だったから来てみた」


 俺 「…はやく帰れ」



 


 




 

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