水底の魔女たち

一田和樹

南の魔女

 あたしたちは魔女だった。呪われて生まれ、世界を呪って消えてゆく。そういう生き方しかできない。あたしと彼女は違う場所に生まれ、違う運命に導かれて魔女になったが、互いの血肉を糧にして呪いと恐怖と悦楽を共有した。


 できそこないの母はあたしを生むことで自分の居場所を作った。愚かな子供の面倒を見ることを、自分が生きている言い訳にした。だからあたしは常に手のかかる愚かな子供でなければならなかった。父もあたしには関心を持たなかった。あたしは長い間、邪魔者だから関心を持ってもらえないと考えていたが、それは違っていた。父は母を愛しておらず、その子も愛していなかっただけだった。それに母は常にあたしの近くにおり、父や親族があたしと直接話すことは難しかった。

「ごめんなさい。この子はちょっとあれなんで、なにかあったら私に言ってください。直接言うと泣き出すんですよ」

 母はそう言ったが、そんなことはなかった。あたしに関して母はウソばかりついていた。あたしは母が言うほど愚かではなかったし、話しかけられたからといって泣き出すほど人見知りでもなかった。でも、結局、あたしは母が望む愚かで人と話のできない魔女になった。そうなるように、母があたしを見知らぬ大人に売ったからだ。

 蒸し暑い夏の夕方、あたしを買い物に連れ出した母はスーパーには向かわず、近くの駐車場で待っていた男の車に乗った。ひどく不安を覚えた。その時、あたしは八歳だった。

 今でもはっきり覚えている。くすんだ藍色の車だ。母は男の隣に座り、あたしは後部座席に座らされた。むっとするような芳香剤の匂いにあたしは気持ちが悪くなったが、なにも言わずに我慢した。男と母も無言だった。車が走り出すと、怖くなった。殺される、とわけもなく思い込んだ。

「ねえ、スーパーいかないの?」

 あたしがなにを言ってもふたりは答えない。何度も言うと母が怖い顔で振り向いて「黙ってろ」と頬を軽く叩いた。きっと殺されるのだと泣きそうになった。住んでいる街から離れ、見たことのない河原に着いた。あたりに人も家もない。ここで殺すつもりだ、と思った。

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