第22話 同窓会の惨事

 同窓会が終わると、当然二次会への流れになる。幹事を中心に集まる多数派、そそくさに帰る少数派、個々に集まり多数派に合流するか、他の店にするか相談する第三勢力に分かれていた。

 目菜はみんなに背を押され、隠されるように会場を抜け出した。が、

「どうした?二次会にいかんのか?」

声が背後からかかった。

「まあ、色々あるだろうからな。どうだ、一緒にどこか行こうじゃないか。相談に乗ってやるぞ。」

 彼女が返事を避けようとしていると、追いかけてきた。彼女が振り返ると、金谷と数人の男女がいた。中には同級生ではない女もいた。

「私、帰るので。もう帰りますから!」

 強い調子で言ったが、

「そうか。では、送ってやろう。気にしなくてもいい。歩きながら、相談にのってやろう。」

“は~?”と思ったが、彼の表情はいたって真面目だった。そして、“さあ。”というように、自然に手を差し出してきた。その時、彼女を捜す田蛇の姿が視界に入った。

「彼氏が迎えに来てくれましたから。」

 そう言って駆けだした、彼らを振りきるように。“助かった!いいタイミング”と思った瞬間だった。

「お前!まだ彼女につきまとっていたのか!このストーカー野郎!許さんぞ!彼女に近づくな!」

 怒号とともに、金谷達が彼女の脇を駆け抜けて行った。陸上を止めてからも、ランニングは欠かさずやっているが、田蛇と一緒に、田蛇が先にバテるのが常だが。それが、今はハイヒールを履いていて、何時もなら追い越されないのに、この時は容易に追い越されれてしまった。

 あまりのことに呆然としている田蛇に、彼らはいきなり殴りかかった。一緒にいた女が、驚く周囲に、

「この男はDVのストーカーなんで、制裁を加えているんです。こいつは、女の敵なんです。」

と叫んでまわっていた。助けに入ろうと必死の目菜を、女の一人が後ろから抱え込んで、

「心配しなくていいのよ!あなたには私達がついているのだから。守ってあげるから!」

と叫んだ。それに加勢するように、周囲からの介入はもうないと判断したのだろう、もう一人の女が、駈け寄ってきて、

「大丈夫よ。怖がらなくても、私達は貴方の味方だから。」

と手を差し伸べようとした。

 目菜は、必死に

「違うんです!こいつらは、私の恋人に一方的に暴力を振るっているんです!」

と叫ぶが、女達が、

「心配しなくてもいいのよ。」

「あの男の仕返しを恐れることはないのよ!」

「私達が守ってあげるから。」

という声にかき消されてしまった。田蛇はのされて大の字になったところを、下半身を中心に激しく蹴りつけられ始めた。

「そのままインポにしてやれ!」

 無責任な野次を飛ばす者さえ出てきた。目菜は、必死に振り解こうとしたが、2人がかりでなかなかそれができなかった。突然、後ろから押さえる力がなくなった。

「目菜ちゃん。早く行って!」

 同級生の男女が、女を引き離してくれたのだ。前の女も、抑えてくれた。

「ありがとう!」

 ハイヒールを脱いでいた目菜は、飛び込む形で田蛇を守るように上に覆い被さった。

「大丈夫?」

 しかし田蛇の口からは、

「痛いよ~。死ぬよ~。」

としか出てこなかった。

「彼女を離せ!この女の敵!」

「君!今、助けてあげる!」

と田蛇への蹴りは止めず、目菜を引き離そうとした。必死に目菜は、彼に抱きついた。

 その時、パトカーが来た。金谷は、田蛇を暴行犯だ、自分は教師で教え子を助けようとしたと、感心するほどに、落ち着き払って説明したが、暴行で重傷を受けている人間がいる以上、金谷達をそのまま帰すわけにはいかないし、暴行犯に必死に抱きついて泣いている女性がおり、なんと言っても通報者が、暴行犯は金谷達であると主張していることから、全員を連れて行った。通報者は、宵谷達だった。迎えに来てくれという連絡を受けた田蛇が宵谷達を用心のために呼んだのだ。若干遅れて来たため、彼を守れなかったが、警察に通報し、かつ、2人の両親にも連絡した。後者は、その後の取り調べに入る際に田蛇に有利に働くこととなった。

「怖がることはないのよ。本当のことを言ってね。私達、警察が守ってあげるから。」

「嘘ではないのよね。よく考え、思い出して。辛いことでも。思い出して、誰も恐れなくていいのよ。」

「本当に彼とつき合っていたの?デート中に暴力を受けてたんじゃないの?あなたが悪いからとか、そのうち直るからとか、彼の報復が怖いとか、考えてはいけないのよ。あなたは、今、自分を守らないといけないのよ。あなた自身だけの幸せだけを考えて。」

 40前だが、ベテランのような落ち着いた感じの小柄な女性が、優しく語りかけてきた。目菜は、彼女が目菜を落ち着かせようと言っている言葉から、田蛇のおかれている状況が、分かるようだった。かなり焦った。彼女は、田蛇がストーカーかDV男だと考えているように思われた。必死に、彼との最悪の出会いから、それは気が進まなかったが、事細かく話して、説明した。女の担当官が信じるようになるには時間がかかった。入院している田蛇が、再三、ほとんど、訊問にあっていると両親から聞いて焦ったがどうしようもなかった。金谷は、当初、比較可能早く帰ることができた。田蛇の両親への質問の方が厳しかったと聞いて、田蛇と別れるように言われないかと心配した。金谷は、どういうつもりなのか、目菜の家にも、なんと田蛇の家にまで出向いてきた。

「息子さんを更生できず申し訳ない。」

と頭を下げ、目菜の恨み、彼女の両親の怒りに、

「罪を憎んで、人を憎まず。」

と宥め、彼らの息子は罪を償わなければならないが、

「真人間になるように、何時でも協力したい。」

と申し入れた。

「娘さんを悪く思わないで下さい。彼女はあの男に脅かされていたのです。彼女は、逃れたいと必死だったのですよ。私に早く頼ってくれていれば、私に迷惑をかけてはと思って躊躇していたのでしょう。早く助けることができれば、息子さんの罪も小さくできたものとと思うと、慚愧の涙が止まりません。」

と上がり込んで、一方的に話した。酒まで要求した。断ると、

「私の真意が、分かってもらわず残念です。」

と不快そうな顔で帰ったという。

 それは、目菜の家でも同様

「何時でも、また、俺を頼ってくれ。今度こそ、守ってやるからな。」

 彼女の姿を見かけると、叫ぶようにして呼びかけた。

「娘さんのことは、まかせて下さい。」 

“お前は、私のなんなんだよ!”

 その時が、彼の“絶頂”だった。彼と彼の“同志”の証言すらも食い違いをみせていた。男は皆が自分が目菜の恋人になっていたし、女達は自分だけが唯一無二の親友になっていたのだから。まあ、そもそも目菜自身、両方の両親や家族、周囲の人間達に調査が拡がると、状況が変わってくるのは当然だった。それに、警察の過去の記録もある。彼は、不当な圧力があると、各方面に働きかけ、彼女らも当初は動いたが、マスコミがあまり動かなかった、話題になりそうもなく、不利そうなことも分かったせいか、早い時期に引き上げてしまった。そして、結局、小さな暴行事件の後始末が残っただけだった。

 田蛇と目菜、その周囲に多大な迷惑と田蛇がインポになってないかという彼の大きな心配だけを残したが。

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