第19話 目菜を助けたヒーローがいた?
博物館を巡り、図書館で勉強し、遺跡を巡り、自然を歩き、たまにプール、カラオケ、水族館、遊園地で遊び、バイトもしてと、それなりに、夏を満喫していた2人は、目の前の中年女性から、
「人の心が少しでもあるなら、あなたを救った私の息子に感謝の言葉と真実の証言で無実を証明してあげて!」
怒りと憎しみと哀願がないまぜになった肥満の顔は、涙をとめどもなく流して、くしゃくしゃになっていた。
彼女と彼女の夫と弁護士が一方に並び、テーブルを挟んで、他の側に田蛇と目菜、その両親達と弁護士が座っていた。
「あんたを助けたのは、このインポ野郎じゃないわよ。あんた、いい加減に、本当のことを言いなさいよ!」
中年の婦人は、吠えるのを止めなかった。
夏休みの後半、バイトを終え、帰ろうとしていた2人に、正確には目菜に声をかけてきた、大柄で、かなり肥満体の男が声をかけてきた。
「僕だよ。覚えていない?君を助けた、本当の恩人だよ。」
「は?」
2人は唖然とした。男は続けて、
「君がレイプされかかっているのを助けたじゃないか?覚えていないはずはないよね?」
目菜は怯えて、田蛇の後ろに隠れた。田蛇は、震えながら、彼女を後ろに庇って、言い返そうとした。しかし、彼が何か言い出す前に、
「この偽者め!彼女を騙しているんだな!許さん!お前みたいな奴に、彼女は渡さない!」
一本背負いで投げ飛ばされてしまった。彼に取りすがる彼女を引き離そうとしているうちに、通報て駆けつけた警察官に、現行犯で逮捕された。
実は、その数日前、彼に彼女は会っていた。仕方なく出た合コンであった。人数あわせだからと、頼まれて仕方なく出たたのである。田蛇には、チャンと言ってあったが。当然と言えば、当然だが、彼女はけっこうもててしまった。つき合っている人がいるとまで言ったが、彼もそれでもしつっこかった男の1人だった。
「彼女は僕がヒーローではないことを知っていますよ。僕は、彼女を助けようとして、助けられなかった軟弱者です。」
田蛇は目菜を横目で、見ながら寂しそうに言った。
「ようやく認めたわね。分かった?こいつは、偽物なの!息子こそが、あなたの恩人なのよ!」
勝ち誇るように言う彼女に、
「私はレイプから助けられませんでした。助けようとしたのは、彼だけなんです!」
震えながら、目菜は、自分を励ましながら言った。田蛇は、その彼女を心配そうに見つめた。
「あんた、まさか、助けた恩人を捨てて、レイプした男の女になったの?とんだ淫乱女ね、貴女って。」
蔑むように2人を見た。
「ゴホン。」
わざとらしい咳払いをして、田蛇の父親の隣に座る弁護士が、
「そのように、罵るような言動は止めていただけませんか。奥様、過去の事件の経緯について、ご説明させて下さい。」
それに何か声をあげようとする彼女を、女性弁護士が止めた。
警察の記録からあの場に居合わせた人間の証言からなる資料を雪面し、田蛇を柔道技で投げ飛ばした男がいることも指摘した。
「それでは、私の息子がレイプ犯だというの?!」
立ちあがって暴れかねない様相だったので、彼女の弁護士が彼女を押さえた。
弁護士同士のやり取りとなった。目菜に横恋慕した男の弁護士は、田蛇達の弁護士の資料を否定しようと試みた。両者の論争が続いたが、田蛇達の弁護士の方が押し切った。
最後に、相手側の弁護士は目菜に、
「あなたは、あなたをレイプした男達の顔も名前も知らないと?」
「はい。そうです。知っていたら、訴えます。」
目菜は、力強く、しっかりした調子で言った。
「今、現在は、その相手を見つけていないということですね。」
「訴える予定は現在ありません。」
弁護士同士のやり取りがあった後、相手側の弁護士は取りあえず今日の所は、これで終わりたい旨提案してきた。依頼人は不満そうだったが、強引に認めさせた。
その後は、弁護士間の話あいになり、民事は和解となって、治療費と経費の支払いと謝罪、そして、二度と近づかないという条件を相手側は受け入れた。詳細を言うことができるということは、レイプ犯だと認めることになると、相手側の弁護士も認め、依頼人を説得したらしい。謝罪の際も、彼らしくは不満そうだった。ただし、彼がレイプ犯の1人なのかどうかはわからなかったが。田蛇も投げられたわけだが、暗く、しかも長い時間、相手を見ていたわけではないから、
「同じように体が大きかったということしか…。」
投げ技で、投げられている瞬間に見えた顔で分かるなんてことは、ドラマの世界の話でしかない。
彼は、別れ際、
「何時でも、頼ってきてくれていいんだからね。」
と言った。記憶が、自分に都合がよい方向に、改変されているとしか思えなかった。目菜は、すぐに田蛇の後ろに隠れて震えていた。
「ああいう奴が、長生きするんだよな。」
田蛇の父が、吐き捨てるようにつぶやいた。
この後、田蛇の方には、目菜がレイプ犯達を愛してしまっているんだと、訳知り顔で説得に来る連中がいた。男も、女もいた、何故か。
「まあ、軟弱男であることは、認めるけれど。」
流石に、愚痴が目菜の前でも出た。
「私は、今は、そんなこと思ってないよ。」
彼女は、また半歩後退していたが、彼の頭を抱いて、なでた。“でも、何で彼をあの時、誰よりも憎んだんだろう?”
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