第5話 何で告られる
あれから、3週間以上が過ぎ、ゴールデンウィークが明けた。最初のうちこそ、また命を狙われないか怖かったし、視線を感じたが、何事もなく過ぎ、平穏な日々を田蛇は過ごした。
「ちょっと、待ちなさいよ。」
校門を出たとき、後ろから声をかけられた。ギクッとして振り向くと目菜が、塀に寄りかかって立っていた。
「何か用か?」
恐る恐る尋ねると、
「話が、あるあるから呼んだのよ。付き合いなさい。」
「は?」
「いいから、こっちに来なさいよ。」
周囲から好奇の視線が集まって来ているのを感じて、彼女は彼の手を握って、彼を引きずるようにして歩き始めた。
「おい…、仕方がないなあ。」
取りあえず、彼女に合わせるしかなかった。
「これはあなたでしょう?」
人目を避けられる公園の木陰まで連れていかれた田蛇が目菜に、スマホの画面を突きつけられて目に入ったのは、踏切の遮断器が降りて身動きが取れなくなっている老人を助けている田蛇の姿であった。
「いつの間に撮ったんだ?」
思わず抗議すると、意外だ、心外だという表情で、
「このことで、あんた以外の奴が、表彰されているのよ。どうして平気なのよ?」
この件で、ある高校生グループが地元の市役所から表彰を受けたのだ、踏切から救い出したということで。その老人も、彼らによって救われたと証言しているが、不鮮明ながら、彼らではない人間が老人を踏切から連れて出る映像がSNSに流れ、疑惑が出ていた。
「あの動画の流出元は君か?」
「違うわよ。そんなことはどうでもいいのよ!どうして、このことを、黙っているのよ。それだけではないわ!」
彼女は次々にスマホの映像を変えては、その都度彼に見せつけた。ごみを拾っているところから、道で倒れている人を助け起こしたりしているところまで色々な画像があった。よくもまあ撮ったものだと、
「どうして、そんなものが…、まるでストーカーじゃないか?」
呆れたという顔だった。
「何よ、その言い草は!感謝してほしいくらいよ。確かに、最初は、あんたを殺してやろうと思って…。」
田蛇は思わず震えて、身を引いた。慌てて、目菜は、
「今は違うわよ。兎に角、どうして黙っているのよ。」
「俺は、修行なんかまっぴらだからだよ、」
「なによ、それ?」
「いいことをしても、不運にあうのはどうしてかと質問したら、善行を施したという驕りに罰が当たったのだ、見返りを求めるいやらしい心があるから不幸になる、善行を施したので修行させてもらっているのだと感謝しなさいとか言われた、複数の人から言われた。苦しい修行も、不幸も嫌だから、いいことはしないことにしたんだ。」
「何よ、変な話。その割に、何で人を助けたりとかするのよ?」
「ついやってしまうんだよ!心が弱くて、意志が弱いから。だから、せめて人に知られないようにしてるんだよ。」
目菜は、ますますわからなくなった。
「それで、どうして私を助けようとしたのよ?」
「成り行きだ。」
「また、訳の分からないことを言うのね。通報しながら逃げればよかったんじゃないの?あそこまでやって、簡単にのされちゃってさ。」
目菜は、本当は悪かったと思ってはいたが、田蛇は軽蔑されていると思っていた。
「一緒にいたご近所の、幼馴染みの、同級生が助けようと飛び出しかけたからだよ。俺一人が逃げる訳にはいかないだろう?彼女達を通報させながら逃がして、僕は…、それで…のされたというわけだ。」
“付き合っている彼女がいるのか…、関係ないでしょう!”
「彼女の前でいい格好したかったんだ。」
「だらしない姿を見られて、確かに恥ずかしかったな、彼女と付き合っていたら、振られていたろうな。そうなっていたら、二重にショックだったな。」
「付き合っていたんじゃないの、その幼馴染みと?」
田蛇は、その日の事情と一緒にいた女の子達との関係を説明した。“何でそんなことまで説明しているんだよ、俺は。”その日の目菜のこと、どうしてレイプされたのか、誰にされたのかという言葉をのど元8分でとどめた。流石に、彼にも、彼女にとってのそれは思い出すのもきついことだろうと思えたからだ。
「そうなんだ。悪かったわ。」
「え?なにが?」
本当に彼には分からなかったのだが、彼女は真っ赤になって、
「助けてくれようとしてくれたこと、感謝しないといけないのに、逆恨みみたいなことをして。御免なさい。そして、有難う、」
彼女は頭を深々と下げた。田蛇は、唖然として態度に困った。目菜が頭を上げた時、ようやく
「助けられなかった僕が悪いんだよ。」
何とかそれだけを言えた。その後は、2人とも話す言葉に詰まって、何となくそのまま別れた。
田蛇は、これで終わったと思った。殺されかねないことはなくなった。美人の女の子とこれで終わりかと思うと残念ではあったが、当然だと諦めた。ただ、ラブロマンスの妄想をその夜はしたが。
「おい、俺達、付き合っていると思われてるぞ。」
何故か、数日後の土曜日の午後、マッテリアで同じテーブルで向かいあって座っている田蛇と目菜がいた。
その翌日も目菜は、下校の校門で声をかけてきた。
「やっぱり、昨日のお前の考え、おかしいよ。」
から始まり、陸上部での事故からの話からあの日に至までの話もとりとめのない話もすることになった。
「私は、高校に入るまで、勉強も、短距離走もかなりできてさ。天狗になっていたわけではないのよ、もっと凄い人はいっぱいいると分かっていたわ。でも、ある程度は頑張ればやれると思っていたわ。それが、全くダメだった。勿論落ち込んでも頑張ったわ。それが、やっぱりダメで、怪我して駄目だしされて、なにがなんだか分からなくなったのよ。」
「僕には分からないけどね、そこまで頑張ったことがないから。でもさ、負け組がいるから、勝ち組が存在するんだし、どこでも負け組が出る。負けた後どう上手くやるかが大切だとは思うよ。それに、頑張ったことはその中で役に立たないことはないと思うよ。」
「それでさ、悪い奴らとちょっと、本当にちょっとだけつき合うことになってさ。でもさ、やっちゃいけないことをしたくなかったから、抜けたんだよ、本当に。あの日は、ちょっと、むしゃくしゃしたことがあって、コンビニに出かけて、あ、買ったのはジュースだよ、酒じゃないよ、その帰りに襲われて…、訴えてやりたいくらいだけど、知らない連中だったし、まあ、よく分からなかったというのが本当のところかな、だから…。」
泣き出した彼女を、そのまま彼は見守るしかなかった。
目菜には、彼の言葉も態度が新鮮に、感じられた。誰もが、弱さを非難したり、分かると言って叱咤激励するかだったから。
そして、話していくうちに、感性も、趣味も、気も合うことが分かった。そ
それに、田蛇のほうも、美人がそばにいると嬉しい。それで、毎日一緒に帰ることが続いていた。戸奈達から、
「2人は付き合っているの?」
と興味津々、心配半分にメールで質問してきたのが、昨日の夜のことだった。
「困るんだ?」
無表情で、伺うように言った。田蛇は何と言うべきか、目菜はどんな言葉がくるか心配で、胃が痛くなった。
「僕は、美人で性格のいい目菜さんといられるのは嬉しいし、付き合っていると思われるのは、何か誇らしいよ。でも、釣り合いの取れない相手とあらぬ噂が立つと、目菜さんが困んじゃないかと不安なんだよ。」
「じゃあ、私が困らないなら、付き合っていいということになるけど?」
「それは勿論だよ。」
“即言えたぞ。”
彼女が過去に交際していた相手がいるという噂は気にならなくもないが小さいことだった。とにかく、自分の気持が誤解されずに、彼女を傷つけない言葉ならO.K.、彼女が自分と本気で付き合うつもりはないと田蛇は信じ込んでいた。目菜は、彼の気持を図りかねていた。
「じゃあ、付き合おうか?」
一歩踏み出してみた。
「いいよ、僕は。」
それで、何となく気まずくなって、その日は終わった。翌々日も、田蛇は目菜にメールで下校後、屋上に呼び出された。
「私と付き合って!」
田蛇の姿を見ると目菜は大声で言った。
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