第4話 絶対あんたを許せない!

 この件は意外なことに、2~3日で終焉した。

 3人が家に帰ると、姉と弟が待っていた。

「兄さん、大丈夫?」

 玄関を入ると心配していたといい顔の弟が尋ねた。

「お前達、夕食は食べたのか?」

 やはり心配する父の言葉に応えずに、姉が、

「大変よ。あいつ、了を中傷する内容をSNSでまき散らしているよ。」

「まあ、兎に角、食事だ。腹がへっては、戦ができない。」

 夕食はカレーだった。直ぐに温め直して5人は食べ始めた。食べながら、まず母が、

「明日、学校に抗議に出かけるわ。あなたも、職場を休んで一緒に来てよね。」

40代前半だが、30半ばに見える母は闘志むき出しで言った。11歳上で、背が高いがやや細身の父は、髪がふさふさなので歳よりは若く見られがちだが、

「ああ、もちろん。お前は学校に行け。父さん達が頑張るから、嫌だろうが、耐えてくれ。それから。」

 母に似た美人の長女の方を見て、彼女は大学生で弟達の高校の先輩でもある、

「SNSで、あの教師を止めてくれないか。できるか?」

「ああ、もちろんだよ。今は、暇だから、思う存分やってやるわ。でも、」

 急に心細そうな顔になり、

「でもあいつさ、マスコミとか、弁護士とかの知り合いがいるらしいよ。熱血教師なんぞと持ち上げられて。」

 父も母も恐れる風はなかった。

「おばあさんの会社の関係している弁護士に声をかけるわ。」

 彼女の母は小さいが会社を持っており、彼女は役員として手伝っていた。

「悪友達にも頼むさ。それから、従姉妹にも応援を頼むよ。」

 父の高校、大学の友人達、父は悪友というが、弁護士やら幅広い。かなり年下の従姉妹達はSNSでも何でも役にたってくれそうな人間達だった。

「SNSには、父さん達も参戦するから。」

「僕も頑張るよ。」

 弟が言うと、

「お前は学業だ。」

と軽く一喝したが、悪いと思ったのか、

「悪い噂がでたら否定しまくってくれ。兄さんが危なくなったら、知らせてくれ。」

「食べて、風呂で疲れを取って、早く寝なさい。明日から、戦いよ。」 

 寝る前にスマホを見ると、幼なじみ達からの心配するメールが着ていた。

「まあ、俺は恵まれているな。」

 翌日、登校すると金谷が待ち構えていたように現れて田蛇を罵った。

「このレイプ野郎!こいつは卑劣漢、女の敵め!」

 彼は結構人気があったので、同調する生徒も多かったが、幼なじみで同級生の戸奈と宵谷が積極的に反論して守ってくれた。証人である戸奈の言葉は説得力があったが、 

「あいつの言っていることは、理屈に合わないもんな。」

と、当初金谷の言葉に影響されていたが、納得してくれる連中が次々現れてくれた。

 両親は、学校にやって来た。息子の担任と話すことになったが、担任の教師は、警察とも直接話をしており、事情を知っていたこともあり、完全に同意してくれた。彼は気弱な性格だったが、それなりに自分の生徒を守ろうとする気骨のある人だった。金谷は、彼に対して怒鳴りつけ、罵倒したし、校長以下も彼をおさえようとはしなかった。かえって孤立したのは、担任のほうだった。しかし、彼は頑張ってくれた。

「退学させてやる!」

と熱血教師は息巻いていたが、それが翌日には、

「彼から、母親がDVを受けていると相談を受けただけですよ。彼は発達障害ではないかと父親が言ったので、窘めただけなんですがねえ。どうして、あんなことを言うのかな。」

となり、翌々日には、

「落ち込んでいたので、被害にあった女の子の気持ちを考えてみろ、と力づけた積もりだったんですが、誤解されて残念です。」

 最後には、校長から謝罪があり、彼は田蛇をレイプ犯呼ばわりするのを止めた。

 彼の頼みとしていた弁護士が、相手方にも早々に弁護士が出てきたので怖じ気づいたこと、SNSでの発信への反撃が激しく、それに反論している内に、たちまち

「殺してやる。」

「犯してやる。」

とか書き出して、本性が出たのだろうが、アカウントを停止されてしまい反論の手段が一時的にだが失ったこと等があったことも大きかったが、一番の要因は運動部の顧問の教師達から圧力がかかったことだった。スポーツで有力な部がいくつもあり、スポーツ界でそこそこの有力者ばかりだった。最近、部員や部員以外の生徒の不祥事、レイプ事件も含め、で出場辞退に追い込まれる高校がでることが続いたことから、彼らと校長が注目されることを恐れたからだ。

 終わってから姉が、

「あいつ、どうしてあんなことをしたんだろう?」

とみんなと食事中言い出した。

「熱血教師者物では、不良が純な存在と出てくるだろう。昔、テレビで何とかの新人賞を取ったマンガが紹介されていたが、マラソン選手の主人公を助けるのは、一度ケンカした不良だったな。有名なグルメマンガで、玄米食で格闘技部と主人公が対立する編で、制裁なら暴力でも、犯罪にならないと言い出す場面があった。それが、直接影響しているかどうか分からないがな。発達障害も内容を知らずに、よく話題になるから、飛びつくように言っていたんだろう、ああいうのはいっぱいいる。」

 父の説明に

「でもマンガで?」

「教師だって同じ人間だよ。そして、小説にしろ、マンガにしろ、人は大人でも子供でも、素人でも、専門家でも影響を受けるものだよ。」

「それは、自分のこと?」

 母が茶化した。

「私もその一人だろうな。」

 父は認めたが、この後、父のマンガ論が始まり、姉は3人から批判の視線を受けた。

 しかし、これはその後の不幸のきっかけだった。翌週末、古書市で本を買った帰り道、ふと川沿いの遊歩道に降りて、重い袋を足下に置いて、景色を眺めていると、後ろから、

「ちょっとあんた!」

 女の声だった。振り向くと、ストレートに髪を伸ばした、長身でスマートな美少女が立っていた。彼女の顔は憎悪で歪んでいた。たじろぎかけた。彼と同じ学校の制服を着ているから、同じ学校なのだろうとはわかったが、それ以上は分からない。学校で見た記憶があると思ったが、誰だかは分からなかった。怖くて声が出ないのに苛立ったように、

「私の顔を覚えているでしょう?この偽善者、軟弱男!」

 彼女の手には、ナイフがあった。周囲を見ると、暗くなっているわけではないのに誰もいなかった。彼女もそれを狙ったのだ。

「誰だったけ?」

 ライトノベルやマンガ、アニメに出てくる、この場合に、最悪の言葉が出てしまった。彼女の美しい顔は、更に怒りで歪み、最早ものを言わずにナイフで切りつけてきた。咄嗟に、何冊かの本の入ったカバンを掴み振りまわした。それが、運良く彼女の頭に直撃した。かなりの重さがあったから、彼女は気絶した。

 目を覚ました時、何がどうしたのかわからなかった。どこにいるのかも分からなかった。上から心配そうに見下ろしている男がいらのに気が付いた。

「良かった、気が付いて。心配したよ。気を失ってから、5分くらいだよ。」

「う~ん。」

 彼女の頭は混乱していた。

「あなたは誰?」

 男は躊躇したが、

「田蛇。千都高校3年A組。君は?」

 それに釣られて、

「同じ高校の3年B組の目菜。…あ!」

 ようやく思い出した。ナイフを目で探した。その様子で察したのか、田蛇が手に持っているナイフを見せた。ひったくろうとしたが、その手をかわして、自分の懐に隠した。

「絶対に、あんただけは許さないわよ。この軟弱者の偽善者!」

「一体、なんの…あ?あの時の女の子?」

「ようやく分かった?この偽善者!あれだなけ、あの日のことを吹聴しておいて。」

「学校内では言ってないよ。こちらだって、ケンカの疑いをかけられて退学処分されかねなかったから、学校側には言っただけだ。君が、僕をインポにしかけたけとは言っていないよ。」

 田蛇は皮肉っぽく笑った。目菜は、殺意のこもった目のままで、

「残念だったわ。インポにしてやったと思ったのに。」   

 “迷惑な奴だな。”と思っていたものの、彼女の殺意がなくなっていないことはわかった。彼女がナイフで人を切りつけた経験はなさそうだと思った、さっきの動きから。それでも、このままでは不味いと、田蛇は思った。“ここは早く逃げなければ。”彼は立ち上がった。

「兎に角、感謝されないのは分かる、馬鹿にされるのは当然だ。でも、逆恨みだけは勘弁してくれよ。」

 目菜の目を見ながら、じりじりとあとずさりして、少し離れてから、背をむけるとダッシュで一目散に逃げ出した。

 彼女が後ろから、貞子のように追いかけて来ないか心配だったが、しばらくして振り返ってみると、彼女の姿はなかった。

「了。お前、B組の目菜と何かあったのか?」

 翌日、教室で宵谷が教室に入るなり、彼のところに来て尋ねた。

「B組の山田がお前のことを根掘り葉掘り訊かれたっていってたぜ。」

 田中は、2人と同じ書道部の部員で彼らと親しかったし、何日か前、学校内を、3人で歩いていたことを思い出した。

「いや、…ああ、昨日古本市の帰り、川辺の遊歩道でぼ~としていたら、声をかけられて、少し話をしたけど、後にも先にもそれだけだぞ。」

 嘘は、言っていない、と彼は心の中で弁解した。

「それって、そのうち告白になるんじゃない?」

 耳ざとく戸奈が割って入ってきた。

「おい、おい。」

 そう言いつつ、どう否定しようか悩んで、少し作り笑いをしていると、2人の表情が心配そうなものに変わっていた。

「目菜って、どういう奴なんだ?美人ではあるけれど。」

「う~ん。」

 迷うように唸った。そのうち、思い切った表情になり、

「お互い、好きになったのなら、何も言わないし、応援してあげるんだけど。」

 深刻な表情になっていた。

「おい、全然、そんなことないってば。少なくとも、今のところは。」

 それがいけなかった。2人の表情は、更に不安なものを見る顔になっていた。

「あくまでも噂なんだけどな。」

「?」

 彼女は陸上部だった。スポーツ推薦で入ったわけではないが、それなりに才能があったし、努力家だった。が、2年になるとともに怪我で選手生命を失った。失意の彼女はイジメを受けて、2年の後半には欠席しがちになり、不良仲間と付き合っているという噂がたっていたという。美人だったから、結構目立っていた。

「学園ナンバーファイブに入っていたとか。痛い、俺が言ったのではないよ。」

 宵谷の腕を戸奈がつねったのだ。彼は彼女一筋だし、戸奈は宵谷だけである。戸奈は目菜とタイプが異なるというか、美人というより可愛い女の子だった。美人と可愛いの違いはと言われると分からないし、戸奈が幼いというわけではなく、プロポーションはかなりいい方である。それはともかく、目立っただけに、やっかみやらが落ち目になった時にどっと来たのである。さらに、それに陸上部の顧問が加わっていたらしい。有力選手ではない彼女のことには関心がほとんどなかったし。どちらかというと安全を考えるより、成績が第一であり、安全は自己責任である、俺は知らないと日頃から公言していた。それが、いざ酷い怪我をした部員がでると自分への裏切り、自分に不当な責任を追求する行為だと感じたらしい。それで、彼女に、積極的に辛く当たる態度となったらしい。彼女の悪評を流したりもしたようだ。

“よしてくれよ!”彼は心の中で泣き叫んだ。




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