第2話助けられないなら出てくるな!

 3年近く前、高校3年生になる直前の春休みに入ったばかりの時だった。夜、近所の幼馴染みで、同級生の戸奈李代とその従妹と一緒に歩いていた。彼女の母親に、彼の母親が電車の遅れで親戚の女の子の到着が夜になり、駅で待っている娘も含めて心配だから、付き添ってくれないかと頼まれた。“年頃の高校男子が一緒の方が危ないのと違うか?”と思ったが、母親が快諾、彼に頼んだので、人畜無害と思われたことを疑問に思いつつ、応じざるを得なかった。駅で2人と合流、帰り道の半ばまでは何ごともなかった。それが、公園にさしかかった時、助けを求める声がして、好奇心から3人は入っていってしまった。その時、木々の間から女性が数人の男達からレイプされているのが目に入った。田蛇はここは逃げて、スマホから警察に通報すればいいと思った。が、戸奈が

「助けよう。」

 正義感が人一倍強い彼女を止められないことは、長年の付き合いから分かっていた。そして、やはり幼馴染みで親友の恋人である彼女を危険にさらすわけにはいかない、自分を振った女の子であっても、と思った。心の中では、嫌嫌だったが、

「お前達は逃げながら、スマホで警察に通報してくれ。僕はあの人を助ける。」

と警察への通報状態にしたスマホを渡した。戸奈は従妹の手を引いて、スマホを受け取って話しながら駆けだした。直ぐに意図を察して行動したことにホッとしつつも、“少しは俺を見捨てられないと躊躇してくれ。”と心の中で悲鳴を上げた。

 田蛇は、勇気を振り絞って突進した。しかし結果は、あっという間に彼は倒されてしまって、女の子を助けられなかった。彼を弁護するならば、大声で叫びながら、女の子にのしかかっている男を引き離そうとした。が、直ぐに柔道技で投げ飛ばされ、立ち上がると巧みなボクシングのフットワークの男のワンツーパンチで吹っ飛んで倒れ、それでも何とか立ち上がるが、回転まわしげりを喰らわされ、立ち上がることが出来なくなったところに、ご丁寧に吊り天井を決められて完全に動けなくなった。一方的に、あっという間にのされたことには変わりがないが。本当はまだ立ち上がることは出来たかもしれなかったが、その気力がなかった。もう痛い目にあうのが怖かった。女を犯していた男達は、逃げるように立ち去ったのはパトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた時だった。

 何とか起きようとした彼は、足で踏みつけられた。それは、彼が助けようとした女の子だった。

「助ける力の無い奴が、しゃしゃり出てくるな。この偽善者野郎!死んじまえ!」

 彼の下腹部に渾身の力を込めた足蹴りがされた。彼女は破れた服を抱えるようにして走って言った。彼は完全に気を失った。彼女は、この時、ハイヒールを履いていた。本来ならヒール部分が彼の急所に当たる、最悪の場合突き刺さったかもしれない。幸いなことに、それが、折れかかっていたため、直前に折れて急所に当たることがなかったので、性的不能にならずにすんだ。

 倒れていた彼は、救急車で運ばれて緊急入院。両親が駆けつけて、

「危ないことをして!自分を大切にしなさい!」

と母。

「本当に自分の安全が大切だぞ。」 

と父は言いつつ、

「正しいことをしたのだから、それは嬉しいよ。」

と言ってくれた。また、母も最初以外は怒らなかったし、あとは励ましてくれた。

 戸奈とその両親もきて、頭を深々と下げて謝罪した。戸奈などは泣き出した。彼も、彼の両親も戸奈たちに罪はないこと、間違っていないと言った。彼の怪我も奇跡的にたいしたことことはなく、骨折も内蔵損傷もなく、長期入院とかは必要ないものだった。被害届は出ていなかったが、戸奈達の証言や周辺の警察の聞き取りなどから、田蛇の行動力や事件の内容は証明された。が、である。

「これは、あなたが先に手を出したケンカだと思っているわ。あなたがケンカを起こしたせいで、女の子がレイプされたのだから、あなたはどう謝罪するのかしら?相応の処分を考えているからね。」

 病院を訪れた彼の学校の生活指導担当者の一人である女性教師の言葉に、彼も、彼の両親も目が点になった。目が点になったのは彼らだけではなかった。彼女と一緒に来た彼の担任と保健教師も目が点になっていた。母親が1番早く反応した。

「息子はレイプされていた女性を助けようとしたんですよ。どうしてそういうことになるのですか!」

 30代後半の彼女は小さくため息をついて、わざとらしく、

「お母さんはそう思いたいのは分かりますよ。でも、客観的に見れば、息子さんが先に手だしているんですよ。あなたは、先に卑怯にも後ろから、一人を投げ飛ばそうとしたのよね。先に手を出したのはあなたでしょ?」

「それは、レイプを止めさせようとした行為ですよ!」

「そうでしょうか?彼等はレイプしようとしていたのでしょうか?彼等は多人数にもかかわらずタイマンで闘いましたね。実に堂々として、紳士的だったですね。そういう彼らがレイプをするでしょうか?息子さんが暴力を振るったことで興奮して女性と性的行為をしたのではないでしょうか?千歩譲って、彼らがレイプしていたとしても、まずは事情を尋ねて、確認した上で、レイプを止めるよう伝えるのが正しい行為ではないかしら。それでも止めなければ、周囲にいる人に訴えて一緒に、彼らに訴える、それでも聞かなければ警察に通報することを伝えて、それでも駄目なら初めて通報する、じゃないかしら?それなのに、あなたは、最初に警察に通報し、後ろから卑怯な不意打ちを仕掛けたため、制裁を受けた、あくまでも、あれは暴行ではなく制裁!、その結果、女の子がレイプされた。そのことをどう思うの?彼女の気持を考えたことがあるの!」

 まくしたてる彼女に声が誰も出てこなかった。何とか、父が口を開けた。

「学校側の正式見解なのですか?」

「はい。そうです。」

「いいえ、違います。息子さんは、女性をレイプから救おうとしたのが私たちの見解です。」

 それに対して、彼の担任が慌てて割って入った。彼の担任は、温厚で、やや気の弱いくらいの40ほどの男性だが、意を決したように言った。

「そうです。それが学校側の見解です。学校としては、息子さんが悪いなど考えていません。」

 彼の言葉に力を得たように、保険の若い女性教師が力強く言った。

「あなた方。女の子のことを考えないの?彼女はどうでもいいの!警察も、彼が悪いと言っているわよ。誰だって、みんな、私と同じことを考えるわよ!」

 責めるような口調で正当性を認めさせようとした。

「警察はそんなことは言ってませんよ。警察の話を聞いて、私は息子のことを判断しています。」

 父は、ゆっくりした口調で言った。

「その証拠を出して下さい。」

「あなたこそ出して下さい。」

「私は、正確な分厚い資料を用意してありますよ。弁護士が、これ程完璧なものは初めて見た。これなら、確実に裁判で勝てると言ってもいますよ!」

「それを出して下さい。」

 二人は睨み合った。

「息子が息子なら、親も親ね。奧さんが可哀想だわ。奧さん、何時でも相談にのりますからね。」

 そう言って立ち去ってしまった。残った二人は必死になって謝罪することになった。

 これは一日で終わった。謹慎処分も、退学もなかったし、あの女性教師は2度と来なかった。新学期が始まる前に退院できたし、満足感はあったし、平穏な日々がしばらく続いた。しかし、それで終わらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る