4章14話:ルーキー
海堂が体育館に帰ると、既に試合が再開していた。
「ブロック二枚!」
ドン!と音をさせてスパイクが床に突き刺さる。北雷高校の得点が一つ増え、十二点。対するサンショーは十一点である。
「ナイスキー!火野!」
「アイツ調子良いじゃん!」
「行け行け!点差つけろ!」
海堂がベンチに戻って来たことに気がついた箸山が手に持っていた紙を手渡す。
「……得点者を書いておいた」
「ありがとうございます。……今はウチがリードしてるんですね」
「……火野の調子が良い。まあ、相手も掴み損ねてるんだろう」
紙を受け取ってパソコンを開き、得点した火野の名前を十二点の欄に打ち込む。
「今試合初登板ですからね。本人も気合入ってるんでしょう。ブロックはどうですか?」
「……まずまずだ。久我山が常にブロックフォローに入っているから、取りこぼしは今のところはない」
「さすが久我山さん」
コートの中では物理的には一番小さな久我山だが、その存在感は誰よりも大きい。敏腕リベロとして、守備が手薄になりがちな北雷を常に土台から支えている。久我山無くして北雷の守備は成立しないと言ってもいいだろう。
「次のサーバーは……、火野ですか?」
「そうだな。後衛に上がったところだ」
ボールが火野に渡り、何度か床に叩きつける。
「火野!決めろ!」
「ズバンと一発お見舞いしたれ!」
「ナイッサー!」
コートの内外から飛んでくる声にちょっと反応してからエンドラインに立ち、目を細める。
「あちゃ〜、緊張してんのかなあ」
高尾の言葉に長谷川が頷く。
「しょうがないだろ。だって、サーブはまだ合格もらったばっかなんだから」
「合格ったって神嶋さんの判定だぞ?相当厳しいじゃん」
しかし、同級生の心配をよそに火野はと言えば。
(おおおおお!公式戦初サーブ!やべえ!来た!オレの時代来た!)
全く緊張などしていなかった。どちらかと言うと、とても興奮している。
(これは来ましたね〜!オレの時代来ちゃった感じですね〜!さあ、ガツンと一発ド派手にカッコよ〜く決めますか〜!)
テンションはマックスまで上がり、興奮で心臓が騒がしい。
ボールを持って目を開き、走ってからボールを上げる。
「ジャンプサーブ来るぞ!」
高階の声を耳に入れながら、火野は自分の到達する一番高いところまで跳び上がった。
「高い!」
長谷川はおもわず腰を浮かせる。
次の瞬間、スパイクが閃光のように閃いた。しかし、ッバン!と音をさせて小平がギリギリで拾う。
(うわ、重い……⁈)
東堂にボールを送りながら小平は考える。
(あの十二番、レシーブもブロックも雑魚のクセに、ジャンプサーブの威力だけは一人前とか偏りすぎ!)
東堂が綺麗なトスを上げた。それを真田が打ち抜き、相手リベロが拾おうとして間に合わない。ピピ!という音ともに「三浦商業」の四文字の下に十二と数字が増える。
「しゃあ!」
「真田!ナイスキー!」
「ナイスキー!」
声援を受けてニヤリと笑った真田も、今の小平の目には入らない。
(十二番、絶対に初心者だ。下手だもん。でもあの高さは怖え!何センチ跳んでんだよ!そこそこデケエのに、あんなに跳ぶとか反則じゃねえか!)
しかし、内心舌打ちをしてから小平は不敵に笑った。
(でも、リベロ的には燃えるかな⁈)
一方、北雷のベンチでは。
「火野のジャンプ力って異常だよな」
「ジャンプだけなら部でも上位に食い込めると思う」
高尾の言葉に長谷川が頷く。
「でも、一個だけ問題が」
水沼が苦い顔でそう言うと、残りの二人が同時に言った。
「スパイク以外は全部雑魚」
それから高尾はがっくりとうなだれて続ける。
「あれで一応初心者だからなぁ〜……」
「オーバーハンドパスとか死ぬほど下手で、しかもレシーブも雑魚……」
長谷川の力の無い声に高尾は頷いた。
「スパイクもサーブもジャンプがすごいから威力が出てるんだよな」
「元々の身体能力が高いんだよ。典型的なスポーツ万能野郎じゃん。足も速いしジャンプは出来るし」
「全体的に色々とバスケ選手寄りじゃね?」
「だって小四からバスケやってんだろ?そりゃなるわ」
「逆によく高校でバレーやろうと思ったよな」
そしてその話題になっている火野は、コートの中で不満そうに唇をへの字にしていた。
(サーブ、上げられた!)
ぐっと曲げてそのまま黙り込む。
(オレ的にはあのままエンドライン狙いだったんだけど、狙うの難しすぎじゃね⁈神嶋さんはバケモンかよ!)
するとその肩を誰かに叩かれて振り向く。
「火野、さっきのサーブ良かったぜ。次からもガンガン攻めてけ。弱気になったらお終いだかんな!」
久我山の一言に頷き、また前を向いた。サーブ権は移ってしまったので今度は北雷がレシーバーだ。
(久我山さんには褒められた!)
内心ちょっと喜んで、次のサーバーの東堂に視線を向ける。走ってからボールを上げる。
(ジャンプサーブか)
そう見切りをつけてレシーブに備える。青と黄色のボールがコートに飛来するのが見えた。
(やっぱり下手なオレ狙いだよな!)
ある程度分かっていた。このコートの中で一番下手なのは自分だ。それでも使われてるのは海堂に考えがあるから。本当なら、この試合で使ってもらえるほどの力はまだ無い。
腕でボールを受け止めようとしたとき、カクン、とボールの軌道が揺れる。
「え⁈」
そのまま取れずに床に落ちた。ホイッスルが鳴り三浦商業は十三点を記録する。
「ジャンプフローターだったな。アレは仕方ない。ただのジャンプサーブかフローターサーブかギリギリまで分からないのが、ジャンプフローターの利点なんだ」
神嶋の解説に、火野は辿々しく続ける。
「え〜っと、フローターサーブって確か無回転のサーブですよね」
「ボールに回転をかけないことで、途中で軌道が不規則に変化する。そうすると、さっきのお前のようにサーブを上げられなかったり、上げられてもレシーブを乱したり出来るという訳だ」
「なるほど。すげえ優れものだ」
「フォームは普通のサーブと変わらない。だから、本当に目の前に来るまで判断がつかないというのがフローターサーブの利点。そして、同時に恐ろしい点でもある」
「神嶋さんは出来ます?」
茶化すように聞いてみると、当たり前のような顔で神嶋は答えた。
「もちろん出来る。サーブは一式マスターしてるからな。おかげで、中学のときは『サーブの変態』呼ばわりされてたぞ」
そう言った神嶋は、吊り上げた唇の端から歯を覗かせて軽く笑う。
「そりゃされますよ」
「俺は、サーブとブロックで勝つしかなかったからな」
唐突なその一言に、火野は神嶋を見る。横顔に浮かぶ鋭い気配に疑問を覚えた。
「それってどういう……」
聞こうとしたときに審判の笛が鳴った。再び東堂のサーブだ。
助走しながらボールを放り上げてから跳んだ東堂の身体が弓のようにしなる。瞬間、凄まじい速さのサーブが突き刺さるように飛んで来た。
火野は落下地点を見定め、ボールを見る。
(次は取る!)
ボールは揺れない。恐らく、フローターでは無いだろう。火野の両腕がボールを弾き、野島の方へ行く。
「野島さん!」
声を上げて自分も走り出す。スパイカーは常に攻撃に参加出来るよう備えろ、と徹底されているからだ。
「レフト!」
と声を上げた能登が跳び、相手ブロッカーの意識がそちらに引き寄せられる。
(ブロッカーが引っ張られた!ナイス!)
相手コートを見た野島は瞬時に判断し、左手が一閃する。一瞬の隙をついたツーアタックは見事に決まり、北雷高校は十五点目。
「ナイス野島!」
「いやいや、今のは完全に能登のおかげ」
瑞貴とハイタッチしてからそう言った野島は、小さく笑って続ける。
「さっき能登がレフト!って叫んだとき、相手ブロッカーの意識がそっちに引っ張られたんだ。だから警戒が手薄になって、おれが得点できたノ」
「マジか……」
「マジです」
軽めのノリで話した後に野島は息を吐く。
(やっぱり朱ちゃんいないのしんどいネ〜。さっきのとこ、能登じゃなくて朱ちゃんだったらトス上げてたんだけど、能登は三枚ブロック破れない。破れるとしたら神嶋か……)
チラリと体育館のドアを見遣るが、そこに北雷のユニフォームは無い。
(このままだと苦しくなったらボールを集めるのは神嶋。……ていうか、この事態を予測してた海堂マジで半端ない)
野島の頭に、数日前の海堂との会話が蘇った。
『もし何かあって川村さんが戦線離脱した場合、ボールは神嶋さんに集めて下さい』
練習の後に野島を捕まえた海堂は、静かにそう言ったのである。
『何かって何?』
『例えば、接触事故での怪我などです。可能性はゼロじゃない。ウチの人たちはどうにも頭に血が上りやすいみたいなので、強敵相手に周りを見る冷静さを欠くかもしれません。そうなった場合、怪我をする可能性は否定出来ない。ならば対応策を練る必要がある。それだけの話です』
近くの木にとまっていたらしいセミが、日が暮れたというのに鳴き出すのが聞こえる。
『……おれが怪我するってことは考えてないノ?』
『もちろん考えてはいますけど、私の中では野島さんが怪我をする可能性はチーム内で一番低い』
どうして、とはあえて聞かない。この無愛想な後輩の言うことはなかなかどうして信用出来る。こと、バレーに関しては。そして実際、当たってしまった。
『神嶋さんなら、スパイクの威力も川村さんには引けを取らない。……もしここに川村さんがいなかったら、神嶋さんがエースアタッカーだったかもしれませんね』
それには納得だった。というよりも、それについては今の形に落ち着くまで長く時間がかかったことの一つだ。去年部が立ち上がったばかりの頃に揉めに揉めその果てにこの形になったのだが、それはまた別の話である。
(火野も調子良いから何とかなるといいんだけど)
一度ローテーションを挟み、北雷にサーブ権が移行する。サーバーは能登朝陽。
「ナイッサー!」
「入れろ入れろ!」
「サービスエース決めろ!」
走った能登がボールを上げ、右腕を振り下ろす。ドッ!と音をさせて小平がそれを跳ね上げる。それを見たスパイカー陣が助走に入った。
「リン!」
鋭く名前を呼ばれた東堂は、ボールを受け取る前に相手コートをざっと舐めるように見渡す。
(ブロックは低いからブチ抜ける!)
東堂の両手から上げられたトスを古湊が北雷のコートに打ち込む。瑞貴の右手がわずかにかすった。
「ワンタッチ!」
振り向きざまにそう叫び、久我山が走ってボールに食らいつく。
「リベロのトスから速攻来るぞ!」
一番初めの得点パターンを思い出した真田が絶叫する。
(さすがに見抜かれたか……!)
内心舌打ちした久我山はそのままボールを上げた。その先に構えているのは大型ルーキー・火野和樹。
(頼むぞ火野!)
祈りながら上げたトスが火野の右手に吸い付いた。一八六センチの長身を生かした、鋭いスパイクが閃く。次の瞬間、渾身のスパイクをゴガッと鈍い音をさせ高階が両手で弾き落とした。三浦商業はこれで十四点となる。
「タカさんナイスブロック!」
「っしゃあ!」
沸き立つサンショーに対し北雷も負けじと声を張り上げる。
「次だ!次!まだ巻き返せンぞ!」
「切り替え!」
「まだ一点差!突き放す!」
苦い顔の瑞貴が火野に声をかけた。
「火野!大丈夫!お前よくやってるから!」
「あざっす!」
それから瑞貴は一人で唇を噛む。
(くそ〜、さっきのスパイクにドシャットかませてたら良かったのに!下手に触ったから上手くいかなかった!)
ユニフォームの裾をぐっと引っ張って小さく息を吐く。
(次は止める。絶対に)
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