4章11話:第二セット

 休憩が終了し、第二セットが始まる。

「第二セットは死んでも獲るッ!お前らァ!気合入れろよ!」

 川村の声に北雷のメンバーは吠えるように声を上げる。

「おおお!」

「次は絶対に拾う!」

「ドシャットかます!」

「ッシャァア!ぶちのめェす!」

 しかし、威勢の良い叫びを上げて中に入る彼らとは対照的に、サンショーはまだコートにすら入っていない。

「あっくん、頼むわ」

 高階の言葉に、水無はベンチから立ち上がり、笑って三年生三人の目を見て続けた。

「……みんな、この試合の間はすごく落ち着いてるね。いいよ、最高だ。第二セットも頑張って。大丈夫。君らは、強いから」

 柔らかいが中に芯のある言葉に、三人は力強く頷く。それから古湊が口を開いた。

「あっくん、一個訂正」

「ん?」

「君ら、じゃねえ。俺ら、だろ」

 腕を組んでのその一言に水無は一瞬呆けてから、嬉しそうに笑う。

「……ありがとう」

「一、二年にも気合入れてやれよ」

 柳原の言葉に頷いてから身体の向きを変えて二年生の肩を軽く叩いた。

「麟太郎、響。二人ともよくやってる。特に響、今日は調子良いね」

「……先輩らの夏は、終わらせねえっす」

 低い声と静かな熱の揺らぐその瞳に水無は心の中で安堵する。大丈夫だ、ウチは強い、と。

「ん、ありがとう。……麟太郎、集中力が去年よりもずっと続いてる。この一年の成果が出てるね。第二セットも頑張って」

「もちろんです。水無さんの協力を決して無駄にはしません」

 東堂の線の細い肩を掴む手に力が入る。本当ならば自分がいたかもしれない場所にいるこの後輩を、心底応援したいと思う。けれども、同時に嫉妬する醜い自分を自覚している以上、素直になれないことがあった。だが、そんなモノは一度置いてしまえばいい。

「二人とも、自信持って。ここで二年でスタメンになれた君たちは、確実に強いから。大丈夫」

 二人が頷いたのを見逃さない。そして最後に、シューズの紐を直している小平に向き直る。

「智樹、頼むよ。サンショーの最後の砦は君だからね」

「痺れるレシーブで盛り上げますンで、ネアイシャッス!」

 まだ幼さを残す顔で笑う小平の、他に比べれば細い背中をさする。

「大丈夫、君は強いから!」

 第二セットが、始まる。


 双方のチーム全員がコートに入り、審判の笛が鳴る。サーブ権は変わらずサンショー、柳原将司。対する北雷は海堂の指示の元、サーブレシーブの基本とされるフォーメーションの後衛に守備力の高い能登、同じくレシーブの上手い神嶋を動かせる配置にして対応する布陣を敷いた。

 ここで第二セットを獲られれば北雷の敗北が決まるが、獲れれば第三セットに持ち込むことができ、勝つチャンスがやってくる。勝負の第二セット、コートに満ちる緊張は、第一セットの比ではない。

 審判の笛が、薄く張った緊迫の膜を裂く。柳原のサーブが上がった。北雷側はすぐさま神嶋と能登を残し、W型にフォーメーションを変える。サンショー側コートから向かって左側、神嶋のいるほうのエンドラインを狙った豪速球を、神嶋の両腕が弾いた。

「野島!」

 どうにか上がったボールを野島は必死で追う。何とか手にした攻撃のチャンス。これを逃すわけにはいかない。

「あ、けちゃん!」

 ギリギリで届いたボールをトスに変え、川村の頭上に上げる。

「ブロック三枚!」

 早い段階で助走に入っていた川村の右手が閃き、真田の真横をすり抜けたボールが床に当たるダパン!と激しい音が鳴った。

「イヨッシャァァァァァア!」

 川村が吠え、得点板の数字が一つ増えた。第二セットの先制点を入れたのは北雷高校。圧倒的な攻撃力を持つエースの三枚ブロックを破った必死の一点が決まる。

「ナイスキー川村!」

「よっ!エース!」

「セッター、ナイストス!この調子!」

「神嶋さんナイスレシーブ!」

 ベンチが一斉に沸き、ウォーミングアップエリアにいたメンバーが跳んで騒ぐ。その様子にコートの二年生たちは頼もしく笑い、神嶋と川村は互いに肩を叩きながら親指を立てて見せた。

「反撃行くぞ!」

 川村が叫び、その言葉に北雷側が勢いに乗って騒ぐ。その中でも海堂の頭は冷静だった。

(とりあえず考えていた案の一つ、柳原のサーブを拾って得点し、サーブ権をもぎ取る。そのままローテーションで神嶋さんがサーブ、というところまではいけたか。とは言え第二セットの鍵となるのは、やはりレシーブ……。そもそもの話として、サンショーに対抗するにはレシーブの練度が重要だった)

 パソコンに川村の名前と得点した際の状況を打ち込んでいきながら頭を回す。

(北雷の弱点は守備力の低さ。そして……、主力とベンチの、著しい実力格差。神嶋さんに代われるブロッカーも川村さんに代われるスパイカーも、野島さんに代われるセッターもいない。代えようが無い存在と言えば聞こえはいいが、つまりチームの選手層が薄いということ。人数の問題もあるから仕方がない部分もあるが、主力に何かあったとき、このチームにはそれを補うだけの力が無い)

 盛り上がるコートの中とベンチを見て内心ため息を吐く。このチームは良いチームだ。海堂自身それは自覚している。だが、それはあくまでも雰囲気や部員の意識の話。いくら意識が良かろうが、力が無ければ勝ち抜けない。

(強いチームの絶対の条件は、主力もサブも同様に強いこと。それを持たない北雷は、一体どこまで勝てるのか……)

 目線を上げサンショーを見る。次のサーブは北雷の神嶋のためか、彼らは何か言葉を交わしていた。

 そのベンチやウォーミングアップエリアには北雷よりも多い人数が待機している。中には三年生もいるだろう。スタメンの座を掴めなかったが、それでもチャンスを得たくて出場している選手もいるに違いない。防球フェンスの周りを囲む人間の多くがサンショーのユニフォームを得られなかった部員たちだ。

 強豪校の選手に三年間絶対に強いられるのは部内での「熾烈な競争」。コートにいる選手たちは、総部員数数十人の中から選ばれた本物の実力者たちだ。

(これから先の激戦を勝ち抜くにあたり、熾烈な競争を勝ち抜いた猛者を打ち破ることは必須の試練。競争率がはるかに低く、なおかつここ一年ろくに公式戦にも出られず、試合勘が鈍っているであろう二年生が、果たしてどこまで太刀打ちできるのか)

 海堂の三白眼が、燃え盛る真夏の体育館に人知れずギラリと冷たく光る。

「見せてもらいますよ、先輩方」

 落ちた言葉は、氷の欠片のように冷え切っていた。


「神嶋一本ナイッサー!」

「いけえええええ!」

「ぶちかませ神嶋!」

 北雷の選手たちが声を張り上げ、ボールを渡された神嶋はエンドラインに立つ。

「エンドライン狙ってくんぞ!判定しっかりしろよ!」

「トモ!頼むぞ!」

「さっこ〜〜〜〜い!」

 割れんばかりの声を上げるサンショーの応援の中、神嶋は一度目を閉じて深く息を吸って吐き出す。ちょうどそのタイミングで、審判の笛が鳴り響いた。

 走り出してからボールを頭上高くに放り上げる。右腕を振り下ろすベストのタイミングは考えるまでもなく彼の身体が覚えていた。事前に絞っていたコースに打ち込んだサーブを拾おうと小平が滑り込む。上級生に比べるとまだ細い腕が跳ね上げたはずのボールはそのまま壁に当たって跳ね返り、柳原の近くに落ちた。

 審判の笛が鳴り、再度得点した知らせが体育館に響く。得点板がめくられ、さらにもう一つ数字が増えた。

「ッシャァァァア!ノータッチエース来たァァア!」

「さすが神嶋さん!」

「やっべえ!痺れた!」

「ナイッサー!」

 再び喜ぶ声が上がり、それに応えるように神嶋は右腕を突き上げる。

「さっきはノータッチエースされっぱなしだったからな。それ相応のお返しをしておかないと、失礼ってモンだろう」

 そう言ってニヤリと笑う。明らかな煽りを含んだ一言にサンショー側のコートに炎が燃え上がる。

「神嶋さん、やる気満々じゃん」

 火野はそう言って楽しげに肩を揺らした。

「煽ってもかまいませんとは言ったけど、このタイミングか……」

 海堂は呆れてため息を吐く。どうやら主将サマは相手の強力なサーブに触発されてしまったらしい。ご自慢のサーブを炸裂させ、しかもそれが成功して大変ご機嫌が麗しい。

(意外と血の気が多いんだよなあ、神嶋さんは)

 苛烈な部分があることは知っていた。隠しているらしいが、二年生同士でのケンカも頻繁にしているようだ。少なくともあの下手な隠し方では海堂にバレている。胸ぐらを掴むくらいはざらなようだが、大体能登が止め役になっている。海堂は偶然その現場に遭遇したことがあった。

 昼休みに二年生の階を通ったときに聞き慣れた怒号が聞こえ、そちらを見ると神嶋と瑞貴が怒鳴り合っていた。戸惑いはしたものの、他の二年生もいたので問題無いだろうと思い見て見ぬフリをしたのだ。

「二本連続ノータッチエース狙ってけ!」

「うちの主将がお返ししてやんよ!」

「ナイッサー!」

 返ってきたボールを受け取った神嶋はボールを数回床に叩きつけてから右手に持つ。エンドラインから少し離れたところに立ち、審判の合図を待った。笛が鳴ったのを合図に凄まじい勢いで走り出す。

「エンドライン狙いの強打来るぞ!」

「構えろ!」

 サンショー側で怒号が飛び交う。明らかに強打を警戒したレシーブの陣形を作ろうとしているのを見て、海堂はため息をついた。

(サンショーも可哀想に)

 強打を警戒しエンドライン付近でレシーブしようとしていた彼らの予想は大きく外れ、神嶋のサーブはネット際に落ちる軟打だったのだ。

 ピピ!と笛が鳴り、さらに得点したことを告げる。第二セットで三点を先取した知らせに、コートとベンチが沸き立つ。

「おおおお!さすが!」

「あの流れから軟打はやばい!」

「神嶋さんの無双来た〜〜〜!」

 一方、サンショーの高階は苛立ちを隠せずに派手に舌打ちをする。

「だぁあ!二点連続ノータッチエース⁈ウチ相手にバケモンかよ、あの一番!」

 それを聞いた古湊は、渋い顔で高階を諫めた。

「タカ、落ち着け。テメエがギャンギャン言うんじゃねえ。主将がンなことしたらみっともねえだろ」

 口の悪い副主将の一言に一瞬ポカンとし、それからニンマリ笑う。

「そうだね」

「そうだよ」

 古湊明人は口が悪くて自分にも他人にも厳しい。故についたあだ名は「鬼の古湊」。だが高階は古湊が実は情に厚いことを知っているし、仲良くなれば優しいということも知っている。そんな古湊だからこそ、副主将を任せられると思ったのだ。

 そして古湊は期待通りの役割を果たした。苛立ってカッとなる高階を抑えるのも、ヒートアップしやすい柳原を冷やすのも古湊がやってくれている。

「頼むぜ。ウチの頭は、お前なんだからよ」

 古湊の手が、背中を叩いた。

 引き続きサーバーは北雷の神嶋。連続でのノータッチエースを狙う神嶋に対し、サンショーはそれを阻むつもりでいる。

「さっこ〜〜〜い!」

「ネット際の対応しっかり!」

「エンドライン付近も!」

「ジャッジ気を付けろ!」

 怒号が飛び交う中、神嶋が鋭いジャンプサーブを打ち込む。

「トモ!」

 サンショーのベンチから小平を呼ぶ声が聞こえ、それと同時に飛び出していた小平がラインのギリギリに滑り込んでボールを弾き上げる。

「くそ!拾われた!」

 火野の声に海堂は冷静に返す。

「でもサンショーを乱した!多分それが狙いだ!」

 北雷側は来るアタックに備えてレシーブとブロックの準備に入る。東堂にボールが届く少し前から助走に入っていた柳原に目をつけた瑞貴は、柳原から目を離さない。

「ブロック一枚!押し切れ!」

 その声が上がった直後に、ゴパンッ!と派手な破裂音が響きボールがサンショー側に跳ね返った。鈴懸瑞貴の意地を見せた高さのブロックが功を奏し、身長で勝つ柳原を見事退けた。

「チャンスボール!」

 柳原の叫び声に再度滑り込んだ小平が防球フェンスすれすれのところでボールを跳ね上げる。

「マジでヤナさんパねえわ!」

 自校のエースにそう言ってから数秒後、東堂が両手にボールを収めた。

「マークマーク!」

 北雷側にそう声が上がった次の瞬間、東堂の右手がボールをはたき落とす。勢いのあるツーアタックを川村がネット際で拾い上げた。

「ミコト〜〜〜〜!」

 立ったままでは対応出来ず、床に滑り込んだ姿勢のまま川村が相棒の名前を呼ぶ。

「はいは〜い!」

 それに答えながらも野島は自分と相手コートをいっぺんに観察した。

(向こうのブロックは今一番高いローテ。朱ちゃんはあの状態だから起き上がってからのアタックには絶対間に合わない。残るスパイカーは瑞貴、能登、神嶋の三人。相手ブロックを考えるとやっぱりここは……!)

 トスは、この日のスパイカー陣で一番の高さを取った男に上がる。

(主将に、バッチリ決めてもらおうかな!)

 柳原は神嶋の高さにギョッとしつつ、ブロックに跳んだ。隣には真田がいて、サンショーでも随一のパワーと高さを誇る二人がコートを守る壁になる。

「ブロック二枚!」

 耳に入った掛け声に神嶋は怯まない。自分の高さには絶対の自信があった。そして同じブロッカーだからこそ、ブロックのときの嫌なポイントもよく分かる。

(ブロッカー二人の、間を抜く!)

 右手に収まったボールが熱気と歓声を切り裂く。

「うおっ……!」

 真田が呻いた直後、強烈なバックアタックがサンショー側に突き刺さった。北雷高校、渾身の四点目である。

「おおおおお!」

 神嶋の怒号が響いた。

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