4章4話:苦戦

「ブロック二枚!」

 柳原の豪腕が鈍い衝撃音とともに北雷のブロックを破る。ボールはブロックの向こうに控えていたリベロに拾われ、相手のセッターに渡った。

(くそっ……、コイツら、ディフェンスをハメてきてやがる!)

 柳原は、自分のスパイクに自信を持っていた。生来の体質を利用して得た圧倒的な攻撃力。キルブロックをしようものなら指に怪我をしてもおかしくないほどの威力を誇り、大体の相手には打つだけで戦意を喪失させることもできる。

(ダークホースの名は伊達じゃねえってか)

 速攻を武器としているサンショーの試合展開はスピーディーだ。その速さに追いつけずに戦意を失わせることもできる。だが、今回の相手はちょっと事情が違うらしい。戦意は失われず、むしろ爛々とした目でこちらを見てくる。

 サンショーが十点代に乗り上げたところでタイムアウトになる。ベンチに戻ると、監督の木島が苛立ちも露わに待っていた。

「さっきから速攻が捕まってるな」

 水無から回されてきたボトルを受け取った柳原は黙って頷く。

「柳原のスパイクもろくに決まらん。普段ならもう十五点は取れているはずなのにだ。なぜダメか、理由は分かるか?高階」

 木島の目線が高階を捉えた。

「向こうがディフェンスをしっかりしてきているからです」

「その通り。だが、向こうは個人技ではウチには及ばない。今は何とか凌いでいるようだが、ウチの攻撃パターンに合わせて動いているだけだ。特に九番。アレは狙い目だ。スパイクのときは細かいテクニックを使ってくるが、いかんせん動きが遅い。後衛に回ったら徹底的に狙え」

「はい!」

「それからあのセッター。ツーの威力と精度から見て、間違いなく両利きだ。東堂!」

「はい」

「お前が例えば手詰まりになって何とか得点しようとしてツーを使ったとする。それをドシャットされたらどうなる?」

「……しんどいですね」

「なら同じことをやれ。どうやら向こうはウチを攻撃だけの単細胞なチームと思っているらしい。ブロックも一流だと見せつけてやれ!いいな!」

 その様子を、堅志と和也は上から見ていた。

「北雷、ずいぶん粘ってた感じだけどサンショーも本気で来るね」

「サンショーのもう一つの武器、ブロックが出るな」

「サンショーとはもう何回かやってるけど、ホントあれには手を焼くよ」

 堅志は、はあ〜と息を吐く。

「セッターとしては、あのブロックは最悪。どこにスパイカーを動かしても付いて来るんだもん」

 ストレッサーもいいところだよ、と言った堅志の横で、和也はぼそりと呟いた。

「次はさしずめ、ブロック対決ってとこか」

「ふ〜ん、和也がそう言う?」

「北雷の一番、なかなかのブロックだ。スパイカーの嫌なポイントを確実につく。柳原のスパイクを止められてこそないが、速攻にもちゃんと付いて行ってる。アイツがいなきゃあ、北雷は、今頃もっと点を取られてただろうな」

 堅志は目を細めて見やる。二階から見ても一際目立つ身長で、黒いユニフォームが威圧感を与えていた。

「……さっきから、シンクロにもフェイントにも全く揺さぶられてない。本命を見極めて確実に塞ぎに行く。試合中常に変化する二つのコートに同時に注意していないと、あそこまで的確には動けない。正直、ウチにいても不思議じゃねえぞ」

「ウチに来たら二軍の上位だね」

「そうか?一軍ベンチには入れるだろ」

「いいや。入れない。だってアイツ、特別じゃないから」

「……出た、特別」

 和也は顔をしかめてから隣の相棒を見る。いつもと変わらぬ整った目鼻立ちの顔には、驚くほどはっきりとした嫌悪の感情が浮かんでいた。

「特別なんだ。オレも、和也も。緋欧のヤツらはみんな、ね」


「押されてんな……」

 そう言って川村は顔をしかめた。タオルで汗を拭ってからの一言に神嶋も頷く。

「向こうが十点で、こっちが八点。まだ追いつけるが、これまでの戦績を考えるとショックではある」

 神嶋の言葉に能登も頷いた。

「皆さん、お疲れ様です」

 涼しい顔をした海堂が話し出した。

「向こうの速攻は予想通り。バカスカ打って来てくれてます。こちらのディフェンスは上手くはまってます。そこそこ上出来です」

「そこそこかよ、偉そうだな」

「偉そうですいません」

 久我山の冗談に至って真顔で返した海堂は、パソコンの画面を見せた。

「タイムアウト前までのスコアを記録しました。こちら側がサンショーのスコアです。数字の隣に、得点者の名前を出しています」

 長い指がその細い欄を辿って行く。

「向こうの得点はほとんど柳原が決めています。分析の結果、十点代に乗り上げるとサンショーはスパイカーの使い分けが複雑になることが分かりました。メインのポイントゲッターである柳原に加え、二番の古湊をガンガン使って来ます。さらにツーアタック封じも出る。ブロックで徹底的にスパイクコースを塞ぎ、相手セッターの苦し紛れのツーアタックを封じて心を折りに来る作戦です」

 そこで、と言った海堂は野島を見る。その目線に野島は小さく頷いた。

「ツーの前に野島さんが合図を出します。野島さんが前衛にいるときは左手に注目してください。手を後ろに回してピースサインを出したら、ツーです。後衛のライトとセンターはブロックフォローに回ることになってます。この方法、けっこう大事になります。後衛はライトとセンターに限らず臨機応変に。急な動きが多いので、接触には十分に気をつけてください」

 いつも通りの説明に頷いた川村は野島の背中を叩く。

「ここから向こうはブロックを強化してきます。スパイカー陣は落ち着いて相手のブロッカーを見るようにしてください。いくら隙がなくて鉄壁に見えても、どこかに綻びはあるかもしれないということを忘れずに」

 タイムアウトが終わり、それぞれのチームがコートに戻った。さっきと同じ位置に付いた野島は、目の前にやって来た相手をじっと見る。

(東堂麟太郎。おれと同い年で、でもおれよりずっと上手いセッター)

 自分より僅かに下にある細い目と目線が合った。

「……どうも」

 東堂の無愛想な挨拶に野島は軽く笑う。

「北雷の……、正セッターさん」

「野島です」

 そう付け足すと、東堂は野島を見て続けた。

「じゃあ、野島さん」

「ついでに言っとくとタメだヨ」

「……じゃあ野島君」

「はい、何でしょう」

「今日の試合、ずいぶん楽しそうにやってるけど、勝つのはウチだから」

 トゲを含む声に野島の表情が固まった。

「……」

「その程度のスパイカーのレベルでウチに勝てわけがない」

 野島は笑顔のまま表情筋を動かさない。

「ウチの柳原さんに、北雷のエースが敵うわけがないってことだよ」

 東堂の言葉に、野島はゆっくりと口を開く。

「そう。東堂君はそう思ってるんだネ……」

「さっきから見てると全部が雑。低レベルもいいとこだ」

 二人が身にまとう空気が一気に冷える。

「別にいいヨ。キミがそう思っても、おれはそう思わないから」

 笛が鳴り、試合が再開する。サーバーはサンショーの高階だ。威力よりも、狙いにくいコースを攻めてくるコントロール重視のサーブを凉が上げた。

「野島さんッ!」

 野島がトスを上げる前にスパイカーが全員助走に入る。

(来たな、シンクロ……!)

 東堂は考える。自分が野島なら、この状況で誰が本命なのか。

(トスの速さから見て、一番は遠すぎるから無し)

 膝を曲げてブロックに備える。

二番能登三番川村の可能性が高い!)

 跳び上がる前に声を張り上げた。

「二番、三番マーク!」

 その声に野島が瞠目する。それを見逃さなかった東堂は、そのまま跳んだ。目の前には三番を背負った川村がいる。

(俺のブロックが破れても後ろにはトモ。大丈夫!)

 予想通り川村にトスが上がった。それを両手で阻む。ボールは跳ね上がりネットを越えてサンショー側へ。

「ワンタッチ!」

「OK!」

 声を張って着地した直後には、小平からの返球に備える。既に一回ボールには触っている。選択肢は、このままレシーブで打ち返すか自分がツーアタックを決めるかの二択だ。予想通りボールが返って来る。両手で受け止めると見せかけて左手で相手コートへ落とそうとする。

 しかし、ギリギリで二番能登に拾われた。

「野ォ島ァ〜!」

 再びやって来たボールには食らいついた野島は、背中を反らせ後方へトスを上げた。

「しまった……!」

 東堂は舌打ちをする。トスが上がったのは神嶋だ。

(北雷の一番神嶋、打点が高いからブロック難しい!)

 焦りつつ、もう一度ブロックに飛ぶ。神嶋の強烈なバックアタックは東堂の手を掠めてコートの空白に刺さった。

「ナイスキー神嶋!」

「ッシャァア!」

 端正な顔を歪めて舌打ちをする東堂の肩を柳原が軽く叩く。

「東堂、落ち着け」

「すいません、俺のミスです。ツーが決まらなかった」

「いい。まだ巻き返せる」

 涼しい顔の柳原に、東堂はまだ食い下がった。

「でも……!」

「……お前が意気込んでるのは知ってる。俺たち三年のためなんだろ?」

「……はい」

 ぎゅっと、表情を歪めた後輩を柳原は宥めるように話しかける。

「大丈夫だ。お前は十分よくやってる。さっきのシンクロを見破ったのは、お前の動体視力があるからだ」

 さっきまで悔しさに揺れていた黄色いユニフォームの肩は、柳原の手の下で大人しくなっている。

「安心しろ。俺たちはこんなことくらいで挫けないし、こんなところでは終わらない。俺たちの夏は、まだ続く」

 柳原の細い目の光に東堂は黙って頷いた。

「頼むぞ」

「ッス」


 試合はまだ第一セットだと言うのに驚くほど白熱していた。両者一歩も譲らず、現在どちらも十六点。その様子を、誰よりも手に汗を握りながら見ている人物がいた。

(頑張れ、みんな……!)

 水無である。色白と言うにはあまりに蒼白な肌の様子や、線の細さはどこか危うさすら感じさせる。そんな彼の両手には、白くなるほど力が入っていた。

 これには、一つ理由がある。

(不作の世代なんて、もう言わせない!)

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