20

 また銃声がした。

 忠海の身体がバランスを崩した。その様子を目にしたとき、喬志の頭の中に忠海の声が大きく響きはじめた。



     ――広場が最初の光に照らされ、光に満ちるころ



 威嚇ではない銃弾が忠海の自由を奪った。人々から離れたことで、狙撃を邪魔するものがなくなったのだ。

 喬志は声をあげることもできず、倒れた忠海の身体が次々と銃弾を浴びるのを見ていた。撃たれるたびに忠海の身体がびくん、びくんと震えた。忠海の黄色い衣が、じわじわと血の色に染められてゆく。

 やがてその銃声も止み、忠海は仰向けに倒れたまま、天を睨んで動かなくなった。

 死んだ。

 忠海は死んだ。

 喬志は忠海から目が離せなかった。目が逸らせなかった。

 シャンティの作った爆弾ではなく、銃弾が忠海を殺した。

 忠海は死んだ。

 爆弾はまだ爆発していない。

 肩をつかまれた。坂井だった。

 目が何かを訴えている。

 下に目を移すと、騒ぎはいつのまにか終息していた。再び、広場に静寂が訪れている。

 ゆっくりと広場に陽の光が差してきた。

「ジュニアア」

 悲痛な声がした。サミアだった。少女は山車の上から倒れている忠海に向かって走った。

 忠海の身体の下から、血を浴びた子犬が顔をのぞかせた。



     ――詩う者がその役目を果たし沈黙したとき



 サミアを見ると、そこから抜け出し、片足をひきずりながら横切ってゆく。

 犬の尾は銃弾のためか、ちぎれていた。

 忠海がその尾を握りしめているのが見える。

「フィーッ!」

 少女の顔に光が差した。

 静かだった。誰も、声を出さない。

 歌が終わっていた。



     ――全てのことが滞りなくすんだ祭りの終わりに



 詩う者の立っている池に、日の光が反射した。

 太陽がその全身をあらわにし、強烈な炎が夜の闇を完全に駆逐した。

 その時、ウシャス祭は終わった。



     ――黒い犬の右目は膨れあがり、破裂し、青酸ガスが刹那の時で十六歳の少女を黄泉路への旅立ちに誘う



 何も起こらなかった。

 忠海の死体をガードマンが調べている。

 広場に集まっていた人々は軽い興奮を残したまま、わが家へと帰り始めていた。山車が来た道を引き返す。

 何も起きようとはしなかった。

 サミアがフィーの頭をなでていた。

 祭りは終わった。

「馬鹿な」

 掠れた声で喬志は言った。

 そのまま呆然と山車が戻ってゆくのを見送った。

 いつまで待っても爆発は起きなかった。

 爆発は起こらなかった。

「そんな……」

 喬志はうめいた。

 爆発は起こらなかった。

 いつまで待っても爆発など起きなかった。

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