14
ウシャス祭が来たという実感が、村上忠海にはまるでなかった。
これまでの歳月を振り返ってみる。
何も変わってない。
無我夢中で気がついたらその時を迎えていた。そんな感じだった。
五年間、恐れながら、焦がれながら、待っていた。そのウシャス祭をようやく迎えたのだ。けれど忠海の胸には何の感慨も浮かんでこなかった。
長かったこの五年で変わったものは何もなかった。何も残っていない。
人ごみに紛れ、流されながら、忠海は歩いていた。
スーニーの顔を思い出そうとした。怒りを掻き立て、復讐の喜びを感じようと努力したが無駄だった。空っぽの心には何も浮かばない。
忠海はため息をついた。胸が苦しい。
バラナシから出るときに、なぜこの町の近くに行こうと提案したのか。坂井の顔が浮かぶ。奈津の笛の音が聞こえる。喬志の鋭い言葉は昨夜からずっと胸に突き刺さったままだ。
どうして彼らを巻きこんだのか。すべてを話してしまったのか。
つきつめて考えれば、なぜ復讐にこんな手のこんだ手段を選んでしまったのだろうか。その気があれば爆弾を抱いて、マナーフに抱きつけばよかったのではないか。
疑問。迷い。そして疑問。
忠海は歩きながらぶつぶつ独り言をしゃべっているのに気がついた。
「何をやってんのかね、おれは」
声にだしてつぶやく。
いつの間にか広場の前に出ていた。かなり離れた場所に、山車の頭が見え始めている。
少しも気分が晴れない。もやもやした気分が消えなかった。
時間が迫っている。迷っても、判らなくても、時は過ぎてゆく。そして、サミアも死にマナーフへの復讐を終え、そして――。
忠海は我に返った。
そして、自分は、すべてが終わったあとに、どうするのだ。
時の過ぎるのに耐え、苦い想いをふり払うことに力を注いできた。終わりがやって来るのが信じられないほど長い日々だった。
復讐後の人生など考えたこともなかった。
明らかに忠海は決定的な時が来るのを恐れていた。
シャンティは新しい人生を送れ、そう言った。楽になれ、そう言った。
これが楽になることなのだろうか。
たとえすべての終わりがきたとしても、こんな中途半端な気持ちでその日を迎えるとは一度も考えたことがなかった。
何が間違っていたのだろう。
忠海は天を仰いだ。
どこが間違いだったのだろう。
いつ、こんな気持ちになるような選択をしたのだろう。
奈津に笛を買ってやったときか。
坂井の打ち明け話を聞いたときからか。
それとも、喬志に思わず声をかけたときからなのだろうか。
想いが曇るのは、そのため、なのだろうか。
「――違う」
違う。
そうではない。
そして、忠海は知りたくなかった間違いを覚った。
(太陽をまともに見るような、網膜を燃やしてしまうような、覚りを得た視線で物を見るというのはそれほどの衝撃を受けるのかもしれない)
網膜の燃える音が聞こえてきそうだった。
復讐に、娘を狙ったこと。
それが間違いだったのだ。それがずっと引っかかっていた。
娘を失う辛さを、誰よりも理解している自分が、同じ罪を犯そうとしている。何の罪もない人間の命を私怨のために奪おうとする自分は、もはやテログループと変わりはしないのだ。
そして、それが知りたくない真実だった。
すべての迷いが消えていった。
けれど遅すぎた。
山車は広場の近くにいて、人が周りと取り囲んでいる。
狭い広場にあふれるほどの人間が詰め込まれていた。
近くに行くのは、どうやっても無理だ。
ここであれだけの数の人間がパニックを起こさないように事情を説明するなど、誰にもできないだろう。そして、パニックが起こればこの狭い道では、逃げるのもままならない。
ここでは何もできない。かといって、広場についてからでは遅すぎる。
爆弾はどうやっても爆発するのだ。
何もかもが遅すぎた。
人ごみの中で、忠海は一人だった。
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